9.袋のネズミ
「敵艦隊発見。9時、12時、3時の方向から急速接近中。コルベットと思しき艦艇約60隻」
突如艦橋に響いた戦術AIの声に、カーン中佐ははっとして顔を上げた。彼はロレンツォに向かうカロディール星系防衛艦隊の前方警戒隊司令として、約200隻のコルベットを率い本隊の前方約5光分のところを進んでいるところだった。
艦橋正面のスクリーンを見上げると、AIの言う通り敵を示す光点が警戒隊を正面及び左右両側面から包み込むように接近してきている。かなり速い。
「全艦、直ちに迎撃態勢をとりつつ急速後進。本隊に連絡せよ」
敵はこちらの3分の1以下だが、警戒隊の任務は敵と戦うことではない。まずは本隊と連絡し合流するのが先決だ、カーンはそう判断したのである。しかしそれは彼が思う程簡単なことではなかった。
「敵艦隊、急速後進に移りました」
オペレーターの声にラウール・ヒメネス中佐は頷いた。ヒメネスはテラフォードの第一機動部隊カロディール派遣分艦隊の第一宙雷戦隊の先任将校として、第一、第二、第四、第五駆逐隊の指揮を臨時に任されている。
「距離を詰めつつ、包囲網を崩さぬように追撃しろ」
第一駆逐隊旗艦、ゼロ型教導駆逐艦“リライアント”艦橋のスクリーンを見つめながら、ヒメネスは続いて指示を出す。
「各隊、支援重巡を前に出し敵の射程外から砲撃を開始せよ」
指示を受け、リライアントの側をブルーリッジ級重巡洋艦2隻が追い越していく。
「司令官、第五戦隊の出航が遅れています」
オペレーターの報告に、ドゥルーヴ・ヴァルマ大佐は眉をひそめた。カロディール星系防衛艦隊は前方警戒隊200隻を第一戦隊として、大型・中型フリゲート300隻からなる本隊(第二戦隊)の左右にそれぞれコルベット200隻からなる第三、第四戦隊を配置し、既に2時間前にカロディールを出航している。本来なら最後尾の第五戦隊も30分前に出航しているはずだった。
「何をしている。第五戦隊に連絡し、出航を急がせろ」
「はっ」そう言って通信担当オペレーターは操作卓に向かうが、すぐに首を振った。
「駄目です。第五戦隊と連絡が取れません。通信を切っているようです」
「何だと?」
驚くヴァルマの傍で幕僚長のバクリシュナンは首を振った。
「彼ら、出航しないつもりですな」
「どういうことだ?」
ヴァルマの問いかけにバクリシュナンは溜息をついた。司令官は悪い人ではないが少々想像力に乏しいところがある。
「つまりロレンツォ行きを拒否している、ということではないですか」
「何だって!? それは・・・・それじゃ命令違反、いや叛乱じゃないか! 叛乱に加担したものは死刑だぞ?」
「その覚悟でしょうな・・・・どうします? 引き返して説得しますか?」
バクリシュナンの問いにヴァルマは腕を組んで考え込んだ。「今から引き返したとして・・・・集結期限に間に合うか? スピードを上げればなんとかなるか・・・・」
そんなヴァルマの逡巡を断ち切るように、オペレーターの叫び声が響いた。
「前方警戒隊から緊急電! 敵艦隊と接触。三方から包囲されている。至急救援を乞う、とのことです!」
バクリシュナンは天を仰いだ。罠にかかった小動物とはこんな気分なのだろうか。
「司令、ダメです! 振り切れません!」
オペレーターの悲鳴のような声にカーンは唇を噛んだ。当たり前だ。戦隊は艦首を前方に向けたまま後進をしている。このやり方では艦後部のメインエンジンを使えないことに加え、そもそも帝国軍は艦隊戦闘時の速度を最大で秒速5,000kmと定めている。しかし前進態勢にある敵は推力を最大限利用することができ、こちらの2倍以上のスピードを出しながらもこちらの動きに柔軟に合わせながら包囲を維持し続けている。まるで個艦運動のようだ。どうしたらあのスピードで艦隊陣形を維持できるのだろうか?
しかも敵には帝国軍の大型フリゲートと思しき艦6隻が加わっており、こちらの射程外から狙撃のように荷電粒子砲を撃ちこんでくる。既に20隻以上が撃破されていた。カーンにはそのフリゲートがどこからやってきたのか考える余裕もなかった。
この包囲網を振り切るためには、敵前で回頭を行った上でメインエンジンを噴かし秒速5,000km以上に増速する必要があるが、それは同時に戦隊が組織的な戦闘を放棄することも意味していた。
「本隊は? 本隊の到着までどれ程かかる!?」
「双方が最大速度で合流を目指したとしても、あと2時間はかかります!」
2時間・・・・とても無理だ。持ち堪えられない。カーンは腕を組んで考え込んだが、迷いを断ち切るようにスクリーンを見上げた。
「全艦、ありったけの対艦ミサイルを発射。その後直ちに回頭し全速で離脱する」
「目標は? 目標はどうしますか?」
敵艦隊は薄く広く散開しており、ミサイルの照準をつけるのは難しい。
「正面・左右に向け、180度散布発射。なに、当たらなくても構わん。敵に減速、回頭を強いればそれで十分だ」上手くいけば僅かでもこちらが回頭、増速する時間を稼げるだろう。後は個艦毎に戦場を離脱するしかない。
「全艦ミサイル発射準備できました!」
「よし、ミサイル発射!」
第一戦隊の残余約180隻から次々とミサイルが飛び出していく。それを確認した後、カーンは息を吸い込み、「全艦回頭!」と叫ぼうとした。しかし無情にも、それはオペレーターの金切り声によって中断させられた。
「6時方向に新たな敵艦隊出現! ミサイル、来ます!」




