9.ゲームの定番のアレ、だがお粗末なアレ
(俺の気持ちを分かっている……協力したいと思っている……一体、どういうことだ?)
アーサーは、昨日サクラから言われたことを考え悩んでいた。
まさか、転生して悪役令嬢となった姉と共に国外追放のんびりライフを狙っていることを分かって、協力してくれようなんて話があるわけもない。
(……いや、ちょっと待てよ)
歩いていた足を止めたアーサー。
(……まさか……)
◇◇◇
「……おはようねーちゃん、そして言わせてもらう。ねーちゃん、馬鹿?」
朝一番のレイアの部屋にやってきたアーサーは、部屋の現状を見て開口一番にそう言い放った。
部屋の中では、レイラが中腰で四股を踏んでいたのだ。
「ばっ……馬鹿とは何よぉ、これは、膝カックン大作戦の練習であってね……」
「あーはいはい成功するといいねー」
「棒読み! っていうか、あーくんが私の『辛い辛い大作戦!~偽りの友情は悲しみの辛さ~』を阻止するから……そんなにお姉さまの手料理が食べたいなら言ってくれたらよかったのに」
「ぐっ……それに関してはなんとも言えない……でもどうせ成功してたとしても、ねーちゃんがただの壊滅的料理音痴になっただけだからな! そこは譲れないからな!」
「あーはいはい、そうですねー」
「くっ棒読み……! じゃなくて!」
アーサーは息を吐いてレイラを見た。
「ちょっと失念してたんだけどさ、ある可能性について……」
「ある可能性?」
レイラは首を傾げた。アーサーは一息おいて、小声で告げる。
「……サクラが『ボクとキミの魔法王宮物語』を知る本当の異世界召喚者の可能性、だ」
「……いせかいしょーかんしゃ……?」
「……つまり、俺みたいにこのゲームの内容を知った上での、設定じゃなく異世界……つまり俺たちの前世の世界から召喚された人間の可能性があるということだ! 俺たちみたいな後天的発症の転生者がいるんだ、設定的召喚者のヒロインが転生者である可能性は捨てきれない。そうなるとゲームのシナリオと違う流れで進んでいるのも、ねーちゃんの行動だけじゃなくサクラ自身の行動が……」
「あーくん、早口ストップ追いつけない……」
レイラはアーサーの勢いを止めつつ、首を傾げた。
「………………つまり、どういうこと?」
アーサーのため息が、部屋に響いた。
「つまり、サクラがこの世界がゲームの世界だってことを知ってるかを確かめればいいのよね! 簡単よ、私にまかせて!」
そう言ったレイラを思い出しながら、アーサーは頭を抱えた。
(直接聞く以外の方法って言ってたけど……一体何するつもりだ、ねーちゃん……やっぱりやめろって止めるか……)
昼休憩の鐘が鳴ったとたんにダッシュでどこかへ行ってしまったレイラ。
何かの準備と言っていたが……。
アーサーは、とりあえず猪突猛進な姉を探そうと廊下に出た。
歩いていると、ちょうどサクラの後ろ姿を見つける。
「……!」
サクラの少し前方、空き教室から覗く我が姉の姿を見かけて固まったアーサー。
自信満々の、にまにました顔を隠せないでいる。
今からなにかしますよー感が丸出しだ。
(ねーちゃん……!)
どうしたものかと思ったが、とりあえず経緯を見守ることにしたアーサー。
ちょうど、サクラの前にレイラが飛び出した。
「ふふ、待ってたわサクラ!」
「レイラ様……どうしたのですか?」
「サクラに質問がありますのよ! いいかしら!」
「え、ええ……もちろんですわ」
キラキラと顔の周りが輝いているのは気のせいだろうか。
そんなレイラに若干驚いた様子が見て取れるサクラだったが、レイラの申し出を快く了承した。
そしてレイラは、すぅっと息をすった。
「サクラ! あなたの好みの男性のタイプはどぉれ?」
ばばん!
問いかけと共に、手作りのボードのようなものを自分の胸元に掲げたレイラ。
(……あ、あれは!)
アーサーは目をかっぴらいた。
半透明のボード。うっすら透けている。
その上に、4列の文字が書かれていた(手書きで)。
『1.俺様タイプ』
『2.天才タイプ』
『3.従者タイプ』
『4.その他』
ご丁寧に、動かせるようになっている矢印が右端についている。
(シミュレーションゲームの、選択肢だとっ……!?)
