選択の時
カミュの背後から兵が入り込み私を拘束する。
「さぁ聖女様、ここは危険です
こちらへどうぞ」
丁寧なのは言葉だけ。腕を両側からしっかりと掴まれ持ち上げられ、簡単に囚われてしまう。
「痛っ…離して!まだ話がっ」
手足をバタつかせ、声を荒げることしかできない私の顎をグッと掴んだのは、カミュだった。
上手く言葉を続けることも出来ないほどの強い力に、手足の動きまで止まる。
「話なら私が聞きます、と申しているでしょ
彼らはもうすぐ処刑されるのですから」
「処刑!?」
囚人たちは一斉にざわつき始めた。
今知らされたことなのだろう。お披露目の日の出来事が彼らの運命を大きく左右したのは明らかだ。
「待って、やめて!
そんなのダメ!!!!!」
私は力の限り身体を動かしカミュと兵の手から逃れようと暴れた。
カミュの手は容易に外れたが、兵の手はより強く腕に食い込んだだけだ。
聖女、なんて言われても己の腕一つ自由にならない。
自分の無力さに涙が滲む。
その時、凛とした声が響き渡った。
「何の騒ぎだ」
怒鳴り声ではないのに、よく響き渡ったその声に、囚人も兵も動きを止めた。
訪れた一瞬の静寂。
それをもたらしたのは紛れもない国王だった。
「カミュール、一体何を騒いでいる?
なぜ聖女様が囚われている?」
王の発言は問いかけだったはずだが、静かな瞳の奥にある強い光がカミュの反論を封じた。
答えなど聞く必要もないと。
王はツカツカと真っ直ぐに私に向かってくると膝をつく。
「数々の無礼があったようで、申し訳ございません、聖女様」
丁寧に頭を下げる王の姿に、腕を掴んでいた兵たちから力が抜けた。
同時に私の体からも。
へたり込みそうになるのを何とか耐え、願い出た。
「大丈夫です
でも…色々お話ししたいことがあります
それが終わるまでは、処刑を待ってもらえませんか?」
「処刑…?」
顔を上げた王の顔に僅かに困惑が浮かんだ。
それはすぐに引っ込み、頷く。
「わかりました
囚人たちの処刑はなかったことにいたしましょう
…いいな、お前たち」
兵を見渡し、最後にカミュを見据えた王の顔は険しい。
もしかしたらカミュの独断なのか。
そう思考を巡らせる私に王はうやうやしく提案する。
「流石にここで立ち話はあれですので、すぐに場を設けましょう」
まるで戦場に赴く戦士のごとく、私は気合を入れ、しっかりと地を踏みしめた。
宮廷の一室。
広さとしては中程だが、重厚な家具で揃えられた室内。
そこは時に応接間となり、時に会議室ともなる場所だった。
大きな丸テーブルを囲んで座っているのは4人。
王、カミュ、私。そして片目の囚人、レオン。
私がレオンもと声を上げたのだ。カミュは抗議の声を上げたが、王はあっさりとそれを許可した。
付けられていた拘束具も外されているが、兵が両脇に控えている。
兵の腰には当たり前に剣が携えられていて、見ているだけの私の方が内心怯えていた。
そんな私の後にもリムが控えている。
彼女が王に助けを求めたと後から知った。
彼女は敵ではなかったのだ。
信仰心が厚く盲目的なだけで。それが時に枷となっている事実は否めないが、それでも私を不幸にしたいわけではない。
そのことがわかって、少しだけ肩の力が抜けた。
この世界の人間全てが敵のように感じていたことに気づく。
そんなわけないのに。
そんなことにすら考えがいかなかった自分は、酷く追い詰められていたのだ。
各々の前に紅茶が準備された。
それを王は一口飲んでみせてから、口を開いた。
「聖女様の言い分は理解しているつもりです
我が国は聖女様を召喚することにより栄えてきました
その影で犠牲があったのは事実です」
