第三十二話 宴
「よく頑張ったね。もう完治したと思うよ。薬ももう飲まなくて大丈夫だから」
「先生、どうもありがとうございます……!」
先生の元へと通い出してから半年。
徐々に減らしていた薬も最近はめっきり飲まなくなり、断薬してからも咳、発熱、嘔吐、発疹などの諸症状も出ず、ついに有馬様の病気は完治したらしい。
長年病気で苦しめられていた有馬様としては先生からの「完治」という言葉は感慨深いだろう。
有馬様の瞳には涙が滲んでいた。その涙に私ももらい泣きしてしまう。
「私としても私が生きているうちに治ってくれてよかったよ。とはいえ、確かに原因不明だからね。引き続き規則正しい生活を心がけてね」
「はいっ!」
「お疲れさま。お大事にね」
「次来るときは真直ちゃんのおめでたを待ってるわ」
「もうっ、小野寺さん!」
「あははは」
先生と小野寺さん、二人から見送られる。
そして、家に帰り有馬様が完治したことを報告すると、義両親は「あぁ、よかった! 本当によかった!」「有馬、今までよく頑張ったな! よく頑張った!」と感極まり、それにつられて私達もまた泣いてしまって、みんなでひとしきり大泣きしたあと、今夜は快気祝いだと豪華な宴を開催することになったのだった。
◇
乾杯の音頭と共に宴が始まる。
今日は祝いの席だから無礼講だと使用人も含めての宴となっていた。
「有馬様おめでとうございます」
「ありがとう。これまで家族にはたくさん迷惑をかけてしまったけど、そのぶんはこれから返していくよ」
「そう言ってあまり無理をしてはダメよ。無理して尻拭いをすることになるのは私達なんだから。ねぇ、真直さん」
「せっかく完治したのに、また新しい病をもらっても大変ですしね」
「わかったよ。でも、ちょっとずつ体力戻していったら僕もお仕事に関わらせてもらうよ」
「あぁ、楽しみに待ってる」
以前とは違って希望に満ちた会話。
出会ったばかりの頃の有馬様とは比べ物にならないほど明るく活気が満ちている。
「それにしても、真直さんが来てから全てが好転している気がするよ」
「確かに、そうね。真直さんは我が千金楽家の福の神かもしれないわ」
「そんな……大袈裟ですよ。有馬様が長年諦めず、前向きに頑張ったからこそです」
きっと諦めかけたこともあっただろう。苦しかったことなど数えきれないほどあっただろう。
それでも前向きに諦めずに頑張り続けたのは紛れもなく有馬様だ。
だからこそ、こうして完治できたわけで。誰よりも頑張ったのは有馬様に違いなかった。
すると、「僕が頑張れたのは真直さんのおかげだよ」と隣にいる有馬様に手を繋がれた。
「ずっと苦痛で、いよいよもうダメかと思っていたんだ。だから、せめてどうにか後継ぎだけでもと結婚したんだし。だけど、真直さんが来てくれたことで身体もよくなったし、毎日が楽しくなった。今まで過去を振り返るばかりだった人生が、真直さんのおかげで未来を目指せるようになって、僕は本当に救われたんだ。ありがとう」
「そんな……っ! 私のほうこそ、有馬様に嫁げて光栄です。こんな私を千金楽家のみなさまが受け入れてくださったこと感謝致します」
肩を引き寄せられて抱きしめられる。
有馬様にそう思っていただけていただなんて知らなくて、嬉しくて涙が滲んできた。
実家にいたころにはなかった信頼。
そして慈しむような愛情。
千金楽家に来てから全てが好転しているのは私も同じだった。
私が嬉しくてまたぼろぼろと泣き始めると、不意に奥様がパンパンッと手を叩く。
私が驚いてそちらを向けば、奥様と目が合ってにっこりと微笑まれた。
「ほら、せっかくの祝いの席なんだから湿っぽくなっちゃうのはなしなし! さっきもう一生分泣いたのだし、今日は有馬の快気祝いなのだから悲しいことは忘れて楽しみましょう? 美代さん、花さんもいっぱい食べて飲んでちょうだい。今日はお祝いなんだから!」
「はい! 奥様」
「ありがとうございます」
食べて、飲んで、笑って。
今までの話だけでなく、これからの話ができる喜びを噛み締める。
「せっかくだし、真直さんの白無垢はうちで仕立てない? 真直さんがお世話したお蚕様達で私達の英知を結集させて作ったら素晴らしい白無垢ができると思うの!」
「いいですね! 真直様はお綺麗だから、きっといい宣伝効果になると思いますっ!」
「確かに、新しく白無垢の販売もいいかもしれないな。その写真を撮ってもらって雑誌に載せたら、話題になって売上が鰻登りになること間違いないだろう」
「……でも、そんな素敵な真直さんの白無垢姿を数多の人には見られたくないな。横恋慕などされたらたまったもんじゃない」
義両親と花が盛り上がってるところでぽつりと不貞腐れるように溢した有馬様。
それを聞いて顔を赤らめる私に、みんながニヤニヤとこちらを見つめてくる。
「いやぁ、若いっていいな」
「もうすぐ一年になるとはいえ、まだまだ新婚だものねぇ。仲睦まじいようで何よりだわ」
「有馬様達を見ていると青春を思い出しますねぇ」
「ですです! ご馳走様ですっ」
「もう、みなさま揶揄わないでくださいっ」
頬を赤らめていると、有馬様に頬を撫でられる。私がさらに恥じ入っていると、「照れてる真直さんはやっぱり可愛い」と微笑む有馬様に、「誰のせいですか」と抗議するのを周りに笑われながらも、私も宴を楽しむのだった。




