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真直の嫁入り  作者: 鳥柄ささみ


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第三十九話 顛末

「はい。あーん」

「有馬様……もう自分で食べられますから」

「ダメダメ。真直さんは看病される側なんだから」

「それはそうかもしれないですけど……有馬様が体調悪いときだって、ここまでしてませんでしたよ?」


 あの清水医師の事件から約一週間。

 喉も徐々によくなり、今朝から声を出してもいいとの許可が出た。もちろん、大声を出したり悲鳴を上げたりなどの喉を酷使することは禁じられているが、それ以外なら普通に喋っても問題ないとのこと。

 身体も打撲はまだ残っているものの、捻挫などの痛みはほぼなく、徐々に運動して体力を戻していこうと言われているのだが、有馬様はこの調子で私を甘やかしてばかりいた。


「いいんだよ。真直さんは頑張りやさんだし。それに、これくらい僕がしないと全然甘えてくれないだろう?」

「それは、そうかもしれないです、けど……」

「ということで、あーん」

「もう、強引なんですから……あーん……」


 有馬様は意外に頑固なので、渋々ながら私が折れて有馬様の手ずから食事を食べる。

 ちなみに、固形物は喉に負荷をかけるからと言われているので食事はお粥だ。


「ふふ。可愛いな、真直さん。まさか立場が逆転するとは思わなかったけど、案外世話するのも悪くないね」

「なんか有馬様、楽しんでません?」

「そんなことないよ。ほら、真直さん。もう一度、あーん……」

「……あーーーーん。……んむ」


 匙に入れた粥を口に含む。

 すると、不意に口の端から粥が溢れてしまったのを有馬様がすかさず唇を寄せてきたと思ったらペロリと舐められてしまった。


「あああああああああ有馬様っ!?」

「あははは、可愛い。照れてる? でも、しー。大きな声出しちゃダメなんでしょう?」

「だって、そんな……もうっ」

「戯れが過ぎる?」


 先に言われてしまい、余計に恥じ入る。

 やはり有馬様は意地悪だと膨れると、「ごめんごめん、揶揄いすぎた」と抱きしめられた。


「でも、こうして真直さんとこういった軽口をまた言い合えるようになれて本当によかった」

「っ! 有馬様……」


 生きててよかった。本当によかった。

 そう言いながらギュッと強く抱きしめられて、私も応えるように抱きしめ返した。


「有馬様が私を助けてくださったから、こうして私は生きてここにいられるんです。全部有馬様のおかげです。どうもありがとうございます」


 感謝してもし足りないくらい。有馬様は私にとって命の恩人だ。

 もし、あのとき清水医師に殺されていたら、きっとでっち上げられた罪などを押しつけられていただろう。そうなれば私は不名誉を与えられ、死んだあとも蔑まれることになってしまっていたかもしれない。

 そんなことになっていたら、悔やんでも悔やみきれなかった。


「僕のほうこそ、真直さんを助けられてよかったよ。日頃鍛えていた成果が出てよかった」

「それもこれも有馬様が生きることを諦めずに健康になってくださったおかげです」

「なら、僕だけでなく真直さんのおかげでもあるね。真直さんの言う通りにしたら治ったわけだし」

「私は先生の受け売りをお伝えしただけですけど……では、お互いの日々の行いのおかげということですね」

「そうだね。間違いない」


 お互いに見合って笑い合う。

 夫婦として、お互いがお互いを尊敬し、支え合えるこの関係を愛しく思った。


「ところで、そういえば聞きそびれてましたが、あの日あのときの顛末って……? 私、自分のことに必死で、あのときのことをよく覚えてなくて……」


 清水医師に襲われたとき、私は拘束を逃れようと無我夢中で周りのことを気にする余裕がなく、かろうじて有馬様に助けられた記憶はあるもののそれ以外は全く覚えていなかった。

