番外編 -小話-
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完結後の後日談になります。
突然始まり突然終わります。
執務室の奥には大きな窓がある。
その側はこれまた大きなソファになっていて、クッションや薄手の毛布が置いてある。
これはタイトなスケジュールの王族が、少しでも休息を取れるような造りなっている。
仮眠室は遮光カーテンで隔離された部屋がまた別にあるのだが、さしずめここはうたた寝用といったところか。
さて我が国の国王であるウィリアム陛下は、前国王が病死されたのち若干20歳にして即位し、魔術と学問の都とされるこの東の国を見事に治められている。
先先代の国王からこの国の中枢は大きく変わり、能力のある者がそれを発揮できる場を与えられている。
逆を言えば、たとえ直系の王位継承権を持った者が国王になったとしても、その手腕が認められなければ、上層部や自分よりも年上の重鎮たちの信頼を得られないのだ。
そう考えると、ウィリアム陛下はその期待を一身に背負っていることになる。
自分が20歳の頃はどうだっただろうか、と現在陛下の側近を務める自分は考えたりもする。
幼い頃から聡明で、己を取り巻く環境を誰よりも理解していたお方という印象を持っていた。
そんな隙を見せない陛下が現在職務に忙殺され、束の間の休息をとっていらっしゃる。
側近として執務室の外に待機していると、大量の書類を抱えた白衣を着た金髪の女性が歩いてきた。すかさず近づいて今にも落ちそうな書類の束を持ち上げる。
「ごきげんようクロエ様。どちらへ?」
「ありがとうシモン。ここに用があったのよ。これ全部陛下のサインが必要なの。ナディアさんから持っていくの頼まれちゃった」
筆頭宮廷魔術師であるナディア様の直属の部下である金髪の女性_クロエ・ベイルは困ったように笑ってそう言った。
「陛下はただいま……あ、入って大丈夫ですよ。大臣たちからの説得もあってようやく寝たんですよ。仮眠ですけど」
「あら、不眠症の陛下がよく言うことを聞きましたこと」
「ええ、効きましたとも。ナディア様の差し入れのお茶が」
「エインセルが好むハーブは人間にはちょっと効力が強いのよね」
どこの世界に国王に一服盛る側近がいるのだ。
しかし今回ばかりは自分を労わらない陛下が悪いわけで…となんとか自分に言い聞かせて正当化することにした。
「陛下は眠り浅いから起こしちゃいそう。どうしよう」
「いえ、ぜひ見張って差し上げてください。大臣達には夕食まで仕事をさせるなと申し付けられているので」
「あの真面目なシモンにそんなこと言われる日が来るなんて思わなかったわ」
目が覚めた時に自分がいるよりはいいだろうと入りかねている彼女にそう申し出ると、驚いたように見開かれた大きな翠色の瞳とパチパチと目があった。
自分が当時の陛下(まだ殿下だった頃)の側近になったばかりの時、彼女はすでに陛下の側にいた。
陛下の側には当時の筆頭魔術師の息子や、その魔術師が面倒を見ている混血児の双子の少女が、幼馴染として仲睦まじく過ごしていた。
それが今や各国の仲裁として大戦を終結に導いた立役者の1人として名を馳せた、天才魔術師のクロエ・ベイルは、研究員として城に身を落ち着けている。
幼い頃からこの2人を知っている立場からすれば、また以前のような分け隔てのない関係を見ているのも悪くないと思う者が少なくない。
国王は賢王と名が高いとはいえ、まだたった20歳なのだ。信頼の置けるものは多い方がいいだろう。
この英雄視される天才魔術師_基、現宮廷魔術師及び研究員は、現在陛下の恋人でもある、はず。
城の人間たちは間違いなくこの2人は恋人だと言い合うのだ。
貴族は能力で選ぶため、さまざまな出自のモノがいることから、我が国は婚礼が緩いとされてる風潮がある。
