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4 メカゼッドにはなりたくない

「Maika, vous********」

学んだ単語をメモしていたら、急にアントワーヌに肩をつかまれ、何か聞かれた。

何かは分からない。

しょうがないので首をかしげたら、アントワーヌは私の手から紙を取り、迷いなくペンを走らせた。


Antoine de Beaumont.

「アントワーヌ・デ・ベオモント?」

「Antoine de Beaumont (アントワーヌ・ドゥ・ボーモン). Et vous ?」


私の名前?

ペン先を再びインク壺に浸し、書きなれた自分の名前をゆっくりと丁寧に書いた。

Maika Hasebe


「Maika Hasebe (メカ アゼブ)?」

「メカゼット?」

「Maika Hasebe (メカ アゼブ)?」


そうか。

同じアルファベットでも、英語とフランス語で読み方が違うのか。

ここはしっかり訂正しておかないと、メカちゃんになってしまう。


「No, マ・イ・カ・ハ・セ・ベ.」

そうすると少し考えて、アントワーヌが私の名前に何かを書き足した。

Maïka Hassébé

「C'est comme ça, Maïka Hassébé (マイカ・アセべ).」

こう書けということだろう。


だいぶマシになった。

メカゼッドにはなりたくないので有り難い。ただアセべは直らないらしい。

Hは発音しない?

同じアルファベットでも、こうも読み方が違うのは知らなかった。

結構英語と違う気がしてきた。

覚えなければいけないルールが多そうだ。




そこから、なぜかアントワーヌ先生の単語テストが始まってしまった。


France、Parisから始まって、言われた単語を書いていく。ペイ...ロワ...オム...ファム...

とりあえず、英語っぽく、分からない時はローマ字で書いていく。

多分、50個ぐらい書いたと思う。

紙がいっぱいになったところで終了。

途中から完全に聞き取れていなかった。


こんなのでよかったのだろうか?


丸つけしてもらいながら、フランス語読みのルールを探ろうと意気込んでいた私には気づかず、アントワーヌは満足気に紙を丸め、ジョゼットを呼んで、出てってしまった。


え、教えてもらえないんですか?

それとも持ち帰って採点?

それともひどすぎて、お蔵入り−−??





翌日の2回目の授業。

私の目の前に立ったのは、いつもゆっくりと、聞き取りやすく話しかけてくれるアントワーヌではなかった。

部屋に入った途端、こちらの反応お構いなしに、熱心にフランス語で講義をする、アントワーヌ教授だった。


この前、卒業した大学のことを思い出す。

一般教養の哲学っぽい授業の教授がこんな感じだったな。

生徒に向けて講義をしていたはずが、興がのってくると、急に教壇を右に左にウロウロと歩き始める。

そして、立ち止まって何やら考え込み始めたり、独り言をつぶやいたりして、自分の世界に飛び立っていく。


そう、目の前のアントワーヌ教授のように。

コツコツとフローリングの上を歩く教授の足跡が部屋にこだまする。

研究者って、世界共通で変人なんだな、なんて考えていたら、急に先生のエネルギーのベクトルが私に向けられた。




「Alors, Maika, ********, s'il vous plaît.」

ハテナ?

「Lire」

くちばしをパクパクさせたようなジェスチャーから、書いてあることを読めということらしい。

正解が分からない以上、とりあえず思ったように読んでいく。

Saison 「サイソン」

Printemps 「プリンテンプス」

Été 「エテ」

Automne 「オートムネ」

Hiver「ヒヴァー」

...…

20個ぐらいの単語を読みきった。

今度こそ正解を−−。


「C'est très bien.」

トレビアン。

なぜか褒められた。


これだけは断言出来る。

絶対に正しくない。

お願いだから訂正をしてくれ。



しかし、先生はしきりに頷いている。

どうやらアントワーヌは先生は教師であることを放棄し、私を観察対象として、何かを調べている。


百歩譲って、観察してもいい。

でも、教えることを忘れないでほしい。


私にはあなたしかいないのだから…。




そんな悲劇のヒロインごっこはおいておき、私は私の時間を有効に使うために、自分で行動することにした。


さっきの単語を見た感じだと、英語と書き方が似ている単語もチラホラあった。

文字なしで言語学習なんて私は無理だ。

だから、ひとまずアルファベットや発音の規則を知ろう。

私は机いっぱいに紙を広げ、アルファベット表とローマ字表を書き始めた。インクの匂いがふわりと鼻をくすぐる。


教師がウロウロしながらぶつぶつ言っている横で、紙を広げて熱心に書く生徒。

...これって、授業なのだろうか。


2回目にして学級崩壊した。




ふたつの表を完成させた私は、自分の世界に浸っているアントワーヌを無理やり呼びつけた。

「エー、ビー、シー...」

指をさしながら読み上げ始めると、すぐに止められた。

「Non, A (アー)、B (ベー)、C (セー)...」


スイッチを押すことに成功したらしい。

急にアントワーヌの教師モードに切り替わった。


急いでアルファベットの下にカタカナで発音を書き込む。

するとすかさず右手首を押さえられ、厳しい声が飛ぶ。

「********」

今度は叱られた。


どうやらカタカナで発音を書いたのが気に食わなかったらしい。

書くなと言われた、らしい。


発音にうるさい英語の先生みたいだ。

あれより厳しいかもしれない。

優しいけど厳しい。

そして、妥協がない。


とりあえず、表に書き込むことはあきらめ、リピートアフターミーで、アルファベット表を何周かした。


名前がおかしいのはH (アッシュ)とW (ドゥブルヴェ)とY (イグレッグ)。

どうしてそうなった?


ややこしいのはGがジェーで、Jがジー。

この二つの間に、一体何があったのだろうか。


次はローマ字表だ。また指をさしながら発音してもらう。

「a (アー)」

「i (イー)」

「u (ウー)」

「e (ウー)」

???

アイウウだと!?


そうだ「長谷部」だ。

私はeの上に横棒を書きこむ。

「ē (エー)?」

「Non. ****************** C'est é (エ).」

多分アクセントの書き方とその理由を説明された。

わからないけれど。


アクセントは上から斜め下に。

真っ直ぐではなく、斜めに。

これが「エ」だ。



先が思いやられる。

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