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【改稿中】エクリプス 〜選ばれない月は、太陽を閉じ込める〜版権無視Ver.  作者: 月乃下 想
夜空を染める歌声

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7-3

 カラオケボックスを出てから数十分後。


「今日はすっごく楽しかったです! また呼んでくださいね、山谷先輩!」


 と、天使のような笑顔で手を振る結衣ちゃんを駅の改札まで見送った俺は今、近くのファミレスのボックス席という名の『処刑場』に連行され、背筋をピシッと伸ばして判決が読み上げられるのを待っていた。

 原因は言わずもがな、さっきのカラオケルームで俺が炸裂させてしまった、あまりにキモくて痛いバンドへの勧誘ポエムである。向かいの席には、裁判長よろしく腕を組んでふんぞり返る武田。その手元には、ドリンクバーで調合してきたと思しきグラスが置かれている。


 ……裁判長。質問いいですか。そのグラスの中で澱《おり》のように渦巻いている液体、何色ですかそれ……? メロンソーダとコーラとオレンジジュースを悪魔合体させたみたいな、見事なまでの泥水カラーなんですけど。


「──で、山谷被告。さっきのアレはなんなの一体。キモいよ、キモすぎるよ! もー!!」


 泥水ジュースのストローから口を離すなり、裁判長から容赦ない論告求刑が飛んできた。


「面目ない……」

「発言は許してない! だいたい何よ、『君が一番輝ける夜空──月の牢獄《エクリプス》を、俺が構築する』って! アタシ、横で聞いてて鳥肌が立ちすぎて腕の毛穴が全部開いたわよ! 結衣がアンタと同類のアニメ脳だったからいいものの、一歩間違えたら、紹介したアタシのイメージまで総崩れになるとこだったんだけど!?」


 ……そうでしょうね。深く反省しております。だって、他の誰でもない、言った本人が今、羞恥心でテーブルの下に潜り込んでそのまま地球の裏側まで掘り進みたい気持ちになってますから。高専祭の時に後輩たちに知られてあれほど悶絶した黒歴史ワードを、まさか初対面の女子高生に向かって全力で詠唱してしまうとは。

 音楽の熱病というのは、なんと恐ろしいのでしょう。


「ほんっとーにゴメンって……。なんかさ、あの声を聴いたら脳内のリミッターが吹っ飛んじゃって、自分の衝動が抑えられなくて……」

「またキモいこと言い出す! なんなのそれ、まさかえっちな話!?」

「ち、ちちち違うって! 何言ってんだよやめろって武田!! だいだいなー、そんなこと言い出すやつが一番えっちなんだよ!」

「なっ……なんですってーーー! アタシは淑女で乙女なのよ!! 訂正しろーーー!」


 顔を真っ赤にさせながら、武田が取り繕うように言葉を並べ立てる。そうか武田、思春期ってやつなんだな。

 俺の何かを納得した顔を見て、武田は「はあ……なんでこいつ……」と大げさにため息をついた。


 とはいえ10分も過ぎる頃には、あれだけ怒り狂っていたのが嘘のように武田も鎮まり、俺が詫びの印として注文した山盛りフライドポテトに手を伸ばし、ケチャップをたっぷりつけながら、なんてことない雑談へとシフトしていくのだった。こういう切り替えの早さは、実に武田らしいしありがたい。


「──でもさー、後輩と遊んでる武田を見てふと思ったけど、なんだかんだで中学からの友達って、だんだん連絡取らなくなってくよなー」

「んー、確かにそうかも。高校で別々になって、高校も卒業して進路がバラバラになるとさー、自然と疎遠になるわけよ。アタシも遊ぶメンツってだいぶ変わった気がする」

「だろ? 俺に残ってるのなんて、もう武田だけなんだよな。中学からの友達だと」


 しみじみとミルクティーをすすりながら言うと、ポテトを咥えたままの武田が、ピタッと動きを止めた。その顔は、心底『何言ってんだコイツ』と言いたげな、呆れ果てた表情だった。