アーサーがいることに気づいたのか、レイラはドヤ顔で合図を送ってきた。
若干それにイラっとしつつ、アーサーはサクラの動きを見る。
(た、確かに……字はクソ下手だがあれに反応すれば少なくともゲーム経験者だということが分かる。ちょっと俺でもあの半透明ふきだしにテンションあがってるし、字はクソ下手だけど。それに、ジェームズ、ノア、ローガン、そしてその他と実際のキャラ選択肢を入れることによってサクラのタイプが分かる……! ねーちゃん……やるじゃねぇか……字はクソ下手だけど……!)
(ふふ、あーくんってば私の字の美しさと、そしてこの機転に驚いてるわね! むふふ……姉の威厳ってもんを見せつけられるし、私の字の美しさも見せつけられるし、サクラのことを確かめられるし、一石二鳥ね!)
「……あの、レイラ様……」
サクラが、意を決したような声で口を開いた。
「……ええ、ええ分かってるわサクラ。正直に何もかも話してちょうだい?」
レイラが追い打ちとばかりに頷きながら言う。
サクラは、ぎゅっと手を握って、パッと顔をあげた。
「も、申し訳ございません! 何と書いてあるのか……よ、読めなくて!」
「…………」
「…………」
説明しよう!
これは、もともと字の下手なレイラが、魔法で形成した半透明のつるつるボードに、魔法を使い指で書いた文字。字を見慣れている弟のアーサーはまだしも、初めてそれを見るサクラには、何を書いているか全く伝わっていないのである!
「……ええと、何かの暗号でしょうか? このやじるし? は何の働きを……?」
真剣に考えだしたサクラに、かぁぁ……と耳まで赤くなったレイラ。
「き、気にしないでちょうだぁぁぁい……!!!」
「レッ……レイラ様!?」
捨て台詞のように言った後、ダッシュで走り去ったのであった。
「……恥ずか死しそう……私の字、普通に読めないほどやばかったんだ……ぐすっ」
「ペン習字……作ってやろうか……」
「うん……」
真っ二つに折られた選択肢ボードの横で、アーサーは姉の肩をぽんぽんと叩いて慰めていた。
「……レイラ様、何か伝えたかったのかしら……」
サクラは、一人で廊下を歩いていた。
今日の昼にあったレイラとの珍事件を思い出しながら。
「……」
何かを考えるように眉を寄せた後、ぐっと拳を握った。
その時だった。
どん、と強い衝撃が後ろから走って、転んでしまうサクラ。
「あぁら、ごめんあそばせ。全然気づきませんでしたわ」
「まぁ、あのような方にぶつかっては、ジュリア様の肩がけがれてしまいますわよ」
「そうですわ、異世界の匂いがうつってしまいますわぁ」
おほほ、と笑いながら、3人の令嬢たちが去っていった。
「……」
サクラは、ため息をついたあとゆっくり立ち上がる。
膝が擦りむいていた。
「……血が出てるなぁ、おい」
「!」
低い声がかけられて、サクラは振り返る。
「……誰?」
「保険医くらい覚えておけよ、新入生。ハリー・シモンズだ」
「……そうですか、すみません」
そう言って通り過ぎようとするサクラの腕をつかむハリー。
しゃがんで、サクラの膝に手をかざした。
淡い光が怪我を包み込み、あっという間に治癒してしまった。
「……治癒魔法?」
「これでも保険医なんでな」
鼻で笑った後、ハリーはサクラを見下ろした。
「お前のことを観察させてもらってたんだが、ひどい嫌がらせを受けてるわりに飄々としてるじゃねぇか」
「……別に、これから授業も難しくなってくると聞いてますし、そのうちいじめなんて飽きると思いますし」
「……とんでもない量の魔力を持ってるが故の余裕か? それとも、何らかの目的があるから我慢ができるのか?」
「……どういう意味ですか?」
「さぁ?」
白衣のポケットからたばこを取り出し、火をつけたハリー。
サクラは、「治療ありがとうございました」と言いながら頭を下げ、踵を返した。
「……マンチェスター家の御令嬢と仲がいいのかぁ?」
サクラは一瞬足を止めた後、振り返らずに足を進めた。
残されたハリーの、大きく白い煙を吐く息が静かに響いた。




