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16 アントワーヌの考察 ジャポニズム編

 私はついに同志を発見した。


 このヴァカンスのあいだ、私は「日本」に関する過去の文献を漁っていた。

ジャン・クロードの証言資料にあるのは、日本が大戦に参加し、敗戦国となったという情報くらいのものだった。

 だが、それ以前の召喚人たちの記録にあたると、19世紀後半から日本への言及は次第に増え、20世紀初頭には「ジャポニズム」と呼ばれる日本文化の流行さえ起きていたことが分かった。


 何と喜ばしい事実!

 つまり、1900年代初頭のフランスには、私と同じように日本に魅せられた人間が、すでに数多く存在していたのだ。この事実に、私は深く心を震わせた。



 一世紀の隔たりはある。

 それでも、フランスに吹き込んだジャポニズムの旋風を

 今度はヴァルドールに呼び起こす。

 それが私の密かな目標となった。



 さらに調査を進めるうちに、我々の世界もまた、フランスにおけるジャポニズムの影響を受けているのだと判明した。

 たとえば今回、「かぐや姫」の劇で衣装に転用したバスローブ。紐で打ち合わせる形や、ゆったりと広がった袖口は、日本文化の影響を受けた意匠らしい。文献に記されていた「キモノ」という様式名は、舞花が教えてくれた「着物」と明らかに通じていた。


 文化は国境を越え、時代を越え、世界を越えて、なお他者に影響を与える。

 そして、その影響は再び己に戻り、新しいものを生み出す。


 舞花が着物を表現するのにバスローブを手に取ったことは偶然ではない。バスローブを使った着物は、その事実を象徴していた。あれは単なる模倣ではない。異文化との接触が、新たな形へと昇華された証なのだ。


 もちろんそれだけではない。「かぐや姫」の劇は大成功だった。

 構造こそ典型的な物語だが、月の住人という幻想的な設定、かぐや姫と帝の叶わぬ恋、素人演技の拙さを差し引いても美しい悲劇であった。もしかしたら近いうちに、オペラ座で上映されるかもしれない――。


 「かぐや姫」は、王が出てきた以上、原作はきっと社会の風刺的な役割があるはずだ。その場合、月が象徴しているのは宗教的権力なのだろうか。この仮説が正しい場合、かぐや姫は聖女であり、俗社会の権力の抵抗にもかかわらず、聖女が昇天していく物語だと解釈できる。


 また、舞花の言動から、彼女が説明を省略・改変していることは想像に難くない。せめて婚約者のプロフィールと宝の詳細を教えてほしい。そして、解釈のために文脈は必要不可欠だ。この作品が作られた時代や背景が知りたい。


 劇の最後に「帰らねばならないが、帰りたくない」の言葉が召喚人の舞花の口から発されたことが政治的に大きな意味を持っていたとマキシミリアンは評価していた。特に「帰りたくない」の真意を、政治家達は連日熱い議論をしている。あれは物語の台詞だったのか。それとも――。


 政治は私の専門外だが、その重さは理解できる。これは偶然とはいえ、クロエの名采配だ。舞花の評価向上に大きく貢献している。そんなに連日議論しているのに、舞花に尋ねる者は誰一人いない。実地調査をせずに机上の空論を積み上げていくのは、科学的精神に反している。これを機に、政治家達にも科学的精神を取り入れてもらいたいものだ。



 さて、ヴァカンスが終わり、新たに舞花の作った「紙芝居」という研究材料が増えた。物語だけでなく、描かれたものや、描き方など、切り口はいくらでも存在する。また辞書作りも引き続き継続している。名詞の性の有無、冠詞の有無、複数形の有無、確認すべき事項は山積みだ。


 彼女が帰りたいかどうかは、問題ではない。


 帰られては、困るのだ。

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