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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㉑ラピスへの命令

《こちらマヤリィ。ラピス、速やかに応答しなさい》

《こ、こちらラピスにございます!マヤリィ様、お帰りになられたのですね…!》

ルーリの部屋で目覚めたラピスはその後どうして良いか分からず、そのまま待機していたのだが、帰還したマヤリィはシロマのことで頭がいっぱいだったのでラピスの存在を忘れていた。

《今どこにいるのか知らないけれど、玉座の間で待機するよう命令したはずよ?》

《も、申し訳ございません!!》

《…まぁいいわ。これは次の命令よ。至急、玉座の間に『転移』しなさい。そして、万が一にもルーリが魔術を発動したらそれを止めて頂戴》

《ルーリ様の魔術を…わたくしが…?》

《ええ。貴女ならルーリの魔術を防げるでしょう?…私が何を言っているか分かるわね?》

《はっ。わたくしの身体はどんなに強大な魔術でも一度だけ『無効化』出来るようになっております。それを使わせて頂きます》

《話が早くて助かるわ。…では、頼んだわよ》

《はっ。畏まりました、マヤリィ様。行って参ります》

ラピスとの念話を終えると、マヤリィはため息をついた。

その時、

「…姫、今話していたことを本気でやらせるつもりですか?」

二人の念話を聞いていたジェイが難しい顔で訊ねる。

「ええ。その為のホムンクルスだもの」

マヤリィは即答する。

「…大丈夫よ、ジェイ。たとえ『悪魔変化』していようと、ルーリがシロマに向かって魔術を使うなんて有り得ないわ。あくまで念の為だから、そんな顔しないで頂戴」

「はい…」

ジェイはそう答えながら、内心は複雑だった。

(確かにラピスはどんなに強い魔術でも止められるけど、それが出来るのは一度きり。なぜなら、彼女の命と引き換えの『無効化』魔術だから)

マヤリィは平然と『無効化』を発動するよう命じていた。そう言えるのは、彼女のことを流転の國の仲間ではなく『物』だと思っているからだろう。

(どちらにせよ、僕はルーリを信じるだけだ。たとえ『悪魔変化』をしたとしても、ルーリの心は変わらないはず…!)

しかし、実際のところジェイは悪魔変化した時のルーリを見た覚えがない。だから、本当の恐ろしさを知らない。

マヤリィはジェイの気持ちを知ることもなく、

「…ジェイ。私、今度こそ寝るわ」

そう言ってジェイの身体を布団の中に引き入れる。

「私から離れたら許さないわよ?…全部片付いたら起こして頂戴」

疲れきったマヤリィはジェイを抱き枕にすると、彼の返事を聞く余裕もなく眠ってしまった。

「これは睡眠薬…。いつの間に飲んだんですか……」

ジェイはそう呟くと、死んだように眠るマヤリィを見てため息をついた。


「ルーリ様、此度は本当に申し訳ございませんでした。どうか、ご主人様に直接謝罪することをお許し下さいませ」

その頃玉座の間では、シロマが『悪魔変化』したルーリの前にひれ伏していた。

「ずっと逃げていたくせに、今は直接会いたいだなんて随分と自分勝手だな」

自分の部屋にマヤリィが来た時は咄嗟に『透明化』してしまったシロマ。その後も、マヤリィ様に顔向け出来ないと思い詰めるあまりになかなか第4会議室に行けなかった。しかし、その躊躇いは罪の上乗せにしかならなかった。

「マヤリィ様は慈悲深い御方だから許して下さるだろう。…しかし、この問題の発端となったのは私が女王代理を務めていた時に起きたこと。悪いが、優しくない私の罰を受けてくれ」

「ルーリ様…!」

シロマは罪の重さと悪魔の恐ろしさに押し潰され、泣くことしか出来なかった。

既にクラヴィスは自室に帰されている。今ここには、罪を犯した白魔術師と怒りに満ちた悪魔しかいない。

…と思ったら。

「ラピス、只今参上致しました。これはマヤリィ様のご命令にございます」

『無効化』魔術を命じられたラピスが玉座の間に現れた。

「ラピスラズリ…!」

思いがけない人物の登場にルーリは驚く。

「ル、ルーリ様にございますか…?」

『悪魔変化』したルーリを初めて見たラピスは怯えた様子で訊ねる。

「ああ、私だ。…お前がここに来たということは、マヤリィ様は私の悪魔変化にお気付きになられたのだな」

「はっ。先ほど念話を頂きましてございます」

「…そうか」

次の瞬間、ルーリは悪魔変化を解いた。

「ルーリ様…?」

「ラピス、怖がらせてすまなかった」

「とんでもないことにございます、ルーリ様…!」

本来の美しい姿に戻ったルーリは、恐怖と緊張がほどけて涙を流すラピスを抱きしめた。

「もし私の心が悪魔変化に呑み込まれて魔術を使ってしまったら、その時はシロマの盾になれと命じられたのだろう?」

ルーリもラピスの無効化魔術を知っている。

(マヤリィ様は私のラピスへの想いをご存知なのだな…)

