第七章 秘密⑦
この日からしばらくして、ベニは鬼無里の村から姿を消した。
ある里人曰く、いなくなる前日ベニは、一夜山の登山口で一人呆然と佇んでいたという。
その姿は、まるで狐にでも憑かれているかのような様子だったそうである。
その後、村人総出で山を捜索したところ、裾花川へ落ちる断崖の樹に、ベニの帯が引っかかっているのが見つかった。
ベニは五郎兵衛と結ばれぬ運命を悲観して、裾花川へと身投げをしたのだろうと、人々は鬼無里小町の最期を憐れんだ。
そして五郎兵衛は、山見の役目を甥に譲るという形で突如辞して、山へ籠って生活をするようになってしまった。
あれだけ仲睦まじかったベニを失った哀しみで、役目にも身が入らず職を捨てたのだろうというのが、大方の見方であった。
だが無論これは、五郎兵衛たちが仕組んだ狂言である。
ベニの消息が知れなくなって数日も立たないうちに、松代から小隼人の用人が、血相を変えて鬼無里村へと現れた。
喜左衛門の座敷に上がり込むと、口角泡を飛ばして膝を詰め、
「おい喜左衛門、ベニ女がいなくなったとはどういうことじゃ?」
「さあ…。それがしに問われましても一向に分かりかねまする。ですが村の者が言うには、いなくなる前日に、思いつめた様子で山に向かって立っていたとか…」
「それでおぬし、むざむざ娘を山へとやってしまったというのか?」
「それがしはその場にはおりませんでしたので、ベニのことを止めようもございません。いなくなってからは村総出で探したのではございますが、帯が川岸にて見つかるのみで、もはやこれまでかと…」
「よくもまあ落ち着きおって。小隼人様は大層ご立腹であられるぞ。聞けば娘は、あの大日方五郎兵衛に想いを寄せていたというではないか。もし奴と駈落ちしたとあらば、許されることではないぞ」
「その様な噂があったのは、それがしも存じてはおりますが、駈落ちなどは致さぬようしっかりと釘を刺しておりました。今となってはそれが仇になったかもしれませぬが…」
「では娘が行方知れずになった責めは、おぬしにあると言っても言い過ぎではあるまい。この責めどのようにして負うつもりじゃ!?」
「それがしも元は武士なれば逃げも隠れも致しますまい。如何様な責めをも受けましょう」
「ではおぬし直々に松代へと参り、小隼人様へ申し開きをせよ。そこまでせんと、この儀もはや収まらんぞ!」




