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【2】寒々しい本邸と暖かそうな別邸


辺境地にあるオールブライト領は、前の領主が亡くなった際に後継ぎがおらず、近くの領主が臨時で管理をしていた。

そこに新たにクライブ様が辺境伯として入ることになった。

オールブライト領主の館は、敷地の手前にある本邸と、奥にある別邸の二つの邸宅がある。

別邸について『あなたには一切の権限もありません、立ち入ることも近づくことも許可しません』とクライブ様に釘を刺すように言われた。


本邸は私の好きにしていいとのことだったが、改修の予算表などを見せてはもらえずどこまでお金をかけていいのか分からなかったので何もしなかった。

本邸の南に木々が生い茂っており、その向こうに別邸の二階部分と塔が見える。

私がそちらに行くことはないし、できない。

そこでは私の夫であるはずのクライブ様が『大切な人』と一緒に住んでいる。



***



『僕が君を愛することはない』と、オールブライト領にある小さく粗末な教会での結婚式の最中にクライブ様に告げられた。

その後クライブ様は一人で帰り、置き去りにされた私はウェディングドレス代わりの白いワンピース姿のまま、一人馬車で館に向かった。

思ったより若い執事が迎えてくれた。

冷たいわけでもなく、かといって温かく接してくれるわけでもない。

それは本邸の使用人の全員がそうだった。

クライブ様に嫁いでくるにあたって、私は実家であるバーネット侯爵家から誰も使用人を連れてこなかった。

クライブ様は私の身の回りの世話をする侍女を二人くらい連れてきてもよいと事前に父に言ってくれたようだが、バーネット侯爵家での私付きの侍女は高齢で家庭があり孫もいて、通いで勤めていたのだ。

平穏に暮らしている侍女とその家族の生活を一変させてまで、辺境の地に連れていきたい訳でもなかったから、ここには一人でやってきた。


クライブ様の執務室も私室も本邸にもちろんあるが、彼が本邸にやってくることはない。

本邸に常駐しているのは執事が一人と料理人が一人、そして掃除やこまごまとした雑務をするメイドが一人の三人だけ。

私付きの侍女はいない。

ドレスを着つけたりするようなことはほとんどないので、必要があれば別邸にいる侍女をその時だけ誰か寄越してもらえばいいのだろう。


風呂も身の回りのことも一人でこなしていく。一度覚えればどうということはない。

侯爵家に居たときも、メイドに傅かれて暮らしていたわけではなかった。

使用人たちのほとんどは、嫡男である兄か、幼くて父が溺愛している妹に付きたがった。

何か必要な時に使用人を呼んでもすぐには誰も来てくれないことが多く、そのうちできることならば自分でやったほうが早いと気づき、たいていのことは自分でできるようになった。


本邸でもしもパーティのようなものをするときは別邸から使用人たちがやってくることになっているらしいが、おそらくそんな予定はないだろう。

本邸に勤める三人は誰もがその責務を誠実に全うしており、私を邪険にしたりはしない。

ただ、私を心から心配して味方になってくれるようでもない。


別邸に使用人が何人いるのか分からないが、夜に別邸を見ると二階の窓にたくさん灯りが点いているから結構な人数がいるのだろう。

本邸の二階は使われることのないクライブ様の私室と私の私室、あとは客間がいくつかあるが、私しか二階に上がる者はいない。

三人の使用人の部屋や、執務室、応接室はすべて一階にある。

人が少ないせいか、本邸はいつも寒々しい。

つい、暖かな灯りの点る別邸を部屋の窓から見てしまうのだった。



***



別邸にいらっしゃるクライブ様の『大切な人』は、今は投獄されている第二王子マーヴィン様の婚約者だったブリジット・ホールデン伯爵令嬢だという。


ジェイラス陛下はマーヴィン様を捕縛した直後、マーヴィン様の婚約者であるブリジット嬢が、マーヴィン様から何か証拠品になるものを預かったりしていないか伯爵邸を探索するようクライブ様に命じた。


