第三十三話 偶然
「真直さんにはこれも似合うなぁ。あぁ、でもそれも似合いそうだなぁ……。うーん、どっちも甲乙つけがたい……」
「有馬様。今日は服ではなく指輪を見に来たのでは?」
「それはそうなんだけど、せっかく来たのだからあれこれ見ておいたほうがいいだろう? ほら、僕は母と違って今回が初めて真直さんと一緒の買い物なんだし」
「そう、ですけど……」
そう言われてしまうとこちらは折れるしかない。
それもわかってか、あえて有馬様は言っている気がする。
というのも、今日は以前から有馬様がずっと行きたいと言っていた百貨店に二人で来ていた。
祝言をちょうど結婚一年の記念日にすることになり、それまでに指輪を用意しておこうと今回は結婚指輪を一緒に見に来ているのだが、どうも有馬様は先に奥様達と百貨店に来て買い物をしてたことが気に食わないらしい。
奥様に張り合っているのか、前回のことを私にこと細かく聞きながら奥様よりもいっぱい買い物をするのだと意気込んでいた。
(案外、有馬様ってこういう子供らしいところもあるのよね)
こうして押し問答はしているものの、本音としてはちょっと拗ねる有馬様が可愛らしいと思っている。また、有馬様のヤキモチは自分が愛されているのだという証のような気もして、ちょっと面映かった。
「でも、服は間に合ってますから」
「そうは言っても、女性の服は多ければ多いほどいいだろう? 持っていて損はないのだから」
「それは屁理屈です」
「屁理屈でもいいよ。とにかく僕は真直さんの服が買いたい! それで、その服でデェトがしたいんだ」
「あまり大きな声でおっしゃらないでください。恥ずかしいです」
「誰も見ていないよ。真直さんは気にしすぎ」
「本当にそうでしょうか……?」
キョロキョロと辺りを見渡す。
確かに、あまりこちらを見ている人はいないか……と思ったとき、見覚えのある人物と目が合って思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「伯母様!?」
そこにいたのは父の姉である伯母。
会うのは法事のとき以来で、まさかこんなところで会うとは思わず、場にそぐわない素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あらやだ、真直さんじゃない! ものすごく仲睦まじいアベックがいるからついつい見てたら、まさか真直さんだったなんて」
伯母の言葉に、「やっぱり見られてた」とついじろりと有馬様を見れば、素知らぬフリをしている有馬様。全く困った人である。
「そういえば先日、用があって仕方なしに直能のとこに行ったんだけど、真直さんがいなかったからびっくりしたのよ。でも、元気そうでよかったわ」
「えっと、はい。おかげさまで。それでその、ご紹介が遅れましたが、主人の有馬です。既にご存知かもしれませんが、約一年前に結婚しまして」
「へ!? 結婚!?」
今度は伯母が突拍子もない声を上げる。どうやら私の結婚を全く知らされていなかったらしい。
「え、ちょっと待って、祝言は!? 私、直能から何も聞いてないわよ!」
「えっと、今は全快したのですが、主人の体調の関係で祝言はまだあげてなくて」
「そうだったのね。いや、でも、それにしても信じられないわっ! あの子達、私に何も知らせに来ないだなんて! 先日会ったときも何も聞いてないわよ!?」
「申し訳ありません」
あの人達は相変わらずだと申し訳なさが募る。
自分のせいではないものの、迷惑をかけて伯母を振り回しているのは事実なので、家族に代わって謝罪した。
「って、やだ。ごめんなさいね。つい怒りで声を荒げてしまったけど、真直さんのせいではないから謝らないでちょうだい。とにかく結婚おめでとうございます。今は幸せそうで何よりだわ。それと、ご主人もいきなりごめんなさいね。申し遅れましたが、私は真直さんの父方の伯母の孝子と申します」
「こちらこそ、ご挨拶できておらずすみません。私は千金楽有馬と申します」
「え、ちぎら……って、あの千金楽様!?」
千金楽と聞いて今度は伯母が素っ頓狂な声を上げる。だが、商いをしている伯母が千金楽と聞いて目を剥く気持ちはわからなくもない。
現に、今にも倒れそうなくらい伯母は顔を真っ青にさせていた。
「まさか真直さんの嫁ぎ先が千金楽様だなんて! 嫌だわ、本当にもう何もかも存じ上げておらずに申し訳ありません。既に真直さんにお聞きしてるかもしれませんが、私、露草商会という名で商いさせていただいておりまして、千金楽様の反物も扱わせていただいておりますがとても評判がよくて……」
「そうでしたか。評判がよくて何よりです」
「これも何かの縁ですから、どうぞ今後ぜひご贔屓によろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
