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地下からの脱出

女は一呼吸を置いた。そして、ルカに再びほほえむ。


女の話に嘘は感じられなかった。話しながら時折見せた疲れ切った顔は、覚えがある。

前の人生で、自分ではどうにもならない歯車に乗せられて破滅へ突き進んでいる時の自分の表情にそっくりだった。


女は、ホワイトナイトの力を手放すことで、強制的に自分の運命を変えようとしているのだ。


だが、それで『彼』はいいのだろうか。


ルカは肩に止まる白い鳥に目を向ける。

鳥は先ほどと違ってしゃべることなく、ルカをじっと見つめるだけだった。


女はそれを見て微笑んだ。

「彼も納得しています。……といっても、私は彼の言葉がわかりません。正式に継承はしていませんから」


ホワイトナイトの力が治癒に特化しているということで、エルニア家では継承の準備をより長くするのだという。

物を壊すより、直す方が技量がいる。それは魔法も同じようだ。

繊細な力加減や魔力の調節が必要となるため、継承前からホワイトナイトと魔力を通して対話をするのだと。


その中で、女の複雑な心境が相手に伝わっていくのがわかったという。

自分がこのまま、継承者として進んでいいのか。父親の操り人形の人生意外に道はないのか。

その迷いがホワイトナイトに伝わっていたのだろう。


女とホワイトナイトの継承前の最後の対話が昨日だった。


「その時に、彼とのつながりが完全に途絶えました。魔導は意志の力が大きい。それがない私に、彼はあきれたのでしょうね」


そう話す女は、少し悲しそうだった。

自分の運命を変えたい。だが、幼い頃から家を守ってきたホワイトナイトに申し訳なさを感じているのかもしれない。


だが、女はその空気をすぐに打ち消して、ルカに向かい合う。

「あなたにとって、悪くない話でしょう?それに、ブラックナイトを押さえている力を自分の物にできれば、『彼』を呼び戻すこともできます。……しかし、お披露目の時はすごかったですね」


くすくすと笑う女はそのまま続けた。

「私もあの場にいました。私が辟易していた世界の住人達が、圧倒されてて爽快でした。最後にいい物が見られてよかった」


「最後というのは?」


「私はあなたにホワイトナイトを渡した後、すぐにこの家を離れます。しばらくの間の生活資金はためています。その後は、継承の時に学んだ医療知識を役立てて仕事をしようか、……または、何か新しいことをしようか。まっさらな未来へ出発ですね」


貴族の令嬢が平民として生きていくのは、相当な苦労をするだろう。

それが表情に出ていたのか、女は微笑んだ。

「いいのです。種類が変わっても、苦労が多い人生送ることになるでしょうね。でもね、どうせなら自分で選びたいの」


あなたも、自分で選んだのでしょう?


女はルカに手を差し出した。


ルカは女の手を取る。ここから出るため、まだ生き残るため、そしてまたリアンに会うため。


ルカの肩に止まっていた鳥が飛び立ち、二人のつないだ手にとまる。

そして、羽から光の粒子になっていき、ルカに注がれていった。


身体の感覚が少しだけ変化するのがわかる。

周りにまとう空気がほんの少し重くなったとでもいうのだろうか。

ルカは握った手をはなし、自分の手をしげしげと見ていると女は笑った。

「大丈夫。継承権はちゃんと移りましたよ。……私は肩の荷が降りた感じがするから」


そう言って、おどけて肩を回して見せた。

女はそのまま頭を下げる。

「身勝手で申し訳ありません。今までエルニア家を守ってくださったあなたの恩に、最悪な形で答えてしまった」


ルカは面食らったが、すぐに気がつく。女は私に謝っているのではない、私に移ったホワイトナイトの力に謝っていた。

運命を変えるために、ホワイトナイトの力を放棄したことを謝っているのだろう。


頭を下げる女に反応するように、ルカの肩に再び鳥が現れた。

その鳥は飛び立ち、女の周りをふわりと飛ぶ。まるで、許しを与えているようだった。


女もそう思ったのだろう。鳥を見て、ささやかに微笑んだ。


「やることは済んだ。脱出路に案内します。あの男の目が覚めない内にね」


女はルカの手を取って、もと来た部屋の方へ歩き出す。

倒れている男をまたぎ、廊下の突き当たりの壁の前にたつ。


女は壁を探り、一つの煉瓦を奥に押し込んだ。

すると鈍い音を立てて壁全体の煉瓦が動き、隠し通路が現れた。


「この通路は外に続いている。屋敷の裏手に出るから、そこから見える山に向かって歩いていって。その方向は警備が少ない。そのまま身を潜めて、明るくなれば街へ戻れるでしょう。……さぁ、後ろの男が目を覚ます前に早く」


女はルカの背中をトンと押した。

「あなたは?」


「私もすぐに離れる」


ルカはうなずき、最後に訪ねた。

「あなたの名前は?最後にちゃんとお礼を言いたい」


女は目を伏せながら笑った。

「私は、これらか名も無き平民として生きていく。だから、あなたも聞かないで」


ルカはうなずき、通路に進んでいった。

女は見えなくなっていくルカの姿を見ながらつぶやいた。

「あなたがブラックナイトの正式な継承者だったら……また違った運命があったのかもね」



ルカは暗い通路を手探りで進み、そしてようやく外に出ることが出来た。

月の光をあびて、一息つく。


すると、目の前にリアンと……一人の男が現れた。


リアンはルカに申し訳なさそうに頭を下げる。

「肝心なところであなたを守れず、申し訳ありませんでした」


ルカは首を降る。

「あなたのせいじゃない。力に相性があるということを知らなかった私の落ち度です。それに、リアンは私を守ってくれました。このドレスについていた宝石の魔力で」


そう言って、ルカはドレスを摘む。

数少なくなった宝石は月の光に当たって、きらめいた。

リアンはそれを見て、少しだけ顔をゆるめた。


そして、ルカとリアンはもう一人の男に目を向ける。


銀髪に、緑の瞳。透けたような肌のきれいな人だった。教会に飾っている宗教画に描かれたような男だった。


男はほほえみながら頭を下げた。

「改めて自己紹介をさせていただきます。私の名前はジェロム・エルニア。ホワイトナイトの始祖で……今後あなたの力になる者です」


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