【第23話】プレゼント
『静寂なる水面を滑る無垢なる羽ばたき、青き水流は一閃の刃となりて解き放たれん。《白翼天斬》!』
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ズバアァァァァン!!
俺の放った極大魔法は、膨大な魔力を圧縮して巨大な水の白鳥を形作りながら、試験場の中央にそびえ立つ小山ほどもあるミスリル鉱石へと一直線に向かっていった。
圧倒的な水圧と鋭さを伴ったその白鳥は、この世界で最も硬いとされる金属の一つであるミスリルを、まるでバターでも切るかのように真っ二つに切り裂いた。
ドズゥゥゥゥン……。
真っ二つに分かれた巨大な鉱石が地面に崩れ落ち、地響きを立てる。巻き上がった土煙が晴れると、切り裂かれたミスリルの断面はまるで磨き上げられた鏡のように、美しく滑らかな輝きを放っていた。
「ふむ……杖無しでの極大魔法の制御。さらに、この威力と精度。申し分ありませんね。エリアス・アインズワースさん、あなたを水属性特級魔導師に認定いたします」
鉱石の断面を確認した試験官が、静かな声でそう宣言した。
ソラリス学園・高等部、一年生の学年末。
俺はついに父上の記録を塗り替え、史上最年少の十六歳で、水属性特級魔導師の称号を掴み取ったのだった。
特級認定を受けたその日の夜、俺は約束通り、アウロラに正式に婚約を申し込んだ。
以前の婚約騒動の後、交際を認めてもらっていた俺たちの婚約は、すでに両家の公認のようなものではあった。
しかしこうして正式な形となったことを、アインズワース侯爵家とリンドフェルト伯爵家、さらにフィネルのルトウィンズ伯爵家も、自分たちのことのようにとても喜んでくれた。
そして俺たちは春休みを利用して、世間への大々的で公な婚約披露パーティーとは別に、気心の知れた近親者だけのささやかなパーティーを開くことにした。
場所は、我が侯爵家が所有する南の領地にあるプライベートビーチだ。
海が好きなアウロラのために、どうしてもそこで開きたいと願った、俺のわがままだった。
結果としてパーティーは、三家が集まったことでささやかとはいい難い、とても盛大で賑やかなものになった。
温暖なソラリスでは、春がすぐそこまで来ていることもあり、浜辺を吹き抜ける風はとても穏やかで心地よかった。
「みんな楽しそうね」
白い砂浜に設置された大きなテーブルの席で、アウロラが潮風に赤い髪をなびかせながら微笑んだ。
「ああ、ここでパーティを開けてよかったよ」
俺の視線の先では、両家の大人たちが昼間から高級なワインのグラスを傾け、主役である俺たちを置き去りにして大いに盛り上がっている。
「エリアスはすごいね。本当に特級になっちゃうなんて」
隣に座っていたアウロラが、リンゴジュースの入ったグラスを傾けながら嬉しそうに言った。
「それならアウロラだってすごいじゃないか」
俺がそう返すと、アウロラは少しだけ悔しそうに首を横に振った。
「ううん。私はまだ回復系S級止まり。でも、来年にはきっと特級になって見せるわ」
「ああ。アウロラなら絶対になれるさ」
俺が力強く頷くと、フィネルが苦笑いしながら呟いた。
「二人とも、今日くらいはそんな魔法や修行の話してないで、もっと楽しい話をしたらどう?」
フィネルがそう言って、意味ありげに俺とアウロラに目配せをする。
「そ、そうね。……あのね、エリアス。私からあなたに贈り物があるの」
アウロラは少し頬を染めながら、手元にあった小さな木箱を俺の方へと差し出した。
「え、俺もなんだ。ははっ、お互い考えることは同じってことか」
俺も懐に忍ばせていた、同じくらいの大きさの美しい木箱を取り出し、彼女の手にそっと手渡した。
「開けていいかな?」
アウロラが嬉しそうに頷くのを見て、俺は手元の小箱の蓋をゆっくりと開けた。
中には、細いシルバーチェーンの先に、銀色の菱形のプレートが付いたピアスが一つはいっていた。