「召喚の儀は異世界人の死によって行われるというのも?」
「事実です」
簡単に頷く王を見て怒りが込み上げてきた。
だが感情的になるまいとギュッと強く拳を握り耐える。
「聖女になり得ない男性を生贄としているわけですね」
王への発言に応えたのはカミュだった。
「彼らは帰れるのです
自分の世界に」
悪びれるどころか、これは良いことなのだ、という態度が言外に滲み出ていた。
突然異世界に招かれ、牢に閉じ込められた男性は『元の世界に帰りたい』と強く願う。
その願いが強ければ強いほど召喚の儀は上手くいくという。
科学的根拠のない、都合のいい勝手な解釈だ。
カミュの態度は私の怒りを増長するものでしかなかった。
自身の奥歯がギシリと悲鳴を上げる。
「誰が、そんなことを言い始めたのです?」
「……代々そう伝えられているのですよ
事実貴女様を召喚できたではありませんか」
「私の前に失敗したことは?」
「それは…『帰りたい』と願う力が弱ければ失敗もします」
完全に後付けの言い訳に私の中で何かが切れた。
「私は異世界での知識で知っています
召喚の儀に必要なのは異世界人の命ではなく、聖女への信仰心の厚い人間、カミュのような人の命です」
にっこりと作り笑いをして、優雅に紅茶を口に運んだ。
いつも美味しくいただいてたそれが今は香りも味もしない。
「事実ですよ
試してみましょうか?
失敗したとしたら、それは貴方の信仰心が薄かっただけのこと」
カミュから信じられないという目を向けられた。
王はそれを意に解すことなく紅茶を啜っている。
レオンは面白そうに事の成り行きを見守っていた。
「そ…そんなのは後付けでどうとでも言える!!」
カミュの口から絞り出されたのは私と同じ気持ちだった。
「ええ、そうです
貴方の言っていた事と一緒です」
開き直って言ってやるとカミュは顔を真っ赤にして怒り出す。
イケメンが台無しだ。
今更カミュを恐れる気にはならなかった。
しれっと紅茶を飲み干して、リムに緑茶はないかと尋ねた。
「カミュール、底が知れたな」
カミュールの口汚い罵りがひと段落ついたのを見て、王が静かに告げた。
「そもそも聖女はお飾りだ
政治に口出しを許さず、ただ宮廷の奥に閉じ込めているだけ
そんな聖女に何が出来る?
私はずっと疑問だった」
一気に吐き出された国王の言葉には、部屋にいた全員が驚き動揺した。
国をあげて讃えていると思っていた聖女を、王自身が信じていなかったとは…!!
けれどその思考は私のそれと酷似していて、共感しかなかった。
信仰心のあるもの達に怒りの表情が滲み出る。このままでは話し合いどころではなくなってしまう。
私が止めるより早く、盛大な笑い声が部屋中に響き渡った。
「はっはっはっ…すごいな、王様」
腹を抱え目尻に涙を滲ませるほどの笑いっぷりに、全員の視線を集めたのはレオンだった。
一瞬で空気が変わったのがわかった。
「生まれたからずっと刷り込まれていたであろう常識に疑問を持つなんて、そうそうできることじゃねぇ
ましてや国トップともあろうお方が…ほんと感心する」
「…国トップだからだ
民を全て背をっているのだ
嫌でも慎重にならざるおえん」
「なるほどなぁ
なら何で聖女を召喚し続けてんだ?」
レオンの言葉に王の顔が曇る。
不躾な態度が気に障ったのか、兵が剣に手をかけた。
王はそれを静止した後、私に視線を移すと深々と頭を下げた。
「申し訳ないことをした
私の不徳の致すところだ」
「そ、そんな…謝ってもらわなくても」
お偉いさんの謝罪ほど気まずいものはない。
慌てて頭を上げるよう言うが、レオンが横から口を挟んできた。
「そうだな、謝ったところで無かったことにはならねぇからな」
