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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
おまけ
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わたくしの結婚式

 光沢のある白い布には、金の糸で隙間なく刺繍がされています。

 それとは別の、薄いレースを幾重にも束ねたヴェールは前も後ろも長すぎではないでしょうか。


 これを頭から被らなければいけないとわかって、とてもゲンナリしてきますね。

 前は見えるから問題ないと言われても、なんの慰めにもなりませんわ。


 まとわりつくような純白のヴェールをつまみながら、真っ黒いローブの男の人を見やります。

 よく飽きもせずに二十年以上、被り続けられるものだと感心しますね。


 布の重さが感じない魔法陣が刺繍されていても、鬱陶しさに小さな溜息が出てしまいました。

 式の時はまだ十五歳だからって、国民に顔を見せられないなんて……。


 ああ、王女って面倒な役割ね。




「どうかしら。こちらが王族に代々伝わる花嫁衣装なのですって」


 長すぎる裾を踏まないように気を付けながら、その場で静かに回って見せてみます。

 すぐにパアッと顔をほころばせて、薄い茶色の髪の女性が何度も頷いてくれました。


「すっごく綺麗です。ねえ、シュトレリウス様?」

「……」

「なんか言えや」

「……似合っている、と、思う」


 隣りに立っている、黒いローブのかたまりを見上げたら。

 男性の意見も聞きたいと言ったわたくしの言葉を思い出させるように、バシッとイイ音をさせながら突っ込んでいきました。


 前までは、一応、控えていた言動ですけれど。

 わたくしがいる塔の中に入ったら、すべて丸聞こえだと知ってからは遠慮をしなくなりました。


 王女であるわたくしの前でも普段通りなのは、友人という間柄になったということになるのかしら。


 それでもシュトレリウスは申し訳程度の一言だけしか発しません。

 ……本当に、家では会話をしているのかと不安になりますね。




「ローブからはこちら側が見えると聞きましたけれど、ちゃんと見えているの?」


 少し頭が揺れているような気がしただけで、こちらを見ているのかはわからないのです。

 ムスッと腕を組みながら向き直っても、また小さく揺れるだけとは、まったく……。


 結婚相手に見せるわけにはいかないからと、式に着る衣装が似合っているか、こうしてシュトレリウスとメイリアさんに確認するために来てもらったというのに。


 これではまったく参考にならないと怒るわたくしを見て、メイリアさんが申し訳なさそうな顔で黒いローブをつまんでいきました。


「普段はきちんと言ってくれるじゃないですか」


 ……あら?


「わたしよりも長い付き合いなんだから、何か言えるでしょう?」


 小さい頃からの付き合いじゃないかと言うメイリアさんに、少し戸惑っているのか頭が揺れ始めます。


「ほら。この服を見たときに言ってくれたような言葉でもいいんですよ」


 そう言って着ているワンピースをつまんだら、少し傾げるように頭が斜めになりました。


「かわいいと言えばいいのか?」

「恥ずかしいことを言うなっ!」


 ……うん。


 なんだか、とても理不尽なやり取りな気がしますね。

 そしてわたくし、もしかしなくとも惚気のろけられていたのかしら?


