7.引けない理由(わけ)
翌日、ディートマーとハンスはシューマン男爵と娘のエルフリーデ、カテリーナに伴われてフルラッハの領内を見物してまわった。クリーガーは「ちょっと調べものがあるので・・・・」と言い、男爵に館のコンピューターを使わせてくれるよう頼んで館に残った。
領内をみてまわるうちに、ディートマーとハンスは男爵が領民達にいかに慕われているのか思い知らされていた。収穫作業中の畑によれば領主を認めた農民たちが集まってきたし、フルラッハ市街地のビストロに立ち寄れば昼間から飲んでいる男達が寄ってきて酒盛りが始まった。最後に立ち寄った惑星防衛司令部の司令官ファロン大佐は平民出身で、50がらみの年配だが若い頃から男爵に惑星警備の全てを任されているという。大佐に案内されて見物したコルレンツ陸軍第3大隊の訓練からは明らかに練度の高さが窺えた。徴兵された兵士が主体である大方の帝国星系とは異なり、コルレンツ防衛部隊の兵士達は全て志願してきた者達らしい。それだけでなく、オクシタンによる侵攻の噂が立ってからは新たに防衛軍に志願する者達が続々と集まってきているという。
その日の夜、昨日と同じように素朴だが隅々まで心遣いが行き届いた夕食を済ませた後、シューマン男爵にクリーガーとディートマー、ハンス、それに男爵の長女エルフリーデが食堂の隣の談話室に集まった。エルフリーデが口を開く。
「皆さん、昨日も父からお伝えした通り、我々はあくまでこのコルレンツを防衛するつもりです。既にファロン大佐の指揮の下防衛作戦の計画は立案済みで、父上、男爵を中心に戦いこのコルレンツを守り通してご覧にいれます。もちろん、私も防衛戦に参加します」
「エル、君までそんな・・・・」ディートマーが言いかけるのにエルフリーデはにっこり笑った。
「あら、ディート。あなたは知らないでしょうけど、私だってルフトヴァルデの帝国軍士官学校の卒業生なのよ。階級は少佐。拳銃の扱いで同期生に負けたことはないわ。私はここコルレンツで陸軍第一大隊長を務めているの」
「君の熱意は分かる。そしてここコルレンツの防衛部隊諸君の士気と練度が高いことも十分伝わった。しかし、それでも防衛艦隊の艦艇は300隻、陸軍の兵力は5千がせいぜいだろう? 対してオクシタンのエル・ガーニー艦隊の兵力は艦艇4,000隻、降下猟兵部隊が4個師団だ。残念だが、とうていかないっこない!」
「数で言えばそうかもね。でもね、ディート。コルレンツ防衛を決めたのは父じゃないの。ファロン大佐だけじゃなく、ここコルレンツの人たちが決めたことなの。その人々を見捨てて我々領主一家だけが逃げ出すわけにはいかないわ。それに、」そう言ってエルフリーデは呟いた。
「せめて1ヶ月、いや2ヶ月持ちこたえて、オクシタン軍をここコルレンツに引き付けておければ、帝国軍本隊が反撃に転じる時間を稼ぐこともできるでしょう?」
談話室に沈黙が落ちた。パチパチと暖炉にくべた薪のはじける音がする。しばらくしてクリーガーが静かに口を開いた。
「いいえ、お嬢さん。帝国軍の救援は来ませんよ」
エルフリーデがはっと息を飲む。
「オクシタン征討戦役で帝国軍は艦艇3万、将兵350万人以上を失いました。お隣のダゴンワース、そしてサンタ・クルス、シュブレムベルグは特に大きな損失を蒙っています。私はこれから帝国親衛軍幕僚本部に入るよう内示を受けていますが、私でなくても防衛線はダゴンワースに設定することになるでしょう」
「そんな・・・・これまで帝国に尽くしてきたコルレンツを見捨てるとおっしゃるのですか!」
「気を悪くしないでください。帝国全体の防衛を考えた場合、残念ながらコルレンツにそこまでの戦略的価値はないのです」明らかにショックを受けて黙り込むエルフリーデを一瞥した後、クリーガーはシューマン男爵に向き直った。
「閣下、このコルレンツの人々が自発的に防衛に参加しようとしている、そのことに私も大変感銘を受けております。これもひとえに閣下が心からこの星を愛し、その治政が素晴らしいものであったことの証左でしょう。しかし、」クリーガーはひたと男爵の目を見据える。
「だからこそ、男爵が『抵抗を止めろ』とおっしゃれば皆従うのではありませんか? ディートマーも言ったように、兵力差から見てコルレンツに勝ち目はございません。増援も望みがたい。おそらく何千、いや何万という人々が死ぬことになるでしょう。この美しい風景も全て破壊されることになる」そこでクリーガーは自らの言葉が相手に沁み込むのを待つように一息ついた後、意を決したように言葉を続けた。
「ところで私もオクシタンの独立宣言を読みましたが、どこまで実現できるのかはともかく、全ての人々がその身分とは関係なく能力を発揮できる社会を目指しているといいます。そう考えると、特に平民の人々にとってオクシタンの下で生きていくのもそれほど悪いことではないのではありませんか?」
衝撃的な言葉に部屋の誰もが凍りついた。エルフリーデが目を見開いて喘ぐ。「准将、貴方は皇帝陛下の、この帝国の政治を否定なさるのですか・・・・!?」
すると今まで黙っていたハンスがぼそぼそと話し始めた。
「いいえ、エルフリーデお嬢様、うちのアーニーが、いやクリーガー准将が言いたいのはそういうことじゃないんでさ。わっちは・・・・わっちの本名はヨナタン・ミンツといいやしてね。元はヴェスターブルグの叛乱軍の頭目でさぁ。それをこの准将が拾ってくださったんです。俺たちの叛乱の理由なんて、まあよくある話ですが、悪徳領主の酷い重税でね。子供が着る服にまでバカみたいな税金をかけやがって・・・・いや、お嬢さん、」何かいいかけようとしたエルフリーデに手を挙げた。
「こちらの閣下がそういうお方じゃないってのは、今日十分わかりやした。多分、この星の連中は幸せに暮らしているんだろうなって、羨ましいかぎりでさぁ。でもね、この先ずっとそうだと言い切れますかね? 閣下のその後の、更にその後の御子孫様が変わらず素晴らしい方だと・・・・。わっちの星でもね、ずっと悪徳領主ばかりじゃなかったんだと思うですよ。素晴らしい方もいたそうですよ。でも長い目で見たら、わっちら平民にとって領主さまの善政なんてたまの『気まぐれ』、みたいなもんで・・・・すいやせん、学がないもんでこんな言い方しかできやせんが」
エルフリーデがなお何かを言いかけようと口を開くのにシューマンは手を挙げて制した。
「准将、そしてハンス君、君たちの言いたいことは良く分かる。儂も帝国貴族の理想が即、領民の幸せではない、ということは心得てきたつもりだ」しかし、そう言って再び腕を組み、眉根を寄せて黙り込んだ男爵をみて、ディートマーが静かに口を開いた。
「叔父上、もしかしてコルレンツを離れられない理由が他にあるのではございませんか・・・・?」
再び部屋に沈黙が落ちたその時、部屋の外に慌ただしい足音がして執事長が「失礼します」と言って入ってきた。
「閣下、オクシタンの偵察艦が現れたそうです!」