ラピスがここに現れた理由は明確だった。たとえ悪魔変化している状態であってもルーリの優しい心が完全になくなることなど有り得ないから、マヤリィは彼女を元に戻す為にラピスを向かわせたのだ。

「…結局、私もマヤリィ様にご迷惑をおかけしてしまったというわけか」

ルーリの小さな声はラピスにしか聞こえなかった。

「でも、お前が来てくれてよかった…」

厳しい命令を下したものの、マヤリィは本気で『無効化』魔術を使わせようとは思っていなかった。ラピスの存在がそこにあれば、ルーリは『悪魔変化』を解くはずだと分かっていたから。

そして、マヤリィの思惑通りになった。

「…シロマ」

いつもの姿に戻ったルーリだが、シロマに対しては厳しく声をかける。

「はい、ルーリ様」

震えながらひれ伏していたシロマも少し落ち着きを取り戻し、体勢を立て直してルーリの前に跪く。

「今日、お前とクラヴィスには、私が知っているマヤリィ様のご病気の症状に関して全て説明した。悲しいことに、マヤリィ様は私達に対してはこの上もなく優しい御方だが、ご自身に対してはそうではないらしい。…今のお前になら分かるだろう?」

「はっ。ご主人様はお優しすぎます。私が第4会議室に参上した際も……」

シロマは第4会議室で聞いたマヤリィの言葉を思い出す。

『「いつだって貴女を頼りにしているのに、あの時それを伝えられなかったこと、申し訳なく思っているわ。…悪かったわね、シロマ」』

マヤリィはシロマを咎めるどころか、自分に非があるかのような話をして謝った。

「ご主人様ぁぁ……」

シロマは再び泣き崩れる。

なぜご主人様は私を責めないのだろう。

なぜご主人様は私に罰を下さらないのだろう。

私はどうやって罪を償えば良いのだろう。

「ルーリ様…お願いにございます。『変化』を解かれる前におっしゃっていた『優しくない罰』を私にお与え下さいませ」

シロマはそう言って頭を下げる。

しかし、ルーリは首を傾げる。

「…。さっきはああ言ったが、何しろ『悪魔変化』している間は少々人格が変わるのでな…」

ラピスの登場によって変化を解いたルーリは、どんな罰を与えようとしていたか忘れてしまっていた。

「それに、考えてみれば私がマヤリィ様に代わってお前に罰を与えるというのも烏滸がましい話だ。…というわけで、その辺りの話は後でマヤリィ様と相談してくれ」

ルーリ様、さっきと言ってること違いません?

ていうか、だんだん面倒になってきてません?

「そ、そんな…!ルーリ様ぁ…!」

シロマは縋るような目でルーリを見るが、彼女は既に違うことを考えていた。

「これから私は説明を終えたことをマヤリィ様にご報告してくる。…ラピス、私のお願いを聞いてくれるか?」

「はい、ルーリ様。何でございましょうか?」

ラピスに『命令』出来るのはマヤリィだけだが、『お願い』ならばルーリの言葉でも有効らしい。

「私が報告に行っている間、シロマと一緒に玉座の間にいてくれ。お前の任務は済んだことだし、シロマも一人じゃ心細いだろうからな」

というのは口実で、目的は監視である。

ラピスにそこまで伝わったかどうかは定かでないが、

「畏まりました、ルーリ様。わたくしは玉座の間にてシロマ様と一緒にいさせて頂きます」

彼女は笑顔で頭を下げた。いつも自分に優しくしてくれるルーリの役に立てるのが嬉しいのだろう。

「頼んだぞ、ラピスラズリ」

「はっ!」

そして、玉座の間にはシロマとラピスが残された。

ラピスが現れればルーリは『悪魔変化』を解く…。

マヤリィ様は『念話』では厳しいことを言いつつ、全てお見通しでした。


ていうかルーリさん。

マヤリィ様は今眠っているので報告どころではありませんよ…?

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