発売記念SS 2
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「あら、トルネオ。あなたも来ていたのね」
「そうなんですよー王様……ハーディスト伯爵ったらお嬢様が王都に行ったって聞いたとたん馬を駆って飛び出しちゃうんですからー慌てて僕が付いてきた次第で」
「そうなのね、エルレイン様を護衛してくれてどうもありがとう」
「いえいえー」
護衛? どこがだ、終始俺をにたにた笑いながら見てきやがった癖に。お前のせいでこちとら余計な心労がたったったぞ。
もう突っ込む気にもなれなくてステラの手を引きながら大股で城を出ると、ヴィクターが用意してくれていたらしい馬車に彼女を乗せ、それから彼女の隣に座って扉を閉めた。外で「え、僕は?」と引きつった笑みを浮かべているトルネオに「お前はもうしばらく休んでから、馬で帰って来い」と顎で指示し、御者に出すように言った。
窓の外でトルネオが喚いているがそれをさえぎるようにカーテンを閉めてステラに向き直ると彼女はおかしそうに口元を抑え笑っていた。
「……なぜ笑っているんだ」
「ふふ、だって、エルレイン様ったら、本当にっ、ヴィクトレイク陛下の仰る通りで」
「はあ? あいつになにを言われた!」
依然としてくすくすと笑い続ける彼女の肩に両手を置いて必死に詰め寄る俺は滑稽だろう。……が、しかし、今はそんなことより彼女があの愉快犯に何を言われたかが重要だ。
俺の焦りとは裏腹に、ついには涙まで浮かべて笑いをこらえる彼女に、感情がすとん、と抜け落ちるような嫌な脱力感を覚えた。
とても楽しそうに笑う彼女がここ数日、城でヴィクターとなにを話していたのか分からない。もしかしたら、俺と共にいるより、ヴィクターと一緒の方が彼女は楽しいのかもしれない。
……そんな、でも、確かに俺は口下手だし、ヴィクターは話し上手だ。それに俺のように威圧感もないだろうし、俺のように重い執着心もないだろう。ステラにとってはそれが、そのほうが心地が良いのかもしれない……。
だらりと肩から手を放し、向かいの席におとなしく座った情けない俺を見て欲しくなくて顔を片手で覆うと、その手があたたかなものに包まれた。
「エルレイン様」
「……なんだ」
それがステラの両手だったことに驚いたが、彼女は手を離さないまま優しく微笑んでそれからぎゅっと手を握った。
「っ!」
……思いがけないことに心臓が飛び出すかと思った。
「ごめんなさい。たくさん笑ってしまって……。でもわたし嬉しかったんです」
「なにが」
「あなたとあなたのお兄様がとても仲良しで」
「……は?」
……なにを言うかと思ったら、いったいなにを言っているんだ? 俺とヴィクターが仲良し? どこをどう見たらそう見えるんだ。確かに仲が悪いとは言わないし良いところもあるが、同じくらいあいつの悪いところだって知っている。特にステラが絡む事情に関して言えば、決して仲のいい兄弟とは言えないはずだ。
「ヴィクトレイク陛下がわたしをお城に呼んだのは、エルレイン様が心配だったからなんですよ。自分のせいで大けがをしてしまったからって」
「そんなわけがないだろう。けがはヴィクターのせいではないし、それなら、俺を呼び出せば……」
「わたしを一人イゾルテに置いて、エルレイン様が王都に来るわけがないって言ってました」
「……それは」
確かに、そうかもしれないが……。
してやられた。また、あの男に。舌打ちが漏れそうでどうにかそれを抑えて息をつく。
「でも、こっそりわたしを呼び出せば、慌てて飛んでくるだろうからって。本当はそういうお手紙をいただいたんです」
俺の手を握ったまま、ステラが愛らしく微笑んだ。真正面から密室でそんな笑顔を直視してしまった俺は、顔に血が上るのを感じて慌てて顔を背ける。また彼女がくすりと笑った気がしたが気にしている余裕はなかった。
「ヴィクトレイク陛下はエルレイン様が心配で仕方なかったんですよ。一目、元気なお姿が見たかったんだと思います。あんな態度を取ってはおられましたが、ここ数日あの方と話したのはエルレイン様のことばかりです」
「そんなわけ、ないだろう」
「そんなわけあるんですよ。正直あの方って苦手だったのですが、なんだか親近感湧いちゃいました。弟を持つ者同士、というか」
そう言ってまた思い出したように笑うステラをちらりと見て、先ほどまでのくすぶる思いがこみ上げてきた。
「……そうだな、随分と楽しそうにしていたな」
「ええ、楽しかったですよ」
「……もっと、話していたかったのではないか。あいつは話がうまいし」
瞳を伏せたままの俺を彼女はきょとん、と見上げそれから満面の笑みを浮かべた。頬を赤く染めたあまりの幸せそうな顔に思わず面食らってしまい慌てて目を閉じる。
「まあ、エルレイン様ったら。楽しかったですけれど、それはあなたのお話をたくさん聞けたからですよ」
「お、俺の話ならば、俺から聞けばいいだろう」
「ええ、そうですね。そうします。もっとたくさん、あなたのことが知りたいので」
ちらりと見た彼女の顔は真っ赤だったが、眉を下げて嬉しそうに微笑む顔がなんというか……可愛すぎて、やはり直視はできそうになかった。どうにも自分では制御できそうにないばくばくと煩く暴れる心臓の音が、彼女に聞こえていないといいのだが……。
「これからは、どこかに行くのならば一言相談してほしい。本当に、その……心配したんだ」
話を逸らすように仏頂面で言い放った俺の言葉に彼女は何度も頷いた。俺はどうにか彼女と目を合わせて、その握られたままの手に手を重ねて笑った。ああ、なんて俺は幸福なんだろう。先ほどまで馬鹿な嫉妬をしていた哀れな自分を鼻で嗤ってやりたい。
「エルレイン様、わたしはあなたと一緒にいる時間が一番幸せですよ」
……なんてことだろう。幼い頃天使のようだった彼女は実は俺を惑わす悪魔だったのかもしれない。彼女にこの笑顔で囁かれれば俺はなんだってしてしまいそうだ。
もういっそのこと幸せすぎて泣いてしまいそうになるのをごまかすように、というか、堪らず彼女を抱きすくめた俺の腕の中で彼女は小さく笑い声をあげた。
あの愉快犯でやっかいな兄にしてやられたのは悔しいが、彼女のこんな顔が見れて彼女とこんな話ができるのであれば、まあ……なんというか、良かったのかもしれないな。




