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8.ヒロインいじめ開始、真っ赤な唇


「あのスチュワート家に養子になった異界の者……レイラ様に取り入ったみたいよ」

「まぁ、さすが目を付けるところが違いますわね」

「きっとお優しいレイラ様のことですわ、利用しようと近づいてくる者を無下にできないのでしょう」

「本当、浅ましいですわ!」

「わたくしたちでなんとか致しませんと!」

「そうですわね、水をふっかけてもレイラ様に泣きついていくくらい、神経がお太い方なのですから!」


(……ねーちゃんが先頭切らずとも、ヒロインがいじめられるって寸法はかわんねーんだな……)


 聞こえてくる令嬢達の言葉を聞いて、アーサーはどうしたものかと肩をおとした。




◇◇◇




「なんですって? 他の生徒たちが先陣をきってサクラをいじめてる?」


 レイラは、アーサーから告げられた言葉に目を丸くした。

 アーサーは、「シッ」と人差し指を口元にあてる。

 今は授業と授業の合間の休憩中。廊下に出て、小声で話している最中とは言え誰に聞かれているか分かったものではない。


「あぁ。……つか、気づいてなかったのか? さっきも教科書を忘れたって言ってたろ。鞄に本が入ってたのに。きっといじめの定番、落書きされてるか破かれてるか、何かしらされてるんだろ」

「そんな……!」


 レイラは口元に手を当てた。


「私も教科書に落書きはしようと思ったのよ? でも、タイミングとか分からなかったし、サクラの鞄を漁る瞬間を誰かに見られでもしたらどうすればいいのかとか考えて出来なかったのよ……サクラがその教科書を見て悲しむ姿とか勝手に想像しちゃうし、考えるだけでこれは難易度の高い最終手段の手だって思いなおしたわ……それなのに皆、よくあんな心臓に悪いこと出来るわね……!」

「どこに関心してんだ」

「だって! それに教科書を駄目にしたら紙がもったいないじゃない! この教科書高いのよ!? せっかく教科書として生まれてきたのに、その生を落書きなんかで終わらせていいのかと思うともう……!」

「令嬢の考えじゃねーな。うん」


 震えるレイラを他所に、アーサーは肩をすくめた。


「そんな考えじゃ、悪役令嬢なんて無理じゃねぇの? ねーちゃんいじめとかやっぱ出来ないだろ」

「そんなことないわ! 一つ、もうやったんだから!」


 ふふん、と威張るレイラに、アーサーは「いつのまに……なにやったんだよ」と問う。

 レイラは懐からあの豪華な扇子を取り出し、勢いよく開いて口元にあてた。


「題して! 辛い辛い大作戦!~偽りの友情は悲しみの辛さ~ よ!」

「だっせぇ作戦名だけど、何、それ……」

「失礼ね! ほら、今朝私がサクラにプレゼントしてたものよ!」


 そう言われて、アーサーはあぁ……と思い出した。

 友情の証に♪とレイラは、手作りのお菓子をサクラにプレゼントしていたのだ。


「……まさか、あのお菓子に辛い物を仕込んだってだけじゃ……」

「そう、その通りよ! 信じてた友人から受け取ったお菓子! いざ口に含むと、涙が出るほどの辛さ……うそ、これが友情の証ということは、この辛さが……! そうサクラは私を疑って、疑心暗鬼になるはず! そこからじわじわと追い詰めていくのよ! おーっほっほほぐぇっ……ごほっ……」

「……いやそれただのクゾマズ料理下手だと思われるだけじゃ……」


 そう言いかけて、アーサーはふと何人かに連れられてサクラが歩いていくのが目に入った。


「……」

「あーくん?」

「あー、ちょっとお小水いってくるわ」

「和尚、吸いにいってくる……?」

「どんな聞き間違いだよ! 和尚いねーよ!! いても吸わねーけど!!!」


 アーサーは思わず叫んでしまい、慌てて回りを見た後、「トイレだよトイレ」と言い直した。


「分かった、じゃあ私は教室に居るわね」

「おう」


 そうしてレイラと別れた後、アーサーは先ほどサクラたちが向かった方向へと足を向けた。


(……いじめるのが前提としても、やーっぱ胸糞はわりーんだよなぁ)


