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New Space Scrolls Ⅱ-名もなき者達の詩  作者: 乃木了一
第五章 それぞれの戦い
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3.薄闇

(おや?)目の端で何か違和感を覚えてフィリップ・クライトンは歩を緩めた。ここはテラフォード共和国首都フリートランドの官庁街の外れにある広大な公園の中で、クライトンは公園の中を突っ切ってその先にある歓楽街に向かっている所だった。ここ最近、クライトンが忙殺されていた課の新設作業にもようやくめどがつき、今日は仕事を早めに切り上げ久しぶりに馴染みのパブで一杯やろうかと思って役所を出てきたところである。


昨年(地球暦4261年)9月、帝国のオクシタン星系が独立を宣言、そして12月にはオクシタン軍が帝国の征討軍3万を撃破するという衝撃の事件が起きた。その後もオクシタンは近隣星系の併合を進め勢力を拡大しつつある。

そこでテラフォードの国家情報局(NIA)としても新たな情勢に合わせた組織体制の変更が必要と判断し、分析部の中に「帝国課」「オクシタン課」「ラセンナ課」を新設することとなった。クライトンの上司、分析部オクシタン班班長だったダスティン・スレイドはオクシタン課課長となり、クライトン自身は課長補佐、ということになった。たった4人だったオクシタン専従員が一挙に20人となり、それ自体は喜ばしいことだったが、その間にも事態は容赦なく進んでいく。スレイド課長は情勢報告のため連日、部長や局長だけでなく大統領官邸にまで呼び出されている。そのため、新人達に必要な教育や仕事の割り振りだけでなく、机や端末、果ては課員が共有する冷蔵庫の確保までクライトンがほぼ全て1人でやらざるを得なかったのである。その目も回る仕事がようやく一段落したところだった。


クライトンの目に留まったのはベンチに座った1人の男である。トレンチコートの襟を立て、黒いハットを目深にかぶっているが、その彼がさっと周りを見渡した時、落ちゆく夕陽に一瞬照らされた顔に見覚えがあるような気がしたのである。クライトンは一度見た顔は忘れないのが特技である。ベンチの男は再び俯き、コートのポケットに両手を突っ込んだ。幸いクライトンが男に気付いた時、男は顔を別方向に向けていてクライトンが木陰に身を潜めるのには気付かなかったようだ。

(あの男は確か・・・・)クライトンは記憶の底を探る。最近、どこかでみたはずだ。確かニュース映像で・・・・。ニュース? 何のニュースだっけ・・・・? 空港が映っていた・・・・。あっ、そうだ。帝国の駐テラフォード大使館の館員達がフリートランドを退去する時のニュースだ。テレビ画面に向かって激怒し、人差し指を振りながら弁舌を振るうマントイフェル大使の後方に小さく映っていた。確か、帝国大使館の三等書記官だった男だ。その男が何故ここにいる? 帝国大使館の連中は全てテラフォードを去ったはずだ。

その時、男の座るベンチ裏の低い植え込みが微かに揺れたのをみてクライトンは息を飲んだ。クライトンは今は分析部に在籍しているが、その前は5年程作戦部に所属していた。そこで一通り、現場で情報収集にあたるケースオフィサーとしての基本を叩きこまれている。その経験がクライトンにあることを囁いていた。

元大使館員はもう一度、左右をさっと見回すと立ち上がった。コートの襟に顔を埋め、両手をポケットに突っ込むと足早に立ち去っていく。男が顔を上げた瞬間にクライトンはケースオフィサー時代の癖でいつも持ち歩いている手持ちの小型カメラで写真を数枚撮っている。立ち去っていく男の後ろ姿を眺めながら、クライトンはベンチがより良く見える茂みに移動した。ここなら公園を通る他の人間の目に留まることもなく待ち続けることができる。




いつの間にか日は落ち、2月の寒さがコートの上や地面についた膝から容赦なく染み入ってくる。(ちくしょう、つくづくついてねぇな)クライトンは自分の記憶力を呪いながらそっと周りを見渡した。遠くに歓楽街の明かりがみえるが、公園の中はすっかり暗くなり、まばらな街灯だけが小さくその周りだけをぼんやりと照らしている。人影は全くない。明かりが漏れないようコートの内側に隠したモバイルで時間を確認する。男が立ち去ってから既に30分以上が経っていた。

(やっぱり思い違いだったかな・・・・)撤収のため自分を納得させる理由を探しながら、クライトンはもう一度周りを見渡した。その時、500m以上先の街灯の下に人影をみたような気がして慌てて身をすくめた。目の前の茂みの枝に設置した小型カメラを覗き、ベンチに焦点があっていることを再度確認すると彼はそのまま動かなくなった。


時間にすると数分だったろうが、クライトンには永遠とも思える時間が過ぎた後、静まり返った公園の中を確かにコツ、コツ、と革靴が歩道を叩く音が近づいてきた。茂みの陰からクライトンがそっと伺うと、こちらは背広の上にチェスターコートを着た華奢な体格の男だ。顔は陰になっていて見えない。

第2の男はベンチの前まで来ると、きょろきょろと周りを見渡した後腰を下ろした。すぐにベンチの裏の茂みが揺れる。(ビンゴ!)クライトンはニヤリと笑うと、小型カメラに顔を寄せる。望遠にして写真を撮ろうとしたその瞬間、息が止まった。(えっ、彼は!?)男はベンチの背もたれから身を乗り出し、茂みをガサガサと探っている。

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