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夏の話 22


「つーか、みさきち可愛かったんだ! これは夏休み明けデビューすんじゃない?」

「そ、そそそ、そんなわけ、ない……」

「大丈夫、ほんとに痩せたし、自信もって」


 見送るから、と玄関で話す麻中に礼を言い「あ、」と思い出す。


「そういえば、その……終業式の日、かばってくれてありがとう」

「え? なんかあったっけ」

「えっと、私が財布を盗んだって言われて……」

「あー! あれね! あんなのなんでもないし。ほんとーに早く帰りたかっただけ!」

「でもおかげで助けられたし……」

「いーのいーの。あたしああいう面倒くさいやつ嫌いなだけだから」


 あはは、と笑う麻中はあっけらかんとしており、強い心を感じさせる。そうか、亘理や氷坂の言う「強さ」はこういう強さもあるのかもしれない。出来るならば、三咲自身もこの「強さ」を得たい、と思った。

 そのためには、やはり体と心を鍛えなければ。



 そんなことを考えながら、直してもらった制服を手に自宅へ戻る。

 が、運の悪いことに蓮が帰ってきたのと鉢合わせてしまった。


 蓮の綺麗な金髪は相変わらずよく手入れされており、Tシャツにジーパンというラフな出で立ちでも、その端正な容姿は衰えない。


「……」

(……まずい……)


 久しぶりに三咲を見た蓮は驚いたのか、どこか呆然としている。

 逃げたい。が、家の鍵は蓮が持っている。開けてもらわなければ入ることが出来ない。

 早く開けてほしい、とちらと蓮の様子をうかがう。だが彼はまだ驚いたような表情をしており、どうしたものかと三咲は視線をそらした。

 しかし次の瞬間、腕を握られる。


「へ?」

「ちょっと来て」


 バタバタと腕を引かれ、脱衣所、お風呂場へと連れ込まれる。何事か、と目を白黒させる間もなく、風呂椅子に座らされ、改めて正対させられた。


「……」

「……」


 緑がかった色素の薄い蓮の瞳が、まっすぐに三咲を捉える。その威圧感に負けた三咲は、適当な方向に視線を泳がすことしか出来ない。

 蓮はふん、と不機嫌そうに息をつくと、カバンから鋭く光るハサミを取り出した。

 美容室で使われていそうな立派なものだ。


「あの、それは……」

「友だちからもらった。前髪切るのにいいからって」

「ええと、そうではなく……」


 何故そのハサミを私に向けているのかを知りたいのですが。


 そんな三咲の気持ちはいざ知らず、蓮は後ろに回り込むと何回か三咲の髪をとかし、次にチャクチャクと音をさせ始めた。たまらないのは三咲の方である。


「……!」

「じっとしてて。すぐ終わるし」


 後ろの方でばらり、と髪が離れていく音がする。切られた黒い髪が足元へと散らばっていくのが見えた。


「あの、蓮、くん……」

「てか、美容室行ってる? こんなぼさぼさでよく歩けるよね」

「ええーっと、……」

「あんたがちゃんとしないと、俺まで色々言われそうだからヤなんだけど」

「は、はい……」


 そうこうしているうちにみるみる頭が軽くなり、相対的に床にこぼれた髪が増えていた。蓮は仕上げに櫛で梳かしながら、前髪を微調整していく。

 時折額に当たる蓮の指は、冷たくて気持ちよかった。


「ま、こんなもんか」

「あ、ありがとう……」


 蓮はどこか満足げにうなずき、わしわしと三咲の髪を撫でた。残り毛がいくつか落ち、肩に残ったそれを払う。


「そのままシャワー浴びれば。服出してくれたら洗濯するから」

「え、あ、はい」


 怒涛の勢いで指示を出す蓮に、言われるままバタバタとシャワーを浴びる。ここ最近は叔母さんや蓮と鉢合わせないように、深夜や早朝にこっそり使っていたので、こんな夕方から使えるのは久しぶりだ。

 少し低い水温が肌を伝い、夏の暑さをやわらげさせる。随分と切られたのだろう、手に触れる髪の量は随分と少なくなっていた。

 シャワーを終え、廊下に出る。

 するとまたそこで蓮に捕まってしまった。苛立ちを隠しもせず三咲の腕を取り、そのまま洗面台に戻らせる。


「髪乾かさないでどーすんのさ!」

「いや、勝手に乾くかなと……」

「髪のキューティクルが開きっぱになっちゃうから、余計傷むの! いいからドライヤー! 貸して!」


 突如始まるぶわぶわとした熱風に、三咲は思わず目をつぶる。何だか拾われた犬になった気分だ。蓮が髪を撫でるのが心地よく、ついされるがままになってしまう。

 超強風のドライヤーの中では、全てが雑音だ。




「……てか、最近ずっといないじゃん。帰ってもすぐ部屋行くし」

「えっ」

「ちゃんとご飯たべてんの? やつれてんじゃん、ばか」

「ごめん、何か……」

「まあぼくが元凶なんだけどさ……」

「ごめん、よくきこえな」

「――あーもーうるさいなあ! 手がかかるなブスって言ったの!」


 なんだか複雑な表情を浮かべている従弟を見上げ、何か言うべきかと迷ったものの、三咲はそのまま視線を下ろした。余計なことを言ってまた怒らせたくはないし、もう少しだけこの心地よさに包まれていたい気がしたから。



 ――夏休みはもうすぐ、終わりを迎える。



  



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