5話 初めての矢
1歩、2歩、3歩。シューティングラインに近づく。近づくほど、神聖さを感じた。ただの白いテープなのに、そこに立ったら最後──後戻りはできないようなプレッシャー。
「またぐ感じで立てばいいよ」
「足の幅は・・・」
「肩幅くらいかな」
前を見たら他の体験部員も5人並んでいた。てか、俺が一番後ろだ。
「青野、前はそっちじゃない」
芝田先輩の声にハッとして首を左に曲げる──そうだ、的がある方向が前なんだ。
風船、近いな。赤色だからか、大きく感じる。
「まずは一呼吸。肩の力を抜いて」
「はい」
「そうしたら矢を持って、こうして弦にノックを噛ませる」
ノックは矢の後ろについている凹の字みたいなやつ。そのへこみ部分へ弦をはめる様に装着すれば、矢をつがえた状況になる。
「後はさっき教えたように射つんだ」
素引きを思い出せ──矢と弦を軽く右手で握る。
左手は押すように弓を固定する。
右のひじ先からゆっくり上げていって、的前で一度弓を止める。ここで風船に狙いを定める。左手を、弓を、真っすぐ固定するんだ。
狙いを決めたらアゴを内側に引く。弦を握る右手を、アゴ下までゆっくり入れる。親指の爪でアゴの輪郭をなでながら、ヒジで引いて、引いて、引いて────
射つ。
〝パンッ〟
割れた風船の破裂音が、コンクリートの洞窟に響く。前から連鎖的にパン、パンと破裂していく。
その音は、俺の番で止まった。俺が放った矢は、風船をかすめた後、〝ぶすり〟と鈍い音を鳴らした。
正面を見てわかった。外したのは俺だけ──
「あおのっち。まだ、2射もあるよ?」
「う、うす!」
同じように矢をつがえていると「芝田の教え方が悪いんじゃないか~」と、冗談交じりの声がどこからか聞こえてきた。
「いや~。青野は大物になるっすよ~」
芝田先輩の返事に微笑みが広がる。コンクリートの中に温かい空気を感じる。でもラインの上はまだ、冷たい。前の5人はもうライン上にいない。
俺1人だけがシューティングラインに立っている。
目を閉じて、呼吸を置く。抜けていく肩の力。入れていく右手の力。弦を引いて、弓を上げる。
どうしてさっき外したんだろう。いや、当たった気がするけど、風船がデカすぎてうまく刺さらなかったのかな。考えても分からないけど、答えは簡単じゃないか。
また、狙えば良い。
引いて──引いて──引いて!
───離す。
解放された弦が目の前の空を斬る。元の位置まで戻った弦は次に、矢を解き放つ。銀色の矢は回転しながら飛んで────パンッ。
破裂音が風になって俺を包む。耳、というより体に響いた。体の芯に音と、それ以外の何かが響いた。
──ああ、楽しいんだ。的に当たるのって、こんなに楽しいんだ。射つことのその先には、こんな楽しさがあったのか。
もっとだ。もっと射ちたい。もっと狙いたい。もっと当てたい。的を射抜いたこの衝撃を味わいたい!!
「芝田先輩!」
「やったな青──」
「俺、アーチェリー部に入ります!!」
風船を1発で割るの、意外と難しかったりします