第53話 流転の國の休日
次の朝になってマヤリィは目を覚ました。
《こちらジェイ。…姫、起きましたか?》
ちょうどジェイから『念話』が来た。
《ええ、今起きたところよ。…あら、もうこんな時間なのね》
《はい。先ほども念話を送ったのですが応答がなかったので、皆には『流転の國の休日』を言い渡しておきました》
時計を見れば、既に10時を回っている。
《助かったわ、ジェイ。ずっと寝ていたの》
《そうだと思っていました。昨日はかなり具合が悪そうでしたから…。でも、僕が行かなくても大丈夫そうですね》
ジェイは今マヤリィの部屋にタンザナイトがいることを知っていた。
《ええ。気を遣ってくれてありがとう。昨日はあの後ナイトを新しい部屋に連れて行くつもりだったのだけれど、先に私の部屋に戻ってきて話をしていたら眠くなっちゃったのよ》
《…そうでしたか。タンザナイトが一緒にいてくれるなら安心です。では、また後ほど連絡させて頂きますね》
《ありがとう、ジェイ。本当に助かったわ》
マヤリィは今日が『流転の國の休日』になったことを知って、とりあえず安心した。昨日の今日で皆も疲れているだろうし、ジェイの判断は正しい。
その時、
「おはようございます、母上様。念話は終わりましたか?」
ベッドの傍らに控えているタンザナイトが話しかけてきた。
「ええ。貴女もジェイから休日の連絡を受けたのね?」
「はい。午前8時頃ジェイ様から念話があり、今日を含めて三日間を流転の國の休日にするとのことでした。その際、お疲れでいらっしゃるマヤリィ様に代わって皆に連絡したとおっしゃっていました」
午前8時。皆は起きている時間だが、マヤリィは大抵まだ寝ている。普段ならジェイに念話で起こされるところだが、それにも気付かなかったほど深く眠っていたらしい。
(ジェイが気を利かせてくれて本当によかったわ。『流転の國の休日』なら皆も安心して過ごせるでしょうし、私もゆっくり出来そうね)
マヤリィは改めてジェイの機転に感謝した。
それと同時に、ずっと見守っていてくれたナイトにも感謝の気持ちを伝える。
「ナイト、ゆっくり寝かせてくれてありがとう。貴女のお陰でよく眠れたわ」
「それは何よりでございます、母上様。本日はいつにも増してお美しいです」
…タンザナイトってそんなこと言うんだ。
「ふふ、貴女にそう言ってもらえるなんて嬉しいわ」
マヤリィは素直に言葉を受け取る。実際、疲労感が緩和されたマヤリィは肌艶が良く、ノーメイクとは思えない美しさである。今ルーリがここにいたら、間違いなくマヤリィに魅了され、サキュバスの本能に従って彼女を抱くだろう。…魅惑発動してるのどっち?
だが、タンザナイトは絶対にそんなことはしないし、もしルーリに『魅惑』で迫られたら強固な『シールド』を張って応戦するだろう。
サキュバスとの情事に溺れた『姉』とは全く違うのだ。
それに、マヤリィは放っておいたらナイトが夢魔の餌食になると思い、早い段階で「魅惑を使ってナイトを啼かせたら許さない」とルーリに釘を刺している。その頃は浮気しないでね、という意味だったのだが、いつの間にか『娘』の貞操を守りたい親心に変わってしまった。
「貴女は19歳なのだし、そういう意味でも自由にして欲しいと思っているのよ?…とはいえ、今この國に貴女に相応しい人はいないわね」
ほぼ独り言である。
「けれど、将来的にはもしかしたら……」
『娘』の貞操を本気で心配する親馬鹿マヤリィ。っていうか、タンザナイトはホムンクルスだから歳を取らないのでは?
「母上様、どうかなさいましたか?」
マヤリィが難しい顔をしているのを見て、タンザナイトが心配そうに声をかける。
その言葉で我に返ったマヤリィは、
「いえ、何でもないわ。…これから貴女の新しい部屋に行きましょうね」
ナイトに優しく微笑みかける。
こうして、流転の國の休日一日目が始まった。
『流転の國の休日』は第一作目からたびたび登場していますが、その理由は突然マヤリィが倒れたり、マヤリィが過労で動けなくなったり、といったことがほとんどです。
精神病を患っていることに加えて、元来虚弱体質のマヤリィ。
そんなマヤリィは、流転の國の女王の役目を務める為に普段からかなり無理をしています。
今回は、ルーリの罪の告白からの忘却魔術、そして人造人間の暴走…と精神的にも体力的にもきつい出来事が重なった末、心身ともに疲れ果ててしまいました。
ルーリの行為がたとえ罪に問われるべきことであっても、罪を明るみに出し処罰することは、マヤリィの病状を悪化させることに繋がります。
それはルーリに限らず、他の配下を罰することもマヤリィにとってはとてもつらいことです。
以前シロマを罰せざるを得なくなった時も、かなり精神的に不安定になっていました(そして玉座の間に罅が入った)。
それを踏まえると、今回の事件を起こした人造人間の始末をタンザナイトが引き受けてくれたことは、せめてもの救いだったと言えるでしょう。