「え、山谷……? アンタそれ本気で言ってる? 中学からって、アタシ……小学校も一緒だったんだけど!?」

「──え?」

「……今アンタ、ちょっとカッコつけて『え?』って言わなかった? 気取るなバカ谷」

「おい、聞き捨てならねえな武田……男なんだからカッコつけ──って、待て待て話がズレた」

「いや、アンタのせいでしょ」

「……俺たち、小学校、同じだったの?」

「え……? 一緒だったよ! 想田《おもだ》小学校!! 五年生のときなんか、席が前後だったじゃない。覚えてないの!?」


 うそだろ、全然覚えてないよ。

 何も知らないと顔に書いてあったのか、マジかよコイツ……と、武田はポテトを皿に戻して頭を抱えた。きったないな武田。食べろよ武田。



 でもさ……武田。これは許してほしいんだ。

 中二の冬にECLIPSE(おんがく)に出会うまで、本当に空っぽで、何もない人間だったんだ。妹の麻耶にすら『人形が歩いてご飯食べてるみたいでホラーだった』とビビられるくらい自分の殻に閉じこもっていた。そんな俺にとって、小学校の頃なんてのは色彩のない透明な無の世界で息をしているだけの時間だったんだ。だから当時のクラスメイトの顔なんて一人も記憶に残っていないんだよ。


「ごめんてー。悪気があるんじゃなくて、仕方ないんだよ。あの頃の俺はさ──」


 俺は苦笑いしながら、数秒前に頭の中で巡らせていた『空っぽだった頃の自分』のことを、ぽつりぽつりと武田に話した。武田は話を聞きながら、怒るでもなく「ふーん」と顎に手を当てて、どこか懐かしいものを見るように目を細めた。


「あー、でも確かに。言われてみれば、あの頃の山谷って、なんか起きてんのに寝てるみたいな顔してたわね。給食の時間も休み時間も、ずっと窓の外ばっか見ててさ」

「起きてんのに寝てるって……そんな器用な小学生がいるかよ」

「お勉強が苦手なアホ谷には分かんないかなー、この文学的で的確な比喩表現ってやつが」


 勉強の話をするな。俺はついこの前、赤点スレスレの綱渡りを制して、なんとか四年生に進級できる程度の成績しか取れてないんだから。

 そして、この偉そうなことを言う金髪ギャルは、こんなナリをして非常に頭がよろしいのだ。中学の頃は生徒会書記も務め、定期テストでは学年三百人中、二十位以下になったことは一度もなかった。俺も中学時代はそこそこ成績がいい方だったが、結局三年間で一度も武田の順位を上回ることなんてできなかった。

 そんな才女である武田が卒業した高校は、言わずと知れた市内一の進学校だ。本来なら、あの厳格な武田父の期待を一身に背負い、誰もが羨むような一流大学に進学するはずだったのだ。


「……でさ。武田の家に乗り込んで親父さんと大バトルした時、結局聞きそびれてたんだけど」


 俺がミルクティーのグラスの氷をカランと回しながら切り出す。


「なにを?」

「あんなお堅い進学校に通ってた武田がさ、なんであそこまでして下関の美容専門学校にこだわったんだ? この前、うちの母さんと菫さんがリビングで楽しそうにお茶してた時も思ったけどさ。あの親父さんを敵に回して、下手すりゃ実家を追い出されるかもしれないリスクまで背負って貫き通すって、相当な理由があったんだろ?」


 俺の問いかけに、武田は毒々しい色をしたジュースのストローを咥えたまま、フンと鼻を鳴らした。


「あの家族会議の時はほんとやばかった。アンタが間に入って大見栄張ってくれなかったら、今頃アタシ、頭丸められて全寮制の女子大にでも放り込まれてたかもね」

「いやほんと、親父さんのあの剣幕は生きた心地しなかったからな……。俺も足震えてたし」

「へー、わりと堂々として見えたけど? でもさ……覚えてる? だいぶ前にショッピングモールのフードコートで言ったこと。……アタシはね、親の引いた『優等生』っていう窮屈なレールから外れて、自分を変えたかったの」


 武田はそう言って、綺麗にブリーチされ、毛先までしっかりとトリートメントの行き届いた金髪を指先にくるくると巻き付けた。


「父さんの言う通りに勉強して、いい大学に入って、お父さんの決めた相手と結婚する。そんな、自分の意志がどこにもない『何者にもなれない自分』を、どうしても変えたかった」


 ……わかる。痛いほどわかるよ。俺もそうだったから。あの日、ブラウン管の向こうでかき鳴らされるECLIPSEの轟音を知った日、俺も『何者にもなれない自分』を変えたくて、今まで足掻いてきたんだ。アプローチは正反対に見えて、武田も俺と全く同じ暗闇の中で、自分の輪郭を探していたのか。


「それにさ、アタシ……高校に入ってから、見つけちゃったんだよね。どうしてもやりたいこと」

「やりたいこと?」

「うん。高校デビューで思い切って金髪にして、メイクもファッションも雑誌を読み漁っていろいろ試してたらさ。ある日、クラスでいつも俯いてた大人しい子から『武田ちゃんのメイクすごく可愛いね、今度私にも教えてほしいな』って声をかけられたの」


