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8/13

8 アイウエオの再襲来

革命記念日の式典が終わった翌日――。

私は五月病になっていた。


七月だけど五月病。


朝になれば起こされる生活なので、さすがに昼までベッドということはない。

それでも、ここに来てからの緊張続きの日々に比べると、どうにもやる気が出ない。

空き時間ができると、ついだらだらしてしまう。


ここ最近の最大の問題は、娯楽の不足だ。


スマホもなければ、パソコンもない。

マンガもテレビもない。

本も読めないし、お芝居も分からない。

おしゃべりさえ楽しめない。


つまり、暇。


そして、その原因は一つしかない。


フランス語が分からない。


分かれば楽しみが増える。

そう考えると、やっぱりフランス語の習得は避けて通れないらしい。


――――


式典の後には、舞踏会が開かれた。


私は踊れないし、話せない。

なので基本的には、貴賓席のような場所に座りっぱなしだった。


ここには入れ替わり立ち替わり、人がやってくる。


遠巻きにこちらを眺めている人もいるが、話しかけてくる人も少なくない。

しかも挨拶だけで終わるのかと思えば、称賛から始まり、長々と語り始める。


もちろん私は、何も分からない。

それでも相手は熱心に話し続ける。


この人たちには、返事も相槌も必要ないのだろうか。


もしかすると、流し聞きが当たり前の文化なのかもしれない。

だからこんなに熱心に話せるのだろう。


何も返せない身としてはありがたいが、

それでもこの一方通行の会話には、文化の壁を感じた。



そこへマキシミリアンが現れた。


「Maika. ********」


何か気の利いたことを言ったのだろう。

彼はさっと私を会場から連れ出し、ジョゼットに引き渡してくれた。


ヨーロッパの劇場は、演劇を楽しむ以上に、観客同士がお互いを見合う場所だと、昔歴史の先生が言っていた。

どうやらここでも同じらしい。


異世界から来た私の「お披露目」という役割は、十分果たしたということだろう。


「Bonne nuit, Maika.(おやすみ、舞花)」

そう言って、彼は私を送り出してくれた。


――――


翌日から、アントワーヌ先生との授業が再開した。


午前と午後で、合計五時間。

これでは高校生に逆戻りだ。


とはいえ、フランス語以外にやりたいこともないし、

やることもない。

暇を持て余すよりは、ありがたい。


最初は、学習に必要な十五個の基本動詞から始まった。


Faireする

Parler(話す)

Dire(言う)

Écouter(聞く)

Lire(読む)

Écrire(書く)

Regarder(見る)

Voir(見る)

Commencer(始める)

Finir(終わる)

Arrêter(止める)

Comprendre(理解する)

Penser(思う)

Savoir(知る)

Connaître(知る)


「見る」が二つある。


Regarder は英語の watch に近く、意識して見る。

Voir は see と同じで、視界に入る感じ。


「知る」も二つある。


Savoir は情報や方法を知っているとき。

Connaître は人や場所など、経験や面識がある場合。


なるほど、と思った。



そしてもう一つ気づいたことがある。


動詞の語尾が今のところ

er

ir

re

の三種類しかない。

これは分かりやすい。


残念なことは、Finir 以外、英語と似ている単語がほとんどない。


地道に覚えるしかないのか。

恐ろしい。


さらに発音してみて、妙なことに気づいた。


「ir」の r は弱く発音する。

しかし「er」の r は発音しない。


差別反対!


すでに嫌な予感しかしない。



続いて、母音の発音に入る。


a、i、o は問題ない。


問題は e と u。

日本語だと、どちらも「ウ」に聞こえる。


しかし結論から言うと、

フランス語に「ウ」という音はなかった。


「ウ」にバリエーションがあるのだ。


日本語の「ウ」は唇を突き出すが、

フランス語の e は唇を突き出さない。


一方 u はもっと難しい。

試行錯誤の結果、唇をぐっと下げて「ユ」と言うのが近いらしい。

……とはいえ、私にはどちらも同じ音に聞こえる。

判定は完全にアントワーヌ先生頼りだ。


次は é と è。


é は普通の「エ」。

è は口を横に引いて言う「エ」。


アクセントの向きが音のトーンを表していて、


é は下から上。

è は上から下。


だからあんなにアクセントにこだわっていたのか。

……残念ながら、私にはいまいちピンとこない。


さらに an や on の鼻母音。


Bonjour でやったから大丈夫!……と思っていた。


甘かった。


鼻母音は四種類ある上に、

un や um など表記まで増える。


私は an と on の違いは発音できているらしいが、自分では全く聞き取れない。


さらに子音と組み合わさると音が変わる。


restaurantレストランの au は「オ」

maison(家)の ai は「エ」

croissantクロワッサンの oi は「オワ」


まだまだある。


しかも ui のように変わらないものまである。


母音だけなのに複雑すぎる。


授業一日目にして

私は力尽きた。



机に突っ伏し、日本語でぶつぶつと恨み言をつぶやく。


そこへ、アントワーヌ先生が静かに近づいてきた。


私の名前を呼び、

優しく手を取って、微笑む。


折れかけた心に、その優しさが染みる。


「Merci, Antoine.」


感謝を伝えた。


そのとき、先生のもう片方の手に持っているものが見えた。

びっしりと単語が書かれた紙。


鬼だった。

フランス語の表記が増えてきました。

さらに増える可能性もあるので、どんな風に見せたらいいのか、ご意見を聞かせてもらえるとありがたいです。

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