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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第54話 本物の愛

「ここが…僕の部屋……」

鍵を開けたマヤリィに入るよう促され、一歩踏み出したタンザナイト。

今までいた部屋と同じように家具はひと通り揃っており、マヤリィの部屋とさして変わらない広い空間が広がっている。

しかし、マヤリィの部屋にはなかった物がある。

『書物の魔術師』タンザナイトの為の大きな本棚だ。

「こちらは全て母上様が用意して下さったのですか?」

「ええ、そうよ。内装は自分の好きなように変えて頂戴。取り急ぎ揃えただけだから」

これには、さすがのタンザナイトも驚く。

女王様自ら配下の為に部屋を用意するとは…。

「このような素晴らしいお部屋を使わせて頂けるなんて…。本当によろしいのでしょうか?」

「ええ。これは『命令』よ。貴女は今日からこの部屋で過ごし、今まで通り流転の國の為に働いて頂戴」

「はっ。畏まりました、母上様。有り難きお取り計らいに感謝致します。貴女様のお役に立つ為にも、全力を尽くして『書物の魔術師』としての務めを果たして参る所存にございます」

タンザナイトはその場に跪き頭を下げる。

「よろしい。期待しているわよ、タンザナイト」

「はっ」

マヤリィはその様子を見て微笑むと、突然難しい問いを投げかける。

「宙色の大魔術師の『娘』にして世界最高クラスの実力を持つ書物の魔術師に聞きたいことがあるわ。…これから先の貴女の目標は何かしら?私に関することは抜きにして言ってご覧なさい」

すると、タンザナイトは間を置かずに答えた。

「畏れながら、女王様。魔術師としての僕の目標は『流転の國のNo.2』であるルーリ様を超えることにございます。格下のホムンクルスだからといって甘えることはせず、僕は女王様の配下最強を目指します」

タンザナイトさん、言いきった!

「ナイト…!」

マヤリィはその言葉を聞くや否や嬉しそうに笑った。

「よく言ったわ。やはり、貴女は女王(わたし)の『娘』に相応しい」

今まで誰も口にしなかったことをタンザナイトは臆することなく言いきったのだ。

「今の気持ちを忘れず、魔術訓練に励みなさい。そうしたら、いつか絶対に『流転の國のNo.2』になれるわ」

そして、マヤリィは急に表情を変えると、

「…ねぇ、ナイト?色々と背負わせて悪いのだけれど、私の心を支える役目も忘れないでね?その為に、貴女の部屋を私の隣にしたのだから」

甘えるような声でナイトに言う。

マヤリィ様、皆に説明していた『何かあったらいつでも対応出来るように』というのは、貴女に何かあったらということだったんですね。

「畏まりました、母上様。何かございましたらいつでも僕をお呼び下さい。僕の本当の目標は貴女様をお救いすることなのですから」

「ありがとう、ナイト…!」

「母上様…!?」

ナイトの頼もしい言葉に感極まったマヤリィは彼女を抱きしめる。

が、今もこれに慣れていないナイトの身体は硬直する。

「そんなに緊張しないで頂戴。お母さんを抱きしめていて欲しいの」

「はい。こうですか…?」

ぎこちない動きでマヤリィのハグに応えるナイト。

「ええ。こうしていると、凄く安心するわ」

「そうなのですか?」

マヤリィが安心すると聞いたナイトはようやく肩の力を抜き、優しく『母』を抱きしめる。

そんなナイトにマヤリィは言う。

「私の貴女に対する愛は、ルーリに対する愛とは少し違うの。無償の愛であることに変わりはないけれど、少し違うのよ…」

娘に対する愛。恋人に対する愛。

ナイトは少し考えた後で、

「母上様、ルーリ様のことを伺ってもよろしいでしょうか?」

言いづらそうに訊ねる。

「いいわよ。何かしら?」

「ルーリ様はサキュバスですが…あの方が本気で愛しているのは貴女様だけなのでしょうか?」

毎日のように人造人間を抱いていたルーリを思うと、ナイトは今でも複雑な気持ちになる。

「そうね……」

マヤリィはしばらく考えていたが、

「以前は絶対にそうだと信じていたわ。けれど、今のルーリが私をどう思っているかは分からない。今回の事件のこともあるしね」

少し哀しそうな顔で言う。

「でも、私の恋人は一人だけではないのよ?」

出た。『流転の國シリーズ』公式(?)の二股。

マヤリィは堂々と告げるが、タンザナイトの方は突然の話に混乱しかけている。

「そ、そうなのですか…?」

それは浮気…ではないのか?

両方とも本気…ということか?

「驚かせてごめんなさいね、ナイト。私が心から愛している人はもう一人いるの。それは…男性よ」

ナイトはすぐに思い当たった。

「ジェイ様、ですか…?」

「ええ。彼と私は『元いた世界』から運命をともにしている恋人同士。貴女が生まれるずっと前から、彼は私を支え続けてくれているの」

(そういえば、ジェイ様は母上様のことを『姫』と呼んでいらっしゃった。それに…)

ナイトは第44話のことを思い出す。

ルーリの罪を知って激昂したジェイが第7会議室に『転移』しようとするのを必死で止めた後、マヤリィは彼にこう言ったのだ。

『「ジェイ、一人で行かないで。私から離れないって、約束したでしょう…?」』

あれは紛れもない愛の言葉だった。

「よく分かりました、母上様。貴女様の愛は一つではなく、それでいて全てが本物なのですね」

ルーリの人造人間に対する想いがどこまで本気だったのかは謎だが、マヤリィがジェイとルーリを同じように愛していることは分かった。

「ええ、理解してくれてよかったわ。…けれど、本気で浮気している私のこと、嫌いになったかしら」

「いいえ。そのようなことは有り得ません。母上様の愛の深さがよく分かりました」

タンザナイトは真面目に答える。

「では…娘である僕から申し上げてもいいですか?」

純粋な瞳に見つめられ、マヤリィは何を言うのかと思いながら頷く。すると…

「愛しています、母上様。これから先、僕はいつだって貴女様を抱きしめますよ」

「ナイト…!」

マヤリィは一瞬驚いたが、すぐに微笑みを見せる。

「私も貴女のことが大好きよ。ナイト…私の可愛い娘…」

『宙色の魔力』で造り出した存在とはいえ、タンザナイトはマヤリィにとってかけがえのない娘。ジェイともルーリとも違う、大切な人である。

可愛い娘に抱きしめられ、その温かさに包まれながら、マヤリィはナイトに提案する。

「…ナイト。これからジェイと三人で話しましょうか。改めて、彼のことを紹介したいの」

「はい。僕もジェイ様ともっとお話したいと思っておりました」

タンザナイトの返事を聞くと、マヤリィはすぐに念話を送るのだった。

『私はホムンクルスを二体造ったけれど、少なくとも片方は大成功』とマヤリィは言っていましたが、もう片方が不憫すぎて…。


『彼女』と浮気していた日々のことは思い出せなくても、ルーリはあの事件の原因が自分にあると認識して気に病んでいるはず。

マヤリィ様、ルーリには『気持ちを切り替える』機能がないのだから、早くフォローしに行ってあげて。

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