「いいのよ、メイリアさん。シュトレリウスが器用な人じゃないことは知っています」


 きっとメイリアさん以外を褒めることも、ちょっとの変化に気が付くこともないのでしょう。


 それでも、わたくしの五歳から十五歳までを知っているはずなのに。

 晴れ姿を見ても一言だけしかないなんて、ちょっと薄情すぎないかしら。


「いくらシュトレリウスが、メイリアさん以外は見ていないからって……」

「ぎゃおうっ!?」

「うぐっ」


 あんまりだわと一つ溜息を吐いて呟いたら、さらに追加で殴られてしまいました。


 それでも自業自得なのだからと、お腹を押さえているシュトレリウスに手を振ったら、このまま次の衣装に着替えたいと思います。


 わたくしの結婚相手は、わたくし以外の周囲もきちんと見ている人です。

 これから国の代表となるのですから、わたくし以外を見てもらわなければ、困るのですけれど。




 次の衣装を着替える前に、慌ててメイリアさんがシュトレリウスに後ろを向くようにと背中を叩き始めました。

 これも最初からでしたけれど、わたくしの衣装を作ってくれる針子には、男性もたくさんいます。


「別に気にしないわよ?」

「ダメです!」


 自分の着替えも見せないメイリアさんは、わたくしの着替えを見ることも許さないと断固拒否です。


 夫婦なのに、着替える途中は見せないなんて。

 お化粧の過程は野暮ですけれど、着替えも恥ずかしいことなのかしら。


 衣装係が困った微笑みを浮かべていることから、これはわたくしのほうがおかしいみたいね。




 シュトレリウスはいつもローブ被っています。

 視線が合っているという意識もないのですから、見られているという感覚もないのです。


「そうですか?顔はこっちを向いているんですから、常に合いますけど」

「その顔がどこにあるか、イマイチわからないのよ」


 最初に教育係だと言われて会ってから十年近く、いまだにローブの中身を見たことはありません。

 覗きこんだことはあっても、身長差があるからか、中がまったく見えないのです。


 次の衣装に袖を通しながら話すわたくしに、メイリアさんが首を傾げました。


「それも、ローブに掛かっている魔法でしょうか?」

「……たぶん」

「?」


 シュトレリウスのローブには、色々な魔法が掛かっていると聞いたことがあります。

 夏場は暑苦しい真っ黒いローブには、様々な魔法陣が刺繍されているのです。


 その一つに、許可をしていない者に覗かれても顔が見えないというものがあるのでしょうか。


「それなら、やっぱり姫みたいですね」

「……」

「??」


 この国の姫と言えば、それはわたくし以外にはおりません。

 さらに女性に使う言葉を、シュトレリウスに言うメイリアさんは今日も意味がわかりませんね。




「さあ、これがパーティで着る衣装よ」


 わたくしの瞳の色と似ている、深紅のドレスを着せて見せました。

 こちらは白金プラチナの糸で縁取ふちどりをされていることで、わたくしの相手が誰なのかを知らせる意味があります。


 また違う表情で蜂蜜色の瞳を輝かせたメイリアさんが、わたくしが持ち上げた裾の糸を見て微妙な顔をしてしまいました。


「リュレイラ様の瞳と同じ、綺麗な深紅の総レースのドレスは素晴らしいです。金の髪にも合っていますけれど……」

「わかっているわ。でもこれが、この国の伝統なのだから仕方ないでしょう」


 女性ならお相手の、髪か瞳の色の糸をドレスに刺繍すること。

 男性はお相手の、髪か瞳の色の何かを身に付けること。


「デーゲンシェルムは婿養子になりますからね。それでも白金プラチナの髪に金の縁取りをした衣装、深紅の花を胸に差したらわたくしよりも目立つことは仕方がないわ」


 本来なら男性が、衣装に刺繍をすることはありません。

 けれど相手の家に入るということで、デーゲンシェルムの衣装には、わたくしの髪と同じ、金の糸で刺繍がされることになっています。


「また似合いそうなところが小憎たらしい……」

「見た目は良いですからね」


 チイッと舌打ちをしそうなくらいに顔を歪ませたメイリアさんが、小さく呟いた言葉に賛同するように頷きました。

 普通なら気後れする金の刺繍も深紅の花を飾ることも、嬉々としてやり遂げる人で、助かるような少しくらい躊躇してほしいような……。


 いえ。王女という立場のわたくしに、普通に接してくれていた数少ない人物です。

 多少中身がアレでも、言動に頭が痛くなっても許容範囲です。


 そもそもわたくしは、何度となくお父様に確認されても「退屈しなさそうだから別に問題ない」という返事をして今に至りますしね……。


 お断りをしようと思えば、いつでもできたのです。

 八歳も違うのですから、デーゲンシェルムにだって選択の余地はありますし、あちらのほうが先に決断をしなければ婚期を逃してしまうでしょう。


 いつ産まれるかもわからない白金プラチナの魔法使いなら、結婚相手はそれこそいくらでもいます。


「いえ、あの・・中身を知って嫁ごうって思う人なんて一人もいませんよ」

「そうだな」

「……」


 ブンブンと手を振ったメイリアさんが真剣な顔で正論を言っていきます。

 わたくしの衣装については口にしなかったシュトレリウスも、間髪入れずに賛同し、さらにしっかりとわかりやすく頷きました。


 わたくしの結婚相手とは、つまるところそういう・・・・人なのです。


 わかっていましたが、改めて言われると頭を抱えたくなりますね。




 結婚式当日、それでも逃げも隠れもせずに試着をした衣装を着てその時を待ちます。


「リュレイラ、今からでも間に合うけど?」


 少しうかがうような視線を向けたお父様が、まだ引き返せると伝えてくれます。

 けれどわたくしに、その気は最初からないのです。


「平穏な生活など、わたくしは求めておりません。それに、何があってもデーゲンシェルムなら逃げないで隣りにいてくれると断言できます」


 国の代表が、国民を置いて逃げるなどあってはなりません。

 不祥事でも戦いで負けることになっても、首を跳ねられる瞬間まで。


 そう。どんな時・・・・でも・・、わたくしと共に生きられる人でなければ駄目なのです。


 わたくしよりも濃い深紅の瞳を向けていたお父様が、小さくフッと微笑みました。


「そうだね。デーゲンシェルムなら何があっても逃げることはない。それは保証しよう」

「ええ、お父様」


 国の代表たるもの、最期のその時まで倒れてはいけないのです。

 そして、どんな状況になっても楽しめる人ではないと。


「ふふ。お父様、とっても良い相手だと思わない?」

「リュレイラとの付き合いを、最初から楽しんでいる人はなかなかいないからね」


 ニヤリと視線を合わせて、気の毒なのはどちらかしらと。

 わたくしは口の端を上げ、お父様は片眉を上げてこたえました。




「国王様、王女様。準備が整いました」


 控えめなノックとともに、出番が来たのだと呼ばれます。


「今行く」

「ただいま向かいますわ」


 カタリと椅子から立ち上がり、差しのべられた手に手を重ねて一歩ずつ扉に歩みを進めます。


 扉の向こうには国民たちが集まっている、大きなバルコニーへと続く廊下があります。


 ふと、同じ金の髪と深紅を持つわたくしとお父様の姿が窓に映り、ずいぶんと身長差がなくなったことにも気が付きました。


「どうした?」


 わたくしは、次の春には十六歳になります。

 それが、どういう意味を持つのか……。


 ちらついていた雪がやみ、代わりに日差しが降り注いできます。


 冬の厚い雲の合間から覗く日の光に雪が反射をして、いつか見た、あの虹のように七色に輝き出しました。


「まあ!」


 これからの、新しい二人の人生に祝福をしているようではありませんか。


「……シュトレリウスかな?」


 気の効いたことの一つも言えない、無口な真っ黒い魔法使いを思い浮かべながら。

 同時に、「勝手に魔法を使うな」と怒っているだろう妻に小さく微笑みました。


 顔を上げ、しっかりと前を向いて歩き出します。


 専用の塔に閉じ込められるような生活も、何不自由なく過ごせたことも。

 この先の長い人生を思えば、とっても短くあっという間の日々だったことでしょう。


 ……願わくば、この先も退屈のしない毎日が待っていると嬉しいわね。


 それは自分次第だと、きっとわたくしの夫は言うのでしょうけれど。


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