口調は暢気だが喧嘩を売るような言葉に、ここに連れてきたことを一瞬後悔した。
だが王は私よりずっと大人だった。
「その通りだ
ずっと疑問に思いながらも辞めることは出来なかった
聖女様の力が無かったとしても、聖女様を心の拠り所にしている国民は多い
そして万が一のこともある
聖女様がいなくなって国が滅んでしまえば…そう考えてしまえば、動くことができなかった」
王の顔が悲痛なまでに歪む。
それを見て、素直に手を差し伸べたくなった。
何の力も持たない私だけれど、それでもこれは聖女だからじゃない。私の意思だ。
リムに用意してもらった緑茶を全員に配ってもらう。
「私のいた国のお茶です
おいしいですよ」
そう言って自ら飲んでみせる。
うん、美味しい。美味しくて懐かしい。
私にとっては心温まる飲み物だが、王やカミュは渋い顔をする。
「過ぎてしまったことは戻りません
せめてこれからのことを話し合いませんか?」
そう言って立ち上がり、皆の視線を受けつつ窓際へと進む。
外は綺麗に晴れ渡っていた。
丁寧に手入れされた木々の間から見える空は澄んでいて、穏やかな日差しは心地がいい。
そんな天気と正反対の呪いの言葉を吐く。
「私に本当の聖女として力があるなら、国が滅ぶくらいの大災害を起こしてやりたい」
信仰心の厚いリムの顔が真っ青になっているのが見えたが、無視して続けた。
「でも、私にはそんな力無いんで、できないんです」
私の言葉にリムの体が足から崩れ落ちた。
肩が小刻みに震え迷子の子犬のように途方に暮れた瞳で私を見ている。
「ごめんね
私に世界を救う力はないの」
事実に打ちのめされたリムの目の前に手を差し出す。
「この世界を、国を守ってきたのは聖女じゃない
あなたたち国民だよ」
リムは一度顔を上げたが、私の手をとることはしなかった。
「聖女はただ自分のいた国を思い出していただけ…
この緑茶もそう
慣れ親しんでいたお茶を飲みたい
その聖女の思いを叶えてくれたのはこの国の人々
それが結果としてこの国を発展させた」
黙って聞き入ってくれたみんなの顔を一人一人見ていく。
レオンを、王を、カミュを、兵や侍女たち、そしてリムを。
各々思考を巡らしているような難しい顔をしていた。
最初に沈黙を破ったのはカミュだった。
「だったらどうした!!
やはり聖女様は必要な存在じゃないか!
我々に国を豊かにするきっかけを与えてくださったのだ!」
見開いた瞳で熱く語るが、その瞳は一体何を写しているのか、わからない。
ずっと信じていたものが崩れるのを受け入れることはできないのは理解できるが、カミュのはそれと異なる気がした。
「国王様!
理由はどうあれやはりこの国には聖女様が必要です
こんなエセ聖女のことなど、無かったことにして、本物の聖女様をすぐに召喚いたしましょう」
国王はテーブルの上で手を組み目を閉じた。祈りを捧げているように見える。
カミュはそれを邪魔するように急かす。
「国王!
惑わされてはいけません
エセ聖女など、魔女にも等しい
私ども呪い師はずっと国に寄り添ってきました
その事実をお忘れですか?」
王の瞼がゆっくりと押し上げれられた。現れたのは強い眼光。
「そうだな、カミュール
呪い師は常に国の決め事の吉兆を占い、導いてくれた」
王の言葉にカミュは満足げに頷く。
反対にレオンは「おいおい」と苦い顔をしている。
私はといえば、静かに王の決断を待つだけ。
人の数だけ考えがある。
自分の意見が絶対だとも思っていない。
この国が決めなければならないことだ。
それでも聖女という制度は間違っている、と思う。変えたいと思う。
それが私の意思だ。
王は静かな力強い声で、答えを告げた。