 そもそも有馬様がどうやって私を助けてくれたのか、なぜ有馬様は私の窮地に駆けつけてくれたのかなどまるで知らなかったのだ。


「あぁ。あの日のことかい? あの日は……寝る前に真直さんに『気にしなくていい』と言ってしまったあと、言い過ぎたかなとしばらく気になって悶々と悩んでたのに、いつのまにか眠ってしまっててね。でも、不意に誰か女の人に呼ばれて起こされたような気がして目を覚ましたら、真直さんがいなくなってて。どこに行ったのかと探しに行ったら真直さんの荒げた声が台所から聞こえて、慌てて台所に向かったらあのような状況で。あのときは真直さんを助けるために無我夢中で、近くにあった羽釜で清水先生の頭を思いきり殴って真直さんを救出したんだよ」

「え。殴っ……羽釜で、ですか……?」

「近くにあったものがそれだけだったからね」


 確かにあのとき大きな鈍い音がしたと思ったが、まさか羽釜で殴っていたとは思わず驚く。

 普段使っているからこそ、羽釜の重さを実感しているので、あれで殴られることを想像したら清水医師の生死が無事なのか気になった。


「えっと、清水医師って……その、ご存命……なんですか?」

「真直さんは優しいね。殺されそうになったのに、相手のことが気になるんだ」

「それは……っ、私のせいで有馬様が人に手をかけたなどあってはならないことですから」


 自分のせいで有馬様が人を殺してしまったなんてことになったら、有馬様だけでなく千金楽家の人達にも申し訳が立たない。

 だから気になったのだが、有馬様は「あぁ、何だ。そういうことか」と納得したように頷くと、私を抱きしめながら「はぁ」と大きく溜め息をついた。


「てっきり清水先生のことを心配してるのかと思った」

「心配……というか、うちの台所で死なれてあそこの地縛霊になられても困るかなとは思いますが……そういう心配というほどのことはあまり……?」


 私が正直に言えば、有馬様は「あははは」と大きく笑い出す。どうやらこの発言が有馬様のどこかに刺さったらしい。


「確かに、死んだあとにうちに居つかれても困るね。その点では大丈夫、彼は生きてるよ。思いきり殴ってそのまま気絶したのを駐在さんを呼んで引き取ってもらったんだ。最近、目を覚ましただかなんだかで今は取り調べを受けてるみたいだよ」

「そうだったんですね」


 有馬様が人殺しにならなくてよかったとホッとする。あとは逆恨みなどされないかどうか気がかりであるが、司法の判断に委ねるしかないだろう。


「ところで、真直さん」

「はい?」

「今回は無事に助けられたけど、毎回助けられるとは限らないから、次もし何かあれば絶対に僕のことを起こしてね。勝手に行動して危険な目にあうのは禁止」

「あ……っ、申し訳ありません」


 有馬様に言われて謝罪する。

 今回は私の独断で突っ走ってしまったことで、このような事態になってしまったことは事実だった。

 悪意が聞こえるということを隠していたとしても、もっと有馬様を信頼してちゃんと話していればこのような事態も起きなかっただろうと今更ながら反省した。


「とはいえ、僕が真直さんの言うことをちゃんと受け止めていなかったせいもあるから、全部が全部真直さんのせいではないけどね。これからは、ちゃんと真直さんの言うことを聞いて受け止めるつもりだから、何か思うところがあったら僕に何でも話してほしい」

「はい、わかりました。これからはきちんと有馬様にお伝えします」


 私が了承すると、有馬様に小指を差し出される。

 私はそれに自らの指を絡ませると、指切りげんまんをした。


「そういえば、誰ですかね。有馬様を起こした女性って」

「うーん、それが誰だかわからなくてね。母も美代さんも花もそのときは寝てたらしくて。真直さんに似たような人だった気もするけど、そのときは既に真直さんはこの部屋にいなかったし」

「私に似た……?」


 一瞬、「まさか母が有馬様を起こしてくださった……?」と思ったが、そんなことあるはずないだろうと思い改める。

 けれど、ほんの少しだけ、もし有馬様を起こしてくれたのが母であったのなら……母に感謝せねばなと思うのだった。

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