剣を持って乱入してきた兵士に驚いて転倒してしまったブリジット様は、打ちどころが悪く腰の骨を折ってしまった。

クライブ様はそれをご自分の責任と捉えているという。

罪人となったマーヴィン様とブリジット様が婚約していたことで、ホールデン伯爵家は微妙な立場に置かれることになった。

その時の捜索ではマーヴィン第二王子殿下から預かったかもしれない公金横領の証拠たるものを見つけることはできなかったというが、マーヴィン殿下の子飼いの者から守るためにブリジット様を辺境オールブライト領に引き取れと陛下はクライブ様に命じたという。

クライブ様にブリジット様の隔離を命じたと同時に、クライブ様がブリジット様をどう扱うかを監視してもいるのだろう。


クライブ様は、同母兄マーヴィン様の婚約者であるブリジット様に懸想しているという噂が、婚約していた頃の私の耳にも届いていた。

結婚式で『君を愛することはない』と私に言って別邸にブリジット様を囲っているクライブ様だから、当時の噂は事実だったのかもしれない。


ジェイラス陛下は、ブリジット様のことを『監視下に置け』と御命じになったわけで、別邸で女主人のような扱いをさせるおつもりはなかったはずだ。

別邸でブリジット様と夫婦のように暮らしていることは、クライブ様の独断なのだろう。

辺境オールブライト領のことまで、ジェイラス国王陛下のお耳には届かないと思っていらっしゃるのだ。

別邸にはあれだけの人員がいるのだから、その中に陛下の耳目となる者が紛れているはずだと思うが、クライブ様は相変わらず本邸に姿を現さない。


クライブ様がホールデン伯爵邸を捜索した時に腰の骨を折ったブリジット様は、今も歩くことができないらしい。

別邸では車椅子で移動されているらしく、別邸の修繕は床の張替えや手すりの取り付けなど、ブリジット様が快適に動けるように配慮されているという。

これらのことは本邸で働く三人の、そう小声でもないひそひそ話を自分なりに繋ぎ合わせたものであって、クライブ様からは何も説明されていない。

そしてここ本邸での『ひそひそ話』は私に聞かせないためではなく、聞かせるためのものなのだ。


クライブ様には想い人がいて別邸で大切に囲っている。

フォスティーヌという女は名義上の妻であって身の程をわきまえろ、間違っても別邸に近づくのではないと。

そう私に聞かせるための『ひそひそ話』なのだ。


クライブ様はどうして私との婚約をなかったことにしなかったのだろう。

私はずっとそれを考えている。

ブリジット様はマーヴィン様の婚約者ではあったけれど、マーヴィン様から冷遇されていたのではないか。捕縛された時も別の恋人と同衾していたというのだ。

マーヴィン様が投獄されて婚約は白紙となった。

ブリジット様はクライブ様と同じ母を持つマーヴィン様と婚約していたのだから、そのままクライブ様と結婚させても特に問題もなかったのでは?

『監視』の名の下に妻とするほうが良かったように思えてならない。


そしてもうひとつ気になること。

クライブ様が来なかった初夜の翌朝、本館近くの木陰で抱き合う男女を窓から見たのだ。

長い髪の女性の短いスカートから見える長い白い脚が、男性の足に絡んでいた。

あれはいったい誰と誰だったのか。

男性がクライブ様だったとは思えない。別邸にいくらでも部屋があるのだ。わざわざ日頃近寄らない本館近くで『逢引き』のようなことをする必要もない。

あれは別邸の使用人たちなのだろうか。


──考えても分からないことを考えても時間の無駄だわ。


明日は街に出ていろいろ忙しいのだから、もう眠ることにした。

ベッドサイドの小さなランプの灯を消すと、たちまち部屋が暗闇に包まれた。



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