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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第52話 深い眠り

「こちらが母上様のお部屋にございますか…!」

初めてマヤリィの部屋に足を踏み入れたタンザナイトは、物珍しそうに中を見渡す。魔術書が至る所に積み上がっている自分の部屋とは違い、綺麗に整理整頓されている。

「とりあえず座って頂戴。実は…貴女の心配をしているの」

マヤリィは言う。

「あの時、私はシロマの治療を受けたばかりだったし、ルーリは動揺してうまく魔力探知が出来なかった。そんな中、貴女は『彼女』を追い詰め、とどめをさしてくれた。けれど、彼女は仮にも貴女の『姉』。流転の國や皆を守る為とはいえ、つらい仕事をさせてしまったわね」

しかし、タンザナイトは首を横に振った。

「母上様、心配して下さってありがとうございます。でも、僕は大丈夫です。ルーリ様を殺そうとし、あろうことか母上様を傷付けた彼女を僕は決して許すことが出来ません。…クラヴィス様はご覧になりましたが、僕は皆様に念話を送る前、彼女の動きを封じる為に岩系統魔術を発動して磔にしました。僕は母上様が考えていらっしゃるよりも遥かに残酷なホムンクルスなのです」

マヤリィが第7会議室に行った時には彼女は既に床に寝かされていたから、磔にされていた姿は見ていない。しかし、腕や脚に残る鋭利な何かで貫かれた痕には気付いていた。

「あの時、僕はご命令を頂かなかったとしても『姉』を撃っていたと思います。それを全くつらいと思わなかった僕をお許し下さいませ。母上様にご心配をおかけして申し訳ございませんでした」

「ナイト……」

(そういえば、この子は負の感情を抱いたとしてもすぐに気持ちを切り替えられるのだったわね…)

今の言葉を聞いてタンザナイトの設計図を思い出したマヤリィは、安心して微笑みを見せる。

「貴女が大丈夫ならそれでいいのよ。謝る必要なんてどこにもないわ。…ナイト、私の期待以上の働きをしてくれて本当にありがとう」

「勿体ないお言葉にございます、母上様。貴女様のお役に立てましたならばこれ以上の喜びはありません」

タンザナイトはそう言って頭を下げる。

そんな『娘』を頼もしく見つめるマヤリィだったが、急に疲労感に襲われて力なく椅子にもたれかかった。

「母上様…!?」

向かい合わせに座っていたナイトはすぐに立ち上がり、マヤリィの身体を支えに行く。

「失礼致します、母上様。…お顔の色がすぐれません。ずっと無理をなさっていたのですね」

もっと早く気付くべきだったとナイトは思うが、とにかく今はマヤリィを楽な体勢にしなければならない。

「畏れながら、母上様。ベッドにお連れしてもよろしいでしょうか?」

「ええ…。でも、貴女の手で私を運ぶなんて…」

マヤリィとタンザナイトの体格差はほとんどない。恐らく膂力も同じようなものだろう。

しかし、ナイトは冷静に魔術を発動する。

「『短距離転移』。母上様のベッドの上まで移動します」

まさかの『転移』にマヤリィは驚く。自分も含め、今までこんな使い方をした者はいない。

「貴女って…本当に賢い子ね」

マヤリィはベッドの上でそう言いながら、

「ジャケットだけ脱がせて頂戴」

横になる前にナイトに頼む。

「はい。失礼致します、母上様」

ナイトは心做しか恥ずかしそうに目を逸らしながら、マヤリィのジャケットを預かる。

「ナイト、どうかしたの?」

「いえ…初めて母上様にお会いした時、僕の裸をお見せしてしまったことを思い出しました」

「ああ、あの時ね…」

男の子のつもりで造ったタンザナイトはなぜか女の子だった。それを証明した時の話である。

「私の裸も見てみる?貴女にそっくりよ」

「いえ、とんでもございません…!」

マヤリィに揶揄われ、思わず頬を染めるタンザナイト。とてもレアな表情だ。

「そうね…。では、後で一緒にお風呂に入りましょうか」

「お風呂にございますか…?」

ナイトは首を傾げる。シャワーを浴びることはあっても、湯舟に浸かったことはないらしい。

(そんな知識まで設計出来ないわ)

マヤリィは改めて人を造ることの難しさを感じながら、

「後で浴槽にお湯を張っておいてくれるかしら。私が起きたら、一緒に浸かりましょう?これは『命令』よ♪」

楽しそうに言う。お得意の職権濫用である。

「畏まりました、母上様。どうしても僕は貴女様に裸をお見せしないといけないのですね…」

「女同士なのに何を恥ずかしがっているの?最初に上半身を見せてくれた時は、下も脱ごうとしてたじゃない」

マヤリィにそう言われ、ナイトは思い出す。

確かに自分はこう言った。

『「下は確認しなくてよろしいのですか?」』と…。

「大丈夫よ、ナイト。いくら貴女が可愛くても、娘を襲ったりなんてしないわ」

「母上様、そろそろ寝て下さい」

赤面するナイトが可愛いのでつい遊んでしまったが、気付けば完全に身体が動かない。

「そうね、もう寝るわ。…また、例の白魔術をかけてくれるかしら?」

「畏まりました。『深眠』魔術でございますよね?」

それは、第3会議室でかけてもらった白魔術である。あの夜は本当によく眠れた。

「ええ、頼むわ」

「はい。では、失礼致します」

ナイトはそう言うと『流転の羅針盤』を取り出して『深眠』魔術を発動した。白魔術書を手にしていないところを見ると、全て頭に入っているのだろう。

「ごゆっくりお休み下さいませ、母上様」

「ありがとう…ナイト……」

まもなくマヤリィは深い眠りについた。

タンザナイトは預かったジャケットをハンガーにかけると、マヤリィの傍らに座り直し、その寝顔を見つめるのだった。

これまでにも何度か倒れているマヤリィですが『疲労』に白魔術は効きません。

タンザナイトもそれを聞いているので全回復魔術をかけたりはせず、せめてゆっくり休んでもらいたいと思い『深眠』魔術を提案しました。


國を揺るがしかねない悲劇の後の休息。

今はただ穏やかな時間が流れています。

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