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13歳の夏。
蒸し暑さから逃げるように、無駄に冷房が効きすぎたリビングでは、父さんと母さん、妹、そして俺──山谷 真太郎が夕食をとっていた。
「真太郎、学校はどう?」
重苦しい空気を感じ取ったのか、母が言葉を投げる。
この空気の原因は、妹と俺。エアコンの風とは別の、刺すような冷たい空気が妹から俺に向けられているためだ。いつからかはもう覚えていないが、妹は俺に辛辣な言葉と冷たい空気を一方的に向けるようになった。
そんな空気も気にならないほどに、何一つ入っていない、空っぽの器。それが、俺という人間だった。
真面目だが時々面白いことをぼそっと呟く父と、根っから明るいムードメーカーの母。その二人から生まれた妹は、やはり明るく元気な人間だ。
俺はこの家族の中で、ただひとつの異物だった。
居心地の悪い、家族の団欒。何もない自分に、友達などできるはずもなく、いつもひとりぼっちで生きていた。
学校の中。
休日の公園。
そして、この家族の中。
側から見れば、俺の家族はいい人ばかりだ。両親にも愛されている自覚はある。
なのに、この空間に馴染めない自分が。
これといった特徴もなく、何者にもなれない空っぽな自分が。
こんな温かい家族の中で、自分だけが体温を持たない不良品みたいで、申し訳ない気持ちをずっと抱え生きてきた。
そんなことを考えながら、ぼんやりと点けっぱなしのテレビのブラウン管に目を向ける。夕方のニュースはいつの間にか終わり、音楽番組に変わっていた。
テレビでは、クラスの女子が黄色い悲鳴をあげる二人組の男性アイドルが歌っている。
かっこいい、歌が上手い、大好き。そんな声援を向けられるこの人たちは、俺とは生まれが違うのだろう。歌の才能、綺麗な顔、人を惹きつける魅力、どれも空っぽの自分にはない。
だけど今は、それを悲しいとも思わない。
自分に何もないことをとっくに自覚して、どうしようもないことだと納得して生きてきたから。
友達ができないことも、今となってはもう、どうでもいいこと。
早くごはんを食べ終わって、さっさと自分の部屋に逃げ込もう。
部屋の中でなら、空っぽの自分を思い知らされることもないから。
そんなことを考えながら、機械的に箸を動かしてテーブルに広げられた料理を消費していた、その時。
突然テレビから、鼓膜を直接殴りつけてくるような音が響き渡る。
体全体に響くような、分厚い音の壁。
音の壁の中心に響くこの音はなんだ。
自分の心臓が、どくんと鳴る。心臓の鼓動を、初めて意識の中で聞いた。
「父さん、この音って何?」
「テレビの音だぞ真太郎」
「そうじゃない、この、中心で響いてるとんがった音」
「ギターよ。叔父さんが弾いてるあの楽器」
その圧倒的な音の暴力に、俺は息をするのすら、持っていた箸を落としたことすら忘れて、画面に釘付けになった。
ギター。
その楽器の形だけは知っていた。父さんがよく部屋で弾きながら歌っていた、あの優しいポロンとした音を奏でる木の箱。
しかし、テレビの中で掻き鳴らされているギターの形は、今まで見た事もない奇妙な形に切り出されて、先端はうねっている。
音も知っていたはずだった。
しかし、この音楽の中で暴れ狂う音は、今まで一度も聞いたことのない音。鋭く突き抜け、うねり、耳を鷲掴みにされてしまう。
「父さんが弾いてるギターと……全然違う」
「そりゃそうだ、俺が弾いてるのはアコースティックギターで、コーちゃんと、このギタリストが弾いてるのはエレキギターだからな」
ギタリスト……エレキギター。
初めて触れた名前とテレビの音に、心臓の鼓動が急かされる。
意識はもう、テレビのギタリスト一点に向けられていた。
テレビの中でギターを振り回し、右手を叩きつけるように鳴らすその人は、金色に染まった髪を振り乱す姿と共に、鮮烈に記憶に叩き込まれていった。
3分程度の演奏が一瞬に感じられるような、今までの人生で感じたことのない感覚が今、俺の中には確かに存在した。
他のメンバーは目に入らなかった。
ただ、あのギタリストだけが、瞼に焼きついて離れなくなっていた。
「真太郎、あんた……ギター弾きたいの?」
「え、いや、わかんないけど……すごい……」
「……初めて見たな、こんな真太郎」
両親は、初めて見た俺の表情に驚き、呆気にとられ、ご飯を食べるのも忘れて俺を見ていた。
そんな俺を見た妹は、しばらく目を見開いていたが、視線に気付いた俺が顔を向けると、慌てて目を逸らす。
「……うっさいな。さっさと部屋に帰ればいいのに……」
吐き出される言葉は、いつも通りのものだった。
「母さん、この人たちって誰?」
意識がこちらに戻り、やっと口に出せた言葉は、それだけ。
「これLUNA SEAってバンドよ」
「LUNA SEA……」
その名前は、二度と忘れることはなかった。
そしてもうひとつ、一生忘れない名前。
「これ、なんて名前の歌?」
「歌って真太郎……曲って言った方がかっこいいんじゃない?」
「……この曲って、なんて名前?」
「テロップに書いてあったよ……確か、ROSIER、だったかな?」
LUNA SEAの『ROSIER』。
「俺……やっぱギターが弾いてみたい」
「やっぱりね、そう言うと思った。じゃあコーちゃんに聞いてみるから」
東京でずっと音楽をやっている母さんの弟、コーちゃんにギターのことを聞いてくれるそうだ。
話が勢いよく進んでゆき、思考はまだLUNA SEAのあの姿を見た瞬間から動いていなかった。
すごかった。
今まで感じたことのない、熱さ、と言っていいのかはわからない。
空っぽの自分に、燃え盛る炎が注ぎ込まれていくような感覚。
少しずつ、空っぽの心が熱く満たされてゆくような、そんな気持ち。
空っぽだった人生をぶっ壊した、始まりの日だった。




