15 幕の向こうへ
友人たちで行われると聞いていたソワレは、私の予想を大きく超えた仰々しさだった。いつもは使われていないシャンデリアにはも灯りがともされ、温かな光が屋敷全体を照らしている。
美しく着飾った家族が、次々と到着し、上着をあずけ、大人たちはボーモン家に挨拶する列に加わる。そして挨拶を終えると、サロンに入り、各自おしゃべりにいそしむ。式典のような緊張感はなく、舞踏会のような好戦的な視線は少ない。
それでも、私にとっては本格的な貴族たちの社交の場だった。
空気に、飲まれる。
人が増えるにつれて、部屋の熱気が、ゆっくりとこもっていく。
挨拶が終わったのだろう。アントワーヌが私のそばにやってきた。彫刻のように固まっていた私の肩に、そっと手が置かれ、そのまま、静かに椅子へと導かれた。
一方、マキシミリアンは熱気の中心へと向かっていった。多くの人と親しげに言葉を交わしていく。笑って、うなずき、熱心に言葉を交わしている。
――けれど、一歩も踏み込ませていない。
あの中心にいながら、誰よりも外側にいる人だ。
長い歓談の時間が終わり、サロンに設置された舞台の前に観客が集まってきた。いよいよ演目が始まる。私たちはトリだ。楽器の演奏、オペラのワンシーン、寸劇。どれも素晴らしかったはずなのに、緊張で、すべて目の上をすべっていく。そして、我々の番が回ってきた。
アントワーヌ先生の美しいピアノ演奏が始まる。
この演奏が途切れた時、幕が開ける。
幕の後ろはバタバタだ。衣装を着たり、大道具を設置したり、ディミトリを落ち着かせたり、緊張する暇もない。やることはやった。あとは楽しむしかない。
幕が開け、ピアノの伴奏が再び始まる。
「Il était une fois, ...」(むかしむかし、)
お決まりの一言。
竹が伝わらなくて、おじいさんは木こりで、かぐや姫は木から生まれる。
月日は経ち、求婚の場面。
求婚者A「Épousez-moi, la princesse Kaguya.」
(かぐや姫、私と結婚してください。)
かぐや姫「Je l’accepte, si vous avez un arbre doré, je l’accepte.」
(黄金の木があれば、受け入れます。)
リエゾンがなければ、受け入れません。
それが、フランス語だ。
求婚者B「Épousez-moi, la princesse Kaguya.」
(かぐや姫、私と結婚してください。)
かぐや姫「Je l’accepte, si vous avez un cape ignifuge.」
(燃えないマントがあれば、受け入れます。)
求婚者たちは各々どうやって宝物を手に入れたか雄弁に語る。実はこの部分は9割ふたりのアドリブだ。私が伝えたのは、木はメッキで、マントは燃えたということのみ。私は細かい部分覚えていなかったし、説明ができなかった。それでも想像力を掻きたて、長々とニセの苦労を語っている。そして、その失態を暴きつつも、説明を足して上手く立ちまわるオーギュストは、この場面の陰の功労者である。
そして帝の求婚シーン。帝ディミトリの登場だ。
帝「Je veux me marier avec toi.」(君と結婚したい)
かぐや姫「Non, je ne peux pas.」(いいえ、出来ません)
ディミトリは、少し首をかしげる。
帝「C'est vrai ?」(本当?)
そのまま、じっとこちらを見つめてくる。
逃げ場はない。
かぐや姫「Non…」(嘘だけど!)
今日も学友が尊い。
――いよいよ、最後の場面だ。
かぐや姫「Je dois partir. Merci, mon père.」
(行かなければいけません。ありがとうございました、お父様)
翁「Tu peux refuser de partir. L'armée de l'Empereur te protégera.」
(拒否してもいいんだぞ。帝の軍がお前を守ってくれる)
かぐや姫「Père, je ne peux pas.」
(お父様、それはできません)
そして、帝を見る。
かぐや姫「Je ne peux pas. Mais… je ne veux pas rentrer.
Je veux rester ici, avec vous.」
(できません。でも、帰りたくありません。
私はここにいたいです、あなたたちと。)
ディミトリは、少し首をかしげる。
帝「Pourquoi pas ?」(もちろん!)
軽い。
でも、その一言が、どうしようもなく嬉しかった。
静まり返る会場。
音楽も消えた。
強い光が、サロンの奥から差し込む。
私は、客席の間を、歩いていく。
衣装が床を擦る音だけが、静かに響く。
一度も振り返えることなく、
サロンを出た。
――沈黙。
マキシミリアンの拍手が、サロンに響き、それを合図に、歓声が広がった。
私は舞台へ戻り、ABCDカルテットと並び、頭を下げた。幕の後ろに戻っても、歓声は止まらない。
「Encore !」
何百回といわれたこの言葉。
それをこんなうれしい気持ちで聞けるなんて――。
幕が再び開いた。
みんなの手を取り、私は一歩前へ出た。