伯母が恐縮しながらぺこぺこ頭を下げるのを見て、これはまた実家で一波乱ありそうだなと思わず遠い目をしてしまう。
実際、振り回されている伯母の心情を思うと、波乱を起こすなというのが無理な話なのだろうが。
「……ねぇねぇ、真直さん。ちょっといいかしら」
伯母から小招きされる。
どうやら内密に話したい内容のらしく、有馬様をちらっと見ると「いいよ、いってらっしゃい」と言われて有馬様から離れて伯母様の近くに行った。
「はい、何でしょう?」
「あの子達、他にも何かやらかしてない? 包み隠さず正直に話してちょうだい。うちの品位に関わることだから」
伯母に詰め寄られて、思わず目が泳ぐ。
果たして言ってもいいのだろうかと逡巡するも、ここで下手に隠し立てしてもまた面倒なことになりそうだと、私は正直に話すことにした。
「えっと……その……千金楽家から結納金をいただいたそうなのですが、持参金や支度金もなく、身一つで嫁いだと言いますか……」
言われた通りに事実を口にすると、ますます顔色を悪くする伯母。眩暈がしているのか、今にも倒れそうなほどふらついている。
「はぁ!? 嘘でしょう? お願い、嘘だと言って。……あーもう、信じられないっ! あの馬鹿っ! どうりで羽振りのいい生活をしていると思ったら! 急に高級なものを買ってておかしいと思ってたのよ」
伯母の口振りに、実家の現状が安易に想像できる。縁談の話のとき、叔母が結納金のことをたっぷりと評していたくらいだから結構な金額をいただいたのだと思うが、恐らくそれを相当羽振りよく派手に使っているのだろう。
「どこからそんな大金手に入れたのかと思ったら結納金だったなんて。まぁ、でもそろそろあの様子だといよいよお金が底をつきそうではあったけど。この前用事で行ったときも、女中さんへの給金の不払い起こしただかなんだかで揉めてたし。代わりに払ってくれないか、って縋られても断ったけどね。もしかしたら真直さんのところにもせびりに行くかもしれないから気をつけて。無視しちゃっていいから、無視。下手に仏心は出しちゃダメよ」
「……わかりました」
思わず、苦笑しながら頷く。
聞けば聞くほど大丈夫なのかと気になるものの、伯母に指摘された通り下手に首を突っ込めば集られることは目に見えている。無駄に関わって千金楽家に迷惑をかけることだけは避けたいので、何と言われようとも仏心は出さないようにしようと自分自身に誓った。
「お待たせしてしまってごめんなさいね、有馬さん。仲間外れにしてしまうみたいになってしまって。ちょっと身内の話をしてたもので」
「いえ。久々に会ったのなら積もる話もおありでしょうし、お気になさらないでください」
「ところで、今日二人は何を買いに来られたの?」
「実は結婚指輪を見繕いに。今度改めて祝言をあげようと思ってまして」
「あら、そうだったの! それなら私、とても人気の指輪の職人さんに心当たりがあるわ。有馬さんがよければですけど、ご祝儀を出さなかった露草家の不義理のお詫びとしてご紹介と細工、仕立て料を私がお支払いするのはいかがかしら?」
思ってもみない伯母からの提案に、有馬様と顔を見合わす。指輪は既製品ばかりを想像していたので、仕立てるという選択肢がすっかり頭から抜け落ちていた。
「お代に関しては僕から真直さんに差し上げたいのでいただかなくて結構ですが、仕立てるのも検討したいので、ぜひその職人さんのご紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろん! とても有名な方で、ほらこれ。馬宮さんっていう作家さんなんだけど」
売り場に置かれているとある指輪を指差す伯母様。その先には他の指輪とはまた違って縁取りにちょっと細工されている指輪があり、目を引いた。
「元々、仏具や武具を生業にしてた方だから彫金がとても上手でね。きっと二人の希望のものを作ってくださると思うわ。予定を合わせて今度千金楽様のお宅に伺うよう調整しておくわね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、いいのよ! むしろこちらのほうが迷惑をかけてしまってるのだから、これくらいさせてちょうだい」
そして、「日程が確定次第先に手紙を出すから。お買い物のお邪魔してしまってごめんなさいね。ではまた」と言いながら、伯母は風のように去っていった。
「じゃあ、指輪のことは解決したし、改めて真直さんの服を見に行こうか」
「まだおっしゃってるんです?」
「当たり前だよ。言っただろう? 買った服でデェトするんだって。これは決定事項だよ」
「もう、有馬様ったら。強引すぎます」
軽口を言い合いながらも有馬様と手を繋ぎ、寄り添いながら再び百貨店で買い物を始める。
どれもこれも前回来たときとは違った品物ばかりで目新しく、私達は買い物に夢中だった。
だから、このとき私は気づかなかったのだ。
とある人物から見られていたことに。




