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第六章 楓と水芭蕉⑨

「ご、五郎兵衛さん…?」


 そこには木地師の五郎兵衛が、目を大きく見開いて、鬼助を見下ろしていた。

「鬼助、なんでお前がここにいる?」


「鬼助様が怪我をしていたのを偶然見つけて、あたしが連れてきたの。いつもおっとさが鬼助様のことを話してくれるから、構わないと思って」

 小屋の中に充満した不穏な空気を察して、フウが代わりに返事をした。


 その返事を聞いて、いつも表情に乏しい五郎兵衛の顔に、自嘲的な笑いが浮かんだ。

 それから落ち着いた様子で上がりかまちに腰をかけ、草鞋わらじを脱ぎながら、

「なるほどな…。いずれ分かることだったとはいえ、まさかこのような形になるとはな」

 背中を向けたままで、誰に言うでもなく語った。


 その広々とした背中を、鬼助は黙って見つめていた。

 フウは五郎兵衛のことを、確かに「おっとさ」と呼んだ。

 もし本当に五郎兵衛がフウの父なのだとしたら、この家族が山奥で生活していけることにも合点がいく。


「ベニ、鬼助にはどこまで話したんだ?」

 五郎兵衛は落ち着いた調子で、今度は母のほうに向かって話しかけた。

「まだ何も話してないよ」

「そうか……」

 それきり黙り込んで、やがて草鞋を脱ぎ終わると、

「───鬼助、いまおめえに話せることはなにもねえ」

 突き放すようにして言い捨てた。


「おっとさどうして?おっとさはいつも、おれに何かあったら鬼助様を頼るんだぞって、そう言ってたのに」

「フウ、今は余計なことは言うな」

 立ち上がって異を唱えるフウに向かって、五郎兵衛は鋭い視線を向けて制した。


「なにも隠し事をするわけじゃねえ。おれの口からは言えねえってだけだ。だから鬼助よ、寺に帰ったら、山でおれとフウに出会ったと和尚に伝えるんだ。そうしたら、和尚はこれまでに何があったか話してくれるかもしれん」


 確かに鬼助をこの歳まで育ててくれたのは久安であるから、久安に聞けば何か分かるに違いない。

 一方で、フウの口振りでは鬼助は五郎兵衛たちと直接関係があるはずなのに、それを隠そうとするのは釈然としない。


「わかったよ…」

 鬼助は力なく返事をしてから、何となくこの場に居づらくなって立ち上がった。

「おいどこへ行くつもりだ?」

「どこへって…。もうお寺に帰らなきゃ」

「まあ待て。今日はここへ一晩泊っていけ。和尚は心配するかもしれねえが、明日の朝早くにおれが寺まで送ってやるから、それなら平気だろう」

「でも…おらがここにいたら迷惑なんじゃ…」

「迷惑?誰が迷惑なものか」

 相変わらずの不愛想だが、不機嫌な様子ではない。

「ねえおっとさもこう言ってるのだから、一晩泊っていったらどう?あたしも鬼助様といっぱいお話したいわ」

 よく見ればどことなく五郎兵衛の面影がある顔に、満面の笑みを浮かべて、フウは言った。

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