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7/11

7 長い階段の先に

1789年7月14日、パリのバスティーユ監獄が襲撃され、フランス革命が始まった。

今でもバスティーユ広場の真ん中には背の高い碑(オベリスク)が建っており、フランス全土では7月14日にお祝いがされるらしい。

いわゆる革命記念日だ。


でも、ここはヴァルドール。

フランスではない。

なぜ、この人たちは祝うのか−−。


私は階段の下に用意された椅子に座りながら、その時を待っていた。

向かいには、正装に身を包んだマクシミリアンが、足を組んで静かに座っている。

白を基調としたタキシードがよく似合う。


結い上げられた髪、抜け目のない化粧、美しいドレス、少し重たいアクセサリーに、磨き上げられたハイヒール。

初めて鏡で見たとき、いつもとはかけ離れた自分の姿に思わず胸が高鳴った。


武装は完璧だ。

......あとはヘマをしなければ大丈夫。


優美で荘厳なオーケストラの演奏が終わり、今は国王が演説している。

次が私の番。


遠く前を見ること。

顎を引くこと。

膝を曲げないこと。


気をつけなければいけないことを挙げていく。




この1週間は怒涛だった。

ドレスの採寸、生地あわせ、色合わせ、アクセサリーや靴選び。

そして、試着、試着、試着。

髪型や化粧の試しにマッサージ。

歩き方のレッスンに、テーブルマナー。

分刻みのスケジュールだ。


スピーチについて告げられた授業が懐かしい。

あれからアントワーヌとの授業は中断している。




代わりに毎日、彼が連れてきた演出家みたいな変な講師に数時間レッスンを受けた。

声の出し方、イントネーション、間の取り方、呼吸のタイミング。


「Le français est une musique.(フランス語は音楽よ。)」

「Chantez ! Chantez ! (歌って!歌って!)」

男性なのに甲高い声が頭の中をこだまする。


おかげで、「シャンテ」が歌うで、「シャンソン」が歌だとわかった。

つまり、「新春シャンソンショー」って、新年の歌のコンサートなのだ。


閑話休題


この先生、褒めるときは抱きしめられるのではないか、というくらい褒めるが、間違えたときは、怒りすぎなのではないかと思うくらい怒られる。


スピーチの原稿を受け取った翌日なんか悲惨だった。

自分なりに予習しようと、原稿を読んで練習してからレッスンに臨んだ。

そのやる気が、完全に裏目に出た。


「メダメーズ(mesdames)…」

「Quoi (クワァ)!? 」

アヒルみたいに叫んだと思ったら、すごい剣幕でまくし立てられ、手に持っていた原稿を奪われて、ビリビリに破かれてしまった。

あまりにショックで一瞬何が起こったか理解できなかった。


アントワーヌからカタカナ発音を禁止したときに気づいておけばよかった。

フランス語とローマ字発音は恐ろしく相性が悪いということに。

今回も正しい読み方は「Medamesメダーム

始めの「me」は「メ」なのに、 2つ目の「me」は「ム」。

そして、最後の s は読まない。


ルールが分からない。

ここは音で覚えるしかない。


それにしたって、伝え方ってものがある。

破かなくてもいいではないか。


不幸中の幸いで、体罰はなかったけれど、レッスンが終わると身も心もボロボロになった。

アントワーヌ先生のスパルタが、ちょっと懐かしい。


そうして厳しいレッスンを乗り越えた結果、スピーチを少しはフランス語っぽく言えるようになった。




歓声が響き渡り、国王が階段を降りてきた。

立ち上がって、スカートをつまみ、深々とお辞儀をする。

そして、マキシミリアンに腕を差し出され、エスコートされながら、階段を上った。


十数段なのに、私にとっては何十段にも続く長い階段だった。

足が重い。

今すぐ帰りたい。

けど、帰れない。



そして、私は観衆の前に立った。


Bonjour, mesdames et messieurs,

(みなさん、こんにちは)

自分の声が広場に広がっていく。


もう遠吠えの真似をしなくても言えるようになったし、

「メダメーズ」も克服した。

ただその後、「ieur」の発音が出来なさすぎて、いい歳して半べそをかいた。


Je suis Maïka Hassébé.

(長谷部舞花です)


「メカゼッド」って言われた時は衝撃だった。


Je suis honorée

(光栄に思います)


この「オノレ」で歌えと何度言われたことか−−。


d'être ici aujourd'hui.

(今日ここにいられることを)


「今日」なんてよく使う単語がここまで難しいのはおかしい。


Merci.


さよなら呪われたR。

そして…


Vive Valdore !

(ヴァルドール万歳!)


私はここで生きていく。



一瞬の沈黙のあとに、歓声がわき起こる。


かつてないほどの達成感を胸に抱きながら、マキシミリアンの腕を取る。


「Bravo, Maïka.」


さらりと告げられた称賛の言葉が胸に刺さる――。


歓声を背に降りる階段は

さっきほど長くはなかった。

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