表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/84

第六章 楓と水芭蕉⑦

 森の先は広大な湿原になっていた。

 そしてその水面には、白い水芭蕉の花が、無数に咲き乱れている。

 陽の光に照らされて、白い花がキラキラと輝くその光景は、まるで極楽浄土が眼前に現れたかのようである。


挿絵(By みてみん)


「お、おら…この山にこんなところがあるなんて知らねえ…。きっと村の誰もしらねえど…。おめえはここで暮らしてるっていうんかい?」

「そう。ほらあそこで」

 湿原の対岸、フウが指さす方向には、一軒の小屋が見える。

 小屋の前には物干しもあって、人が生活しているであろうことが見て取れる。


「さあ行きましょう」

 フウは陽の光を受けながら眩しそうに笑って、鬼助のことを再び肩に担いで歩き出した。


 花咲く湿原のほとりを、ふたりは他愛のない話をしながら歩いて、やがて小屋の前まで来ると、

「中におっかさがいるはずよ。報せて来るから少し待ってて」

 そう言い残して、フウは小屋の中へと入ってしまった。


 鬼助とシロは、小屋の前でポツンと取り残された。

 フウの母親とは言うが、一体どんな人だろうと想像しながら、ぼんやりと待っていると、ややあってから、小屋の戸口が音もなく開いた。


 小屋から現れたのは、まだ三十そこそこと思われる婦人である。

 け成す黒髪を、フウと同じように一つに結んで、腰に垂らしている。

 衣服は村の農婦と異ならない粗末なものを着ている。


 その女性は、鬼助の姿を見るなり、

「フウ、何てことをしたんだい!ここには誰も連れてきちゃいけないって、あれほど言ったろう」

 と、色をなして怒った。


 ただフウはニコニコと笑ったまま、

「このお方が怪我したようだから連れてきたのよ」

「そんなことが言い訳になりますか。ここを知られてしまった以上、わたしらはもうここには住めないんだよ」

「大丈夫よ。おっかさ、このお方誰だと思う?」

「誤魔化すのはやめなさい。誰であろうと知ったことではないよ!」


 二人は容姿が似ている割に、母のほうはフウと異なり気が強いらしい。

 母は横目でジロリと鬼助を睨んで、すぐにフウへと視線を戻した。

 

 次の瞬間また鬼助の方へ向き直って、

「───ま、まさかあんた鬼助様かい!ああこんなに立派になって!」

 歓喜とも驚嘆ともつかぬ声を上げ、腕を伸ばして鬼助を胸いっぱいに抱きしめた。

「く、苦しい…」


 婦人の胸に抱かれながら、鬼助は様々な考えを巡らした。

 だが答えは何一つ出なかった。

 なぜフウの母が自分のことを知っているのか。

 なぜここまでの喜びを表すのか。

 そして自分はいったい何者なのか───

このページのイラストは、AIによって生成されたものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