対アザゼル戦終焉
「う、うう・・・」
一人の騎士が、泥を吐き出すようにして呻き声を上げた。
重力に押し潰されたことと、汚染された七重結界から送り込まれるマナが途切れたことで、脳内でショックが起きていたのだ。
「みんな、聞いてくれ!」
脚に傷を負いながらも、ミュリエルが立ち上がる。
彼女は自らの剣を杖代わりにし、騎士たちの間を歩き回る。
「私は聖騎士団長、ミュリエル・フォン・ローゼンバーグだ! 貴公たちが剣を向けているのは、守るべき民であり、共に歩んできた仲間だ! 目を開けろ! その瞳に宿るべきは、狂気ではない。正義の誇りのはずだ!」
「団長・・・? ミュリエル、様・・・?」
一人、また一人と、騎士たちの瞳に理性の色が戻り始める。
「馬鹿な!私の精神汚染が、たったこれだけのことで解けるはずが・・・!」
動揺するアザゼル。
「言葉だけではない。彼女が今まで積み上げてきた『信頼』がそうさせるのだ」
ルーが冷たく告げる。
「お前が擬態で築き上げた偽りの信頼とは、強度が違うのだよ」
「黙れぇ! ならば、物理的に消し去ってくれるわ!」
逆上したアザゼルが、その巨大な翼を広げ、無数の黒い羽を弾丸のように降り注がせた。
「させるかよ!」
リアンが飛び出す。
彼は飛来する黒羽を、目にも留まらぬ速さの剣筋ですべて叩き落としていく。
「ルー、あいつの本体はあの影の中だ! 影が濃いところが核だ!」
リアンは戦いの中で、アザゼルの「本体」を見抜いていた。
分身が消えても、常に供給源となっている濃密な影。
「よく見抜いた、リアン。ミュリエル、仕上げだ!」
ミュリエルは騎士たちの中心で、高く手を掲げた。
「聖都の騎士たちよ! 我が命に従え! 邪悪を討ち払え!」
正気に戻った数十人の騎士たちが、一斉に聖魔法を唱えた。
彼らの中に残っていた僅かな聖なるマナが共鳴し、大聖堂の広場を浄化の光が包み込む。
「ぐ、あああぁぁぁ! 光がぁぁぁ、光が私を焼く!」
影を暴かれたアザゼルが、苦悶の表情で空中にのたうち回る。
その隙を、ルーは見逃さなかった。
「これが最後だ、アザゼル。『虚無の特異点』!」
ルーの手のひらに収束された極小の闇が、アザゼルの胸へと撃ち込まれた。
それは破壊ではなく、アザゼルが溜め込んできた偽りのマナをすべて「無」に帰す、終焉の闇魔法。
「ハデス・・・様・・・、私は・・・」
アザゼルの身体が、内側から崩壊していく。
その翼が、腕が、そして不気味なライトとアザゼルの顔が、風に溶けるように消えていく。
大聖堂を包んでいた重苦しい空気は完全に消え去り、光が取り戻され始めていた。
住民たちは、自分たちが犯した過ち――ルーたちに石を投げた記憶――に愕然とし、泣き崩れる者や、呆然と立ち尽くす者で溢れていた。
「終わったんだな」
リアンが地面に座り込み、大きく息を吐く。
「いや、始まったのだ」
ルーは、消滅したアザゼルの跡に残された、黒い結晶を拾い上げた。
「これは?」
ミュリエルが近寄る。
「アザゼルの核だったものだ。これには次の『冥界の残響』への導きが刻まれている。・・・だがミュリエル、お前はどうする?」
聖都は救われた。しかし、彼女は「反逆者」として一度名前を汚されている。
ミュリエルは、朝日を浴びる騎士たちと、傷ついた街を見つめ、静かに、しかしはっきりとした口調で答えた。
「私は・・・もう騎士団長を辞そうと思う。そう・・・ただのミュリエルだ。ルー、貴公の行く目的地まで、付き合わせてもらおう。それが、この国の民のためになるなら・・・!」
「・・・フン、物好きなことだ」
ルーは少しだけ口角を上げ、背を向けた。