そしてその菱形のプレートの真ん中には、深海のように澄んだ小さな青い石がはまっている。
俺は自分の左耳につけていた小さなフープピアスを外し、もらったばかりの新しいピアスを付けてみた。
「どうかな?」
「うん、よく似合ってる。ねぇ、指先に軽く魔力をこめて、ピアスを弾いてみて」
俺は言われたとおりに指先にほんのわずかな魔力を集め、左耳のピアスを軽く弾いてみた。
リン……。
澄んだ小さな音が、耳元で微かに響いた。
その瞬間だった。
目の前の何もない空間が水面のように揺らめき、そこから見事な装飾が施された一本の大きな杖が、音もなくふわりと現れたのだ。
俺は反射的にその杖の柄を右手でしっかりと掴んだ。
「こ、これは……」
背丈ほどもあるその大きな杖は、豪奢な装飾はもちろん素晴らしいが、何より目を引いたのは、その先端に取り付けられた、ピアスと同じ深く澄んだ青色の巨大な石だった。
「ふふっ。それ、覚えてる?」
彼女に言われ、俺は七歳の時の記憶をやっと思い出した。
「この石……ひょっとして、ホーンウルフの魔石か」
あの日、俺が自分がふさわしい魔導師になるまで預かってほしいと断った、あの青い魔石だ。
「そうよ。ずっと預かっていたものを、やっとあなたに渡せたわ」
アウロラが誇らしげに、そしてとても嬉しそうに微笑む。
俺は彼女からの心のこもった贈り物を見て、そして次に彼女が開けるであろう小箱の中身を想像して、とてもおかしくなってしまった。
「なあ、俺からのプレゼントも見てくれないか」
俺が笑いを堪えながら促すと、アウロラは不思議そうな顔をして小箱の蓋を開けた。
「あ……」
そこには、俺のピアスと同じ意匠で作られた、菱形のプレートの真ん中に小さな赤い石がはまったペンダントが、静かにおさまっていたのだ。
「わぁ、かわいい。ありがとう」
アウロラは目を輝かせ、俺にペンダントを差し出した。俺は彼女の背後に回り、その細い首にペンダントを優しく付けてあげた。
「なぁ、そのペンダントトップを指先で弾いてみてくれないか?」
「え? ……ひょっとして」
彼女が察したように目を丸くし、俺と同じように魔力を込めてペンダントを指先で弾いた。
リン……。
同じ澄んだ音が響くと、空中から今度は彼女の背丈に合わせた大きな杖が現れた。
デザインは俺の杖と全く同じだが、その杖の先端には、燃え上がるような真紅の魔石が燦然と輝いていた。
「ぷっ……はははははっ……」
俺たちは自分たちの手元にある杖とアクセサリーを見比べ、顔を見合わせて大笑いした。
どうやら俺とアウロラは、お互いへの贈り物のために、全く同じことを考えていたようだ。
「二人ともよく似合ってるよ」
ずっと黙って俺たちを見ていたフィネルが、悪戯っぽく笑いながら声をかけてきた。
「フィネル、お前……」
俺たちがそれぞれフィネルに内緒で依頼したプレゼントを、彼はこっそりとお揃いのデザインに仕立ててくれていたのだ。
「エリオスの杖が『海王』、アウロラの杖が『炎帝』だよ。さぁ、試しに杖を使ってみてよ」
フィネルに言われ、俺は青い魔石の輝く杖を持ち、砂浜の波打ち際へと立った。
魔導師は杖が無くても魔法を行使することはできる。しかし、杖を媒介にすることで、魔力効率を圧倒的に上げることができるのだ。
それは当然、杖の性能にも左右されるが、これほど高品質な魔石とフィネルの術式が組み込まれたものであれば、魔力消費を十数分の一に抑え、魔法の威力を数倍に跳ね上げることが可能だろう。
俺は杖を構えて全身の魔力を練り上げ、詠唱をはじめた。
『静寂なる水面を滑る無垢なる羽ばたき、青き水流は一閃の刃となりて解き放たれん。《白翼天斬》!』
俺が杖の先から放った水の白鳥は、試験の時の何倍もの大きさと威力を持って生み出され、そのまま海面のすぐ上をまっすぐに飛んでいった。
ズオォォォォォ!
