第5話-中編
一方、クロエは城から少し離れた王立研究所に書類を届けていた。ロビーでキョロキョロしていると、白衣を着た茶髪の少年が駆け寄ってきた。
「ベイルさん!」
「よかった。入れ違いになっちゃったかと思って」
「ごめん、なさい!講義が、延びて…」
息が上っていたのか、膝に手をついて体を支えている。
「いいのよ。あなたの教授に渡すものだし。ありがとうハリソン」
そう言ってクロエは書類の束から封筒を取り出した。
息を整えていた彼が顔を上げて、人懐っこい笑顔を見せた。ふわふわの茶髪が揺れる。
この少年__ハリソン・ハートウェル。
クロエより二つ年下で、貴族:ハートウェル家の養子であり、現在は学生研究員をしている。実は先日のパーティーで出会ったのだ。
ああいう場が苦手なクロエが、唯一会ってよかったと思えた人物。
「今日はもう帰っちゃうんですか?」
「そうね、これ渡したらあたしの仕事は終わりだから」
「僕も終わりなんです。よかったら、少しお話しませんか?この前は時間なかったから」
「えぇ、いいわよ」
ここまで自分に臆しない人物に久々に会えたので、クロエは快く申し出を受けた。
彼に連れられてきたのは研究所のカフェテリア学生や職員が思うように過ごしている。
「今日学校は?」
「あ、今は研修中なんです。あと2、3ヶ月で卒業してどこかに所属になります」
「宮廷研究員希望なんでしょ?」
「…はい」
コーヒーを飲みながらそう訊くと、ハリソンは頬を赤らめながら言った。
パーティーでも比較的長く話したが、彼が首席の学生で飛び級をしたとしか聞いていなかった。
「もし希望が通ったら、僕、ベイルさんと同じ場所で働けるんですよね」
「首席なんだし、ほぼ確定じゃないかしら。卒論は書いた?」
「はい、もう提出するだけで……そうだ!よかったら今度読んでもらえませんか?」
「え!何もアドバイスできないってば。あたし学生やってないし」
目をキラキラさせながら言う彼に、クロエは焦って待ったをかけた。しかしハリソンは間髪入れずに興奮した様子で言葉を続けた。
「何言ってるんですか!学生しないでその知識。おまけに、あの戦争を終戦に導いた一人なんですよ?西の国王を論破したらしいし」
「あー…あれは論破というより『言葉攻め』よね…」
当時のこと__といっても1年前を思い出しながら、クロエはげんなりして言った。
「とりあえず読むだけでも…!」
「わ、わかったわ…」
「やった!!」
パァァっと彼は子供のように喜んだ。
「できるだけ早い方がいいわよね。あたし明日休みなんだけど、昼休みに読みに来ていい?」
「はい!明日もこっちにいるので、ロビーで待ってますね」
「うん。じゃあそろそろ帰るわ。教授によろしく言っといて。また明日」
とクロエは書類の束を持って席を立った。ハリソンは少し遅れて立ち上がると、出ていくクロエに深々と頭を下げていた。
***
「ふぅ…」
城の自室に戻ったクロエは、書類を机に置いて髪を解いた。ストレートである自分の髪は、跡がつくことなく腰まで垂れる。
「そろそろ切ろうかな」
髪をかき揚げてそう呟くと、ドアからノックがした。
「クロエ様、お戻りになってますか?」
ドアを開けると、いつも見かけるメイドが立っていた。
「なぁに?てか、『様』なんて呼ばれるほど偉くないんだけど」
「お仕事が終わったのに申し訳ありません。ちょっと、お願いしたいことが…」
* * *
『このところ、陛下のご様子がおかしいんです。大臣やナディア様からも休めと言われてるのに、
ずっと仕事をされていて…
先ほども、夕食も要らないと言われてしまって』
というメイドの言い分により、クロエはウィリアムを訪ねた。彼女曰く、幼馴染みであるクロエの言うことなら聞いてくれるかもしれない、ということだった。
一国の王が倒れたら笑い事ではないため、クロエは念のため向かったのだ。両手にマグカップとポットを持って。
「陛下、ベイルです。報告書をお持ちしました」
「入れ」
「申し訳ありませんが、両手が塞がってまして。恐れ入りますが開けていただけませんか」
国王に対して言っている内容は壊滅的だが、表面と言葉上畏まってドアが開くのをクロエは当然のように待つ。どうやらこの時間は執務室の近くを人払いしているらしい。
すぐにドアが開いて、驚いた顔をしたウィリアムがいた。
「何持ってんだ?書類は?」
「そんなの……ない。地味に重いんだから。お邪魔しまーす」