 偽善ではある。

 が、ゲーム内のシナリオだとしても、目の前でいじめを見るというのはどうしてもいやな気分になるのだ。

 

 とにかく、サクラをいじめるのはレイラの仕事。

 余計な人間は黙っててもらおうと、アーサーは声のするほうへ顔を覗かせた。


 校舎から中庭へと出る扉の傍、階段下の死角に目当ての人物たちが居た。



「ねぇ、いい加減立場を考えなさったら?」

「そうよ、レイラ様に取り入ってどうするおつもり?」

「レイラ様は迷惑なさってるのよ!」


 聞こえてきた声に、アーサーは目を細めた。


(いや、普通「ジェームズ王子に取り入るなんて!」とか「ノア先輩に気に入られてるからって調子にならないでよ!」とかキャラ名挙げられるパターンなんだけど、全部ねーちゃんじゃねーか……)


「レ、レイラ様はお友達になってくださっただけで……」


「お友達? ばかばかしいですわよ!」

「きゃっ」


 どん、と突き飛ばす音が聞こえた。


「……なぁにこれ」

「あ、今朝レイラ様が持っていたものですわ!」

「まさかあなた、盗んだんじゃないでしょうね?」

「ち、違います! レイラ様が友情の証にとくださったもので……!」

「何をおっしゃってますの? そんな証なんてありませんわ! 身分の違いを理解なさい!」

「や、やめて!」

「きゃっ! なんですのこの子! 離しなさいな!」


 切羽詰まった様子になり、アーサーは飛び出した。


「おい、そこで何を……」


「あ……」

「あ……」

「あ……」



「むッ……!?」


 アーサーの口に、何かが飛んで入ってきた。


 レイラの渡したお菓子の袋を、両側から引っ張っているサクラと令嬢達。

 その袋が、破けている。

 

 そして中身が、己の口に飛び込んできたものだと瞬時に理解したアーサー。


「……ア、アーサー様。わたくしたちは何も……ねえ? 行きましょっ」

「え、ええ。ごきげんよう!」


 令嬢たちは、瞬く間に去っていった。

 固まっているアーサーの横をすり抜けて。


「……」

「……」


 残されたサクラは、アーサーの口に入ったものをショックそうに見つめている。


「……レイラ様の友情の証は、渡さない、ということなんですね……」


(はっ? 違……ってか、辛ェェェェ!!! まだ噛んでないのに口の中が痛ぇぇぇ! ねーちゃん何入れたんだ!?)


 サクラは、同じようにアーサーの横をすっと通り抜けた。


「……アーサー様のお気持ちは分かっております。私は……協力したいと思ってます」


(何を???? 何が????)


 アーサーに疑問だけ残して、サクラはさっそうと消えていった。

 その瞬間、慌てて口の中のお菓子を吐き出すアーサー。

 どうやらマドレーヌのようなお菓子だったが、噛んでもいないのにあの破壊力。

 マドレーヌを咥える形になってしまった唇が、ヒリヒリしている。


「ヒー……っ、水、水……」


「おやおや、こんなひと気のナイところで火傷? 毒でも飲んだのかぁ?」


「!」


 聞こえた声に慌てて振り向くと、見覚えのある容姿が階段からこちらを見ていた。


(こいつは……攻略キャラ、保険医のハリー・シモンズ!)


 カツカツと革靴の音を響かせ、白衣を翻しながらやってきたハリーは、アーサーの顔をすっと持ち上げた。


「ふぅむ……毒ではなさそうだなァ……唐辛子でもかじったか?」

「べ、つに……なんでもありませ……ん」


 アーサーはそう言ってハリーの手から逃れると、慌てて教室へと向かった。


(いちいち仕草がぞわっとすんだよアイツはぁ……!)


 ぞわぞわした腕をさすりながら去っていくアーサーの背を、ハリーはじっと見つめていた。




 そして教室に戻ってきたアーサーの唇が腫れているのを見たレイラは、「ま、まさか本当に和尚吸ってきたの……!?」と愕然とするのであった。

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