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10 法則という名の希望

正午を告げる鐘が鳴り、ひとまず冠詞が詰まったパンドラの箱を棚に上げる。



「Nous allons faire un pique(ピク)-nique(ニック).」


急に知っている単語が出てきて、耳を疑った。


ピクニック?


貴族ってピクニックするの?

外に机を並べて食べること?


やはりバカンス前で浮き足立っている感が否めない。


とはいえ――

遠足みたいでワクワクする。




アントワーヌに連れられて庭園を進む。

ガーデンテーブルを通り抜け、手入れされた小川のほとりへ。


そこには、大きな布が敷かれ、

小さめのトランクとバスケットがいくつか置かれていた。


本当にピクニックだ。


しかも絵に描いたような。



パリの美術館で見た印象派の絵を思い出す。


新緑の晴れた日。

暖かな陽光の中で、華やかな衣装の人たちがピクニックを楽しんでいる。


――私は、そんな世界に来てしまったのだ。



実際のところ、思い描いていたファンタジー世界よりも、ヴァルドールはずっとアップデートされている。正装でもコルセットはつけなかったし、貴族でも地面に座ってピクニックをする。


多分、こうやって定期的にフランス人を呼び寄せていたのだろう。

ただ、様子を見る限り、ここ数十年は行われていなかったようだ。



ジョゼットがトランクを開け、食器を並べていく。

バスケットからはワインのボトルとサンドイッチが出てきた。


私はさっそく作戦を開始した。


「ケスクセ?」


サンドイッチをフランス語で何と言うのか知りたくて、知らないふりをして聞いてみる。

「C'est un sandwich(サンドウィッチ).」


サンドイッチは、フランス語でもサンドイッチだった。

ピクニックにつづき、サンドイッチもまたサンドイッチ。


ピクニック最高!!


まずはお決まりの

「Bon appetit !」

「ボナペティ!」


喜び勇んでサンドイッチにかぶりついた。




食事が一段落したところで、

私は「ケスクセ作戦」を本格的に実行した。


とにかく目につくものを手当たり次第聞いていく。


お皿 une assiette

フォーク une fourchette

ナイフ un couteau

スプーン une cuillère

コップ un verre

ナプキン une serviette

かご un panier

トランク une valise


――そして、気づいてしまった。


いつのまにか、パンドラの箱が静かに開いていた。


Un は「1」だ。

でも Un のものと Une のものがある。


…...嫌な予感がする。


私は恐る恐る仮説をぶつけてみた。


「Le panier et la valise?」


「Oui. C'est correct(正しい).」

Masculin(男性形) est un, et féminin(女性形) est une ?」

「Oui. C'est exact.」


……やっぱり。


男性形と女性形で冠詞が変わるらしい。


私はさらに聞いた。

「Alors, deux, trois?」


どうやら 2以降は変化しないらしい。

最悪の事態は回避された。

少し安心する。



英語の不定冠詞が a と an の二種類あることに文句を言っていた過去の自分に教えてあげたい。

上には上がいる。


教室に戻ると、事態はさらに混沌を極めた。

男性形と女性形の割り振りにまったく法則が見つからない。


父 le père

母 la mère


これは納得。


太陽 le soleil

月 la lune


なんとなくイメージは分かる。


デスク le bureau

テーブル la table


同じ家具なんだから、揃えておいた方が便利では?


ドレス la robe

シャツ la chemise

スカート la jupe

ズボン le pantalon


絵を見る限り、シャツはワイシャツに近い。

それでも女性形。

男性物も女性物も、どちらも女性形。

中性という概念はないのだろうか。


くつ les chausseurs

くつした les chaussettes


ここで Les が出てきた。

名詞の性別にかかわらず、複数形につくものらしい。


つまり――

複数形になったら男女関係なくなる。

迷ったら複数形に逃げればいい。


セーフティゾーンを見つけた気がした。



そして、驚くべきものを見つけてしまった。


ネクタイ la cravate

ネックレス le collier


私は思わずアントワーヌに誤植でないか確認してしまった。


誰がどうやって性別を決めているのか存じませんが、

誤解を招くような決定は今後一切やめていただきたい。


結論:イメージと性別は、あまり関係ない。


では、綴りに法則があるのだろうか。


アントワーヌ先生に質問してみる。


Masculin : -ment, -age, -oir, -isme

Féminin : -ion, -té, -ette, -ude


これが法則。

希望の光が差し込んだ。


しかし――

「Mais il y a des exceptions(エクセプション).」

例外もある。



そして先生は、微笑みながら言った。


「Il faut simplement tous mémorise(暗記する)r.」


全部覚えればいい。


笑顔で死刑宣告を受けた。

しかも即日執行。

なんて美しい死神なんだろう――。

仕事も早い。



私は決めた。「男性形・女性形被害者の会」を創設する。

なんなら会長だって引き受ける。

きっと大学では、加入希望者が殺到するに違いない。

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