13 人形劇でテイク15は当たり前
友情に、年の差なんて関係ない。
ヴァルドールに来て、初めて友だちができた。
ABCDカルテットの三番目。
9歳のクロエだ。
実物大フランス人形のような彼女は、年齢よりずっと大人びている。
それでも、疑ったり、裏を読んだりしない、まっすぐな心の持ち主だ。
だから分かりやすい。
何を考えているのか。
何をしたら喜ぶのか。
もちろん気分屋なところもあるが、
感情の読めないマキシミリアンや、思考の読めないアントワーヌより、
ずっと付き合いやすい。
何より――
私の拙いフランス語を、嫌な顔ひとつせず理解しようとしてくれる。
それが嬉しい。
ここ数日、午後はずっとクロエに連れ回されている。
一方、上の二人、オーギュストとバティストは、年頃なのか、私に興味がないのか、ほとんど関わってこない。午後も二人で剣の打ち合いをしたり、そのまま外へ出かけてしまう。
そこに、健気にくっついていこうとしては、軽くあしらわれるディミトリ。
……かわいい。
私の学友は、尊い。
―――
昨日の授業の最後に、アントワーヌ先生から夏休みの宿題が出された。
フランス語で劇の発表。
バカンス最後の土曜日の夜、友人貴族たちを招いたソワレが開かれる。
そこで各家が出し物をするのが恒例らしい。
ボーモン家の演目は――
ABCDカルテット+召喚人による異世界劇。
つまり、
小学校の学芸会を、フランス語でやる。
フランス語で?
台本は?
どの話?
子どもたちが歓声を上げる中、
私は動かなくなっていた。
―――
「Maïka, viens !」
クロエに呼ばれる。
この一言はもう完璧だ。
「来て!」
手を引かれるまま連れていかれた先には、大きなテーブルに整然と並べられた人形たち。
ここは――
クロエの劇場だ。
「Nous allons jouer La Cendrillon.」
演目は「シンデレラ」。
クロエは迷いなく、ボロをまとったシンデレラを手に取り、
私に豪華なドレスの継母を押し付けてきた。
私のセリフから始まる。
「Cendrillon, qu'est-ce que tu fais ?」
(シンデレラ、何をしているの?)
「Ça ne va pas du tout.」(全然ダメ!)
「Fais vite !」(早くしなさい!)
ここは何度も練習した。
甲高く、きつく言わないと、
クロエ大先生のダメ出しが飛ぶ。
おかげで、悪役令嬢としての素質が開花しそうだ。
次の転移では活用しよう。
場面転換。
今度は魔法使い。
「ビビデバビデブー」
「Il faut rentrer avant minuit.」
(12時までに帰りなさい)
「Bonne soirée.」(よい晩を)
「Il faut」は「〜しなければならない」。
優しさの中に厳しさを込める必要がある。
そして――
ここでも立ちはだかるのはR 。
rentrer も soirée も、しっかりRがいる。
舌が回らない。
「Encore, une fois.」(もう一回)
容赦のないクロエ大先生。
テイク15。
まだ納得しない。
厳しすぎる。
ここを抜けると舞踏会。
次は王子様を渡される。
会話の必要のない舞踏会は優雅に幕を閉じ、立ち去ったシンデレラを王子が探す。
私は勢いよく叫ぶ。
「Serviette!」
クロエは爆笑。
……やってしまった。
使用人は servant。
serviette はナプキン。
つまり私は今、
ナプキンを呼び出した。
気を取り直して、
「Servant !」
「Plus vite.」(もっと速く)
「Servant !」
「Plus fort.」(もっと大きく)
「Servant !」
「Encore.」
「Servant !」「Encore.」
「Servant !」「Encore.」
「Servant !」「Encore.」
無限ループである。
スパルタ演出家のクロエ大先生が絶賛降臨中だ。
そこに救世主。
ディミトリ登場。
「Servant !」
「Je suis là.」(ここにいます)
ループが止まった。
……君こそ王子様だ。
本物の。
そして、次のセリフ――。
「Cendrillon ?」(シンデレラ?)
「Ça va pas, Maïka.」(ダメよ、舞花)
「Ce n'est pas une phrase.」
フレーズ…でない?
文じゃないってこと?
大先生、要求レベルが高すぎます!
クロエがゆっくり言う。
「Où est Cendrillon ?」(シンデレラはどこ?)
なるほど。
「Où est 〜」で「〜はどこ?」
即座に脳内メモ。
私は王子様人形を握りしめ、使用人(本当は私の王子様)のディミトリに向かって 、必死に訴えかける。
「Où est Cendrillon ?」
ディミトリが答える。
「Je ne sais pas.」(知らない)
――通じた。
クロエ大先生、ストップなし。
一発合格。
気持ち良すぎる。
シンデレラを失って絶望しているはずの王子様の心は、
今、天にも昇る喜びで満たされていた。
こんなにも人形劇で幸福を感じる日が来るとは。
22歳女子、クロエ流スパルタ人形劇に目覚めました。




