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6 アントワーヌの独り言

私はボーモン侯爵家の次男、アントワーヌ・ド・ボーモン。学業の功績を認められ、他の者よりも2年ばかり早い、16歳の頃からアカデミーフランセーズの一員として、王宮に勤めている。


この機関、フランスにあるアカデミー・フランセーズとは異なり、フランス、つまり「あちらの世界」について研究する場である。この国では古くからフランスの文明を学問の礎としており、アカデミーではこちらの世界に招いた「召喚人」の知識を基に、哲学、数学、科学、文学、芸術等、幅広い分野について見聞を広げ、我々の世界に還元していく。つまり、「あちらの世界」から招かれる召喚人は、我々にとっては教師であり研究対象でもあるのだ。


私がアカデミーの一員になった時の召喚人はジャン=クロード・シャンベリー氏で、彼がこちらに来てから50年以上経っていた。召喚人の滞在期間が重複することはなく、アカデミーのここ半世紀の発展は彼の上に成り立っていると言っても過言ではない。私が最初に任されたのは、晩年の彼に付き添い、彼の回顧録の作成だった。


昨年末に彼が亡くなり、喪が明けると、新しい召喚儀を行う準備が整えられ、私は新たな召喚人の補佐を任される運びとなった。儀式を取り仕切るのは兄のマキシミリアンだ。公的には彼が次の召喚人の後見人となり、弟の私が実質的な補佐を行う。召喚人は客人であると同時に、王国にとって重要な知識資源でもある。よって、召喚人の召喚と迅速なこちら世界への適応は、ボーモン家の威信がかかる大きなプロジェクトであり、確実に成功させなければならない。


そして招かれたのが、舞花だった。


始め彼女が言葉を解せないと判明した時、召喚場所の指定ミスが疑われた。しかし彼女の反応から察するに、故郷から遠く離れたパリへ旅行に訪れていた様子で、座標指定の誤りの可能性は極めて低いことが判明し、マキシミリアンへの批判も下火となった。


一方で、彼女がフランス語を理解しないという課題は残されている。まずは、補佐である私が授業を行い、彼女の言語理解の促進を図るとともに、知識レベルを測ることになった。


まず驚いたのは、彼女が既にアルファベットを習得していることだった。我々の社会では、階級によっては読み書きのできない女性も少なくない。しかし、舞花はある程度、形の整った字を書く。それは見真似ではなく、きちんとした教育機関によって習得したものだ。


さらに彼女が母語としている言語では、別の文字を使用しており、その文字も習得していることが確認された。つまり彼女は、母語のみならず、別の言語、おそらくヨーロッパ圏の言語も習得している可能性が高い。初めの方に我々に向けた言葉は、そのヨーロッパ言語だろう。残念ながら我々には他言語に関しては存在の認知に留まっている。だからこれは、新たな2つの言語知識が獲得出来る千載一遇の機会である。


言語は文化だ。


マキシミリアンは彼女がフランス語が理解できない若い女性であるために、使用価値を低く見積もっているが、彼女の恩恵を受けられれば、我々の文化をより豊かにすることが出来るだろう。


そして彼女との講義を重ねるにつれてそれは確信へと変わりつつある。彼女の母語はどうやらすべての子音が母音を伴う。また彼女が発音出来ない音もあれば、こちらが発音出来ない音もある。日本語はフランス語と言語体系が著しく異なる。つまり、同じ「言語」でありながら、音韻の設計思想そのものが違うのだ。

実に興味深い。


さらに言語以外で興味深いのは彼女の態度である。自ら言語を学ぼうとする意欲はもちろん、その方法を自ら画策し、試行する明晰さが素晴らしい。彼女は数日のうちにこちらの母音体系を正確に模倣し始めた。学習速度としては驚くべきものだ。フランスの地に旅行に来ていたことからも推察できるが、祖国ではかなりの社会的地位の出身で、高度な教育訓練を施されている。


早く彼女を研究したい−−。


しかし、その前に革命記念日のスピーチを成功させ、舞花の社会的評価を上げなければならない。そのためにはまず、美しいフランス語を話せなければならない。異なる音韻体系で教育を受けてきた彼女にとっては容易なことではないだろう。しかし、彼女がこの世界で生き延びる方法もまたこれしかない。


Bon chance, Maïka.

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