一瞬遅れて、白鳥が飛び去った軌跡をなぞるように、穏やかだった海が轟音と共に真っ二つに割れた。
海底の砂地が露わになるほどの凄まじい威力だ。
この常軌を逸した光景に、俺たちはもちろんのこと、背後でどんちゃん騒ぎをしていた大人たちまでもが、ワイングラスを持ったまま、口を開けてしばらく固まっていた。
「うん、エリアス用の調整はバッチリだね」
静まり返った浜辺で、フィネルだけが一人満足そうに深く頷いていた。
そんな楽しくて賑やかな時間はあっという間に過ぎ、気がつけば夕日が地平線へと近づいていた。
すっかり出来上がってつぶれた大人たちは、使用人たちに抱えられ、先に馬車で屋敷へと帰っていった。
「私ね、この時間の海が一番好き」
「ああ。アウロラの髪の色と同じこの景色が、俺も大好きだ」
俺たちは三人並んで砂浜に座り、オレンジ色に染まる夕凪の海を静かに眺めていた。
子どもの頃から変わらず、三人で過ごすこの時間が俺は何よりも愛おしかった。
「そうだ、今日の最後の思い出に一緒に踊ろう」
俺が立ち上がりながら提案すると、アウロラは少し困ったように砂浜を見つめた。
「んー、でも砂浜だと足を取られて上手く踊れないわ」
「こっちへおいで」
俺はアウロラの手を引き、波打ち際まで連れて行く。
「じゃあ、僕も先に帰るね」
フィネルが空気を読んで立ち上がり、微笑みながら手を振って俺たちを見送ってくれた。
俺は彼女の手を引きながら、静かに打ち寄せる波の上に、そっと自分の足を乗せた。
「さぁ、アウロラも」
俺が促すと、彼女も少し驚きながら、俺に続いて押し寄せる静かな波の上にそっとその足を乗せる。
「俺に触れている限り、海の上に乗ってられる。絶対に離れないで」
「うん……絶対に離れない。あなたのそばからずっと」
俺は彼女の両手を取り、二人の体を俺の水魔法の魔力で優しく包み込んだ。
そして俺たちは、頬を撫でる春風を感じながら、鏡のようにオレンジ色の夕日を反射する水面の上を、まるでスケートのように滑りながらダンスをおどった。
「すごい……まるで海の上を舞う、鳥になったような気分」
アウロラが心からの感嘆の声をあげる。
足元で小さく波立つ水の音と、二人の楽しげな笑い声だけが海に響く。
俺たちは日が沈み、空が群青色に染まり暗くなるまで、時間を忘れて海の上で踊り続けた。
「あーあ、もう暗くなっちゃったね」
アウロラが少し名残惜しそうに呟く。
「そうだな。じゃあ、俺たちも帰ろうか」
「えっと……今なら誰も見てないね……」
彼女がうつむき加減で、上目遣いに俺を見つめながら発したその言葉に、俺の胸はドクンと大きく跳ねた。
(婚約したんだ。男を見せろ、俺!)
俺は心の中で自分を奮い立たせ、彼女の両手をしっかりと握り直した。
「……アウロラ。俺が特級魔導師になれたのは、誰よりも一生懸命な君をそばで見続けてきたからだ。そしてそんな君にいつの間にか、どうしようもなく惹かれていたんだ。これから先の人生、俺にずっと、君のエビの殻をむかせてくれ」
俺が真っ直ぐに彼女の目を見て想いを伝えると、アウロラは眉間にシワをよせた。
「なにそれ……全然ロマンチックじゃないんですけど」
「あ、いや……好物だけど、殻が付いてると面倒がって避けてるじゃないか……なのでつい」
「ふふっ、まぁ、エリアスらしいかもね。私もエリアスに会えたから、ずっと頑張ってこれたわ。そして強さって何なのか、少しわかったような気がするの。……私のエビの殻を、あなたにずっとむかせてあげるわ」
日が沈んだ夜の海面で、重なる二つの影。
ロマンチックではないけれど、二人にしかできない特別なプロポーズ。
見上げた空には、二人を祝福するかのような満点の星空がどこまでも広がり、その無数の星屑たちの光は、まるで散りばめられた宝石のように、キラキラと夜の水面を輝かせていた。




