第七章 秘密③
その日の夕飯時、久安は後で食べるからと言って自室に籠ったままだった。
鬼助と克林・新右衛門の三人で夕食を食べ終えて、いつもならそろそろ寝ようかという戌の刻、鬼助は跫を忍んで大書院へと向かった。
昼間とは違って、襖はうっすらと開いていて、隙間からは蝋燭の光が漏れ、廊下を赤い光が照らしている。
鬼助はその前まで来て、襖の隙間からそっと内部を伺った。
座敷では、久安が瞑目したまま半跏趺坐に組んで座している。
あたかも木像の如きである。
皺深い顔が、蝋燭の光に照らされて、一層厳めしく見える。
鬼助にはこの光景が、これから起こる恐ろしい未来を暗示しているようで、ひどく不気味に思えた。
「鬼助、そこにおるんだろ。はよう中に入らんか」
久安は瞑目しながらも、襖の陰から覗く鬼助の気配に気づいていたらしい。
鬼助が一礼して書院へと進み入ると、久安の面前には座布団が敷かれている。
「そこに座れ」
普段、お説教をされるときには、当然座布団など使うことはない。
違和感を覚えながらもそこへ座しても、久安は黙ったままで一向に話を始めようとはしない。
襖の外からは、虫の鳴く声が、微かに聞こえてくる。
「和尚…?」
鬼助は沈黙に耐えられなくなって、思わず声に出した。
その言葉が終わらぬうちに、久安は閉じていた眼を薄く開けて言った。
「鬼助よ、これからお前に伝えることは、誰にも言うてはならんぞ。わしとお前だけの秘密だ」
「はい……」
それから暫しの沈黙が流れた後、久安はとある物語をゆっくりと話し始めた。