 武田の視線が、ふっと遠くへ向けられる。


「放課後のトイレでさ、その子の重たい前髪をピンで留めて、似合いそうな色のリップとアイシャドウを塗ってあげたのよ。そしたらね、鏡を見たその子が、最初はびっくりしたみたいに目を見開いて……次の瞬間、泣きそうなくらいすっごい嬉しそうな顔で笑ったんだ」


 そこまで語った武田の表情は、いつものおちゃらけたギャルのそれではなく、どこか凛とした真剣なクリエイターの顔に変わっていた。


「その顔を見た時、アタシの背中に電流みたいなのが走ってさ。……ああ、アタシ自身が表舞台で誰かにチヤホヤされるより、自分の手で誰かを最高に綺麗にして、自信を持たせて表舞台に送り出す『裏方《ヘアメイク》』の方が、何倍もカッコいいんじゃないかって思ったの」


(……裏方。)


 ドクン、と胸の奥が強く脈打った。

 俺はハッとして、武田の顔をまじまじと見つめた。俺の視線に気づいた武田は、急にバツが悪くなったのか、ストローで氷をガシャガシャとかき混ぜながらそっぽを向いた。


「だから……まあ、アンタがさっきカラオケで結衣に言ってた、あの死ぬほどキモいポエムもさ」

「まだキモいって言うか」

「キモいもんはキモいの! ……でも、その中の『彼女を世界で一番輝かせるための背景になる』ってとこだけは、ちょっとだけ、ほんのミジンコの爪の先っぽぐらいだけど……共感、できなくもなかったっていうか」

「武田……」

「べ、別にアンタを褒めてるわけじゃないから! 勘違いしないでよね! あくまで『裏方としてのスタンス』の話! セリフのチョイスと選民思想っぽい言い方は、マジで百点満点でマイナス五万点だったから!!」

「わかったわかった、そこは全力で認めるって。てか今のセリフ、アニメのキャラが似たようなこと言ってた」

「やめろ! アタシをアニメのキャラと重ねるなあっ!!」


 顔を赤くしてまくし立てる武田を見て、俺は思わず吹き出した。

 なんだよ。そういうことかよ。こいつも、根っこは俺と全く同じなんじゃないか。


 俺は、音響《PA》の緻密な計算とギターのバッキングで、ボーカルの声を最も美しく響かせるための背景(空間)を構築する。

 武田は、メイクとヘアスタイリングという魔法で、ステージに立つ人間の魅力を極限まで引き出して自信を与える。

 使う道具がミキサーのフェーダーか、メイクブラシかの違いだけで、俺たちの腹の底にある『自分の技術で誰かを輝かせ、その空間ごと支配してやりたい』というクリエイターとしてのエゴと美学は、驚くほど似通っていたのだ。


「……お互い、つくづく因果な性分だな」

「ほんとよ。まあ、アンタみたいな末期の音響オタクと一緒にされるのは心外だけどね」


 武田が毒づきながらも、どこか楽しそうに口角を上げて笑う。気づけば、俺の胸の中に澱のように溜まっていた「カラオケでやっちまった」という自己嫌悪は、跡形もなくスッキリと消え去っていた。それどころか、目の前にいるこの頼もしい共犯者のおかげで、これから始まる音楽への挑戦がたまらなくワクワクするものに変わっていた。


「よーし! そうと決まれば、結衣ちゃんを世界一のボーカルにするために、まずは徹底的な音作りからだな! 武田はマネージャー兼専属ヘアメイクとして手伝ってくれるよな!」

「はあ!? なんでアタシがアンタのバンドの手伝いなんか……って、まあ、アンタみたいな音響変態と結衣を二人きりにしとくのは、保護者として不安しかないし? 仕方ないから、バイトがない日は付き合ってあげようかな」

「よし、言質取ったー!」


 だが、意気揚々と拳を握りしめた俺の脳裏に、ふと一つの技術的な課題がよぎった。さっきカラオケで聴いた、結衣のあの4kHzから8kHzを鋭く、かつ優しく突き抜ける圧倒的な声。あの化け物じみた『声の完成形』の隣でギターを鳴らすとして……果たして、今俺が持っているギターで、彼女の声に釣り合うだけの倍音と帯域の壁を作ってやれるのだろうか?


(……いや、まずは実際に合わせてみてからだ)



 俺は頭を振って思考を切り替え、残っていた冷たいミルクティーを一気に飲み干した。

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