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第六章 楓と水芭蕉⑧

「おっかさ、鬼助様が苦しがってるわ」

「おおそうだね。鬼助様、これはどうも失礼をしました」

 鬼助は胸から解放された反動で、地面に尻餅をついて、そのまま母と娘を見上げながら言った。

「おめえら一体何者だ?なんでおらのことを鬼助様と呼ぶ?」


「……」

 だが母娘はお互いに顔を見合わせるばかりで、何も応えようとはしなかった。

 フウには返すべき答えがないように見えるが、母のほうは、明らかに何かを隠している風であった。


「なんで黙ってるんかい?おらは一体何者なんだ…」

 これまでフウと自分は、似た者同士だと思っていた。

 お互いに心に通じ合うものがあると信じていたのに、やはり二人の間にも、目に見えないみぞがある。

 そう思うと鬼助は、何だか暗い気持ちになった。


 鬼助の悄然しょうぜんとする様子に気づいてか、

「鬼助様、こらえてください。わたしらの口からは今は何も言えないのです。どうか堪忍してください」

 母は地面に手をついて詫びた。


 その深刻な姿は、かえって不審をつのらせるが、悪気がないということは理解できる。

 鬼助はもう言葉を継げずに黙っていると、フウは微笑みを浮かべながら、手を差し伸べて言った。

「鬼助様、こんなところじゃなんだからさあ中に入って」


 フウの手に引っ張られて鬼助は立ち上がり、そのまま小屋の中へ這入はいると、内部は入口から土間が広がっており、立派なへっついもあつらえてあって、湯がふつふつと沸いている。

 上がりかまちの奥は板の間になっていて、そこには囲炉裏もある。

 この辺りは冬には雪が積もるから、それに耐えうるように小屋は作られている。


 板の間の奥にはもう一部屋あって、そこが寝所しんじょになっているようである。

 二人で暮らしていくには十分な広さで、里の百姓家なんかより、よほど住みやすそうに見えた。

 いちでなくては手に入らぬような所帯道具も一通り揃っていて、この母娘がどこからこのような物を仕入れて来るのか、鬼助は不思議に思わずにいられなかった。


 鬼助が室内を興味深く見廻していると、

「さあそこにかけてください」

 母のほうがわらで編んだ円座を寄越した。

 娘はかめから水を汲んで、鬼助の膝前に恭しく置いた。


 二人は鬼助の前にきちんと正座して、

「さて何を話したらいいでしょうね───」

 母のほうが緊張の面持ちで何か話始めようとしたその時、


「いま帰ったぞ」

 鬼助の背後で男の声がした。

 驚いて振り返ると、そこには、逆光に照らされて、厳つい体躯たいくの男が、仁王立ちに立っていた。

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