多様性が受け入れられているものの、流石に人間とエインセルの混血とでは生きる時間が違いすぎる。今後この2人がどうなるかは知る由もないが、現実は残酷だと思う。
「今日はいい天気なので、窓からの日差しが心地いいですよ」
「でも、私ナディアさんに……」
「サインは陛下が起きてからでも遅くはないでしょう。あなたも働きすぎだと、ナディア様がが仰っておりましたよ。昼寝日和ですよ」
「わかったわ、休憩する」
にこにこと二の句を言わせない圧を感じる笑顔に迫られ、とうとうクロエは折れた。
静かに扉が開けられ振り向いて書類をもう一度受け取ると、人払いしておきますね、と耳打ちされた。
仕える主に似たのか、一言余計な側近だとクロエは内心毒づいた。
大きな扉を開けて中を覗くと案の定静寂に包まれている。思わず気配を殺して中を歩くと、この部屋の奥の大きな窓の側へ向かう。
そこには落ち着いた色の大きなベルベットのソファに、薄手の毛布に覆われて横たわるウィリアムがいた。
ウィリアムは眠りが浅く、小さな物音でも起きるようなタイプであった。王族ともなればそれは自然と身につく習慣にもなってしまう。
しかし珍しく彼はクロエが近づいても目覚めなかった。ハーブの効果か、またはそれほどまでに心身ともに疲弊しているのがわかる。
クロエは端の方に腰掛けて、その寝顔を見下ろした。
人間の20年、ハーフルエルフの20年。どちらもほとんど子供と変わらない。
普段は精悍な顔つきで幼さを感じさせないが、寝顔はなんとも年相応である。
実のところ、クロエは彼の寝姿などじっくり見たことがない。
初めて城に上がったエリーゼもリヒトもいた頃、4人で雑魚寝をしていような遠い記憶くらいしかないのだ。だからクロエにはこの光景が新鮮に映っていた。
幼さが隠れ見える寝顔は、目の下に濃い影を落としている。
「頑張りすぎ」
自然と出た言葉は小さく落ちて、無意識に彼の目元に指を伸ばして触れていた。
クロエに癒しの魔術は使えない。
癒しの魔術は資質を持つ者のみが扱える。
つくづく自分の性質を思い知らされるようで、クロエは内心嗤った。
伸ばした手に温かいものが触れた。それは彼の左手で、クロエはしまったと思った。薄っすらと目を開けているが、焦点が合っていない。
「ウィル……?」
「……クロエか。どうした?怖い夢でも見たのか?」
(ナディアさんの薬……すご)
どうやら寝ぼけているようで、クロエの名前を口にすると緩やかに破顔した。まるで幼子に話しかける口調は、夢でも見ているのだろうか。
返事をするべきかこのまま勝手に寝るのを待つか考えあぐねていると、ウィリアムが手を離して毛布を持ち上げた。
「……入る?」
微睡んで少しだけ甘く響く声とその仕草がなんだか出会ったばかりの幼い王子様然とした彼を思い出し、おかしくも懐かしく思えたクロエは、「うん」と応えてその隙間に身体を寄せた。
必然的に向き合う形で横になったが、毛布を持ち上げた腕を降ろされると完全に閉じ込められてしまう。
「ちょ、重た……」
思わず不満が溢れ、無理やり顔を上げるとすでに彼は寝入っていた。少しだけ身体が離れたが、その隙間を埋めるように、もしくは手頃な枕を抱きしめるかのように、頭と腰や背中が抱き込まれた。
眠る彼の体温とぽかぽかとした日差しが相まって、すぐにクロエにも眠気が訪れる。
(あったかい。いい匂い。落ち着く……)
あの頃は身を寄せ合って眠るだけだったが、目を閉じて顔をすり寄せると彼の匂いに包まれると同時に規則正しい心音が聞こえてくる。
しかしそれは、期限を知らせるカウントダウンにも感じる。自分はいつまで彼の隣に居ていいのだろうか。
いつか訪れる現実を考えたくない。
家族を失ったあの時は永遠のように感じる時間が、幸せを求めた途端に駆け抜けていくことを忘れたい。
「……今だけは、ゆるして」
あなたが生きてるこの場所があたしの居場所だから。




