兄で弟
「いい加減、起きなさいっ」
「ぎゃあっ!?」
とっても良い夢を見ていたはずなのに、今日も母上に起こされて朝が始まってしまった。
……もうちょっとで、良いところだったのに。
目が覚めたらどんな夢を見ていたかは覚えてないから、どう良かったのかはわからないんだけれど。
国王様からもらったっていう、大きなベッドの上にはもう一人いて。
パッチリとした少しツリ目がちな蜂蜜色の瞳を向けながら、「やっと起きた」と今日も呆れた顔をしていた。
「おはよう、レミリオ」
銀の髪をまぶしく輝かせた、ぼくの片割れが挨拶をしてきた。
ぼくはまだ眠い目をこすりながらも、おんなじように挨拶を返す。
「おはよう、ジュリエラ」
目元も色も違うのに、みんなは「そっくりね」とぼくたちに言う。
どこが似ているんだろうと不思議に思っていたら、もう一人の声が響いていった。
「ほら、起きたなら支度しなさい」
母上がぼくたちをベッドから追い出すように、布団を勢いよくはがしていった。
「「はーい」」
ベッドから飛び出して、今日はお城に行く日だったことを思い出す。
「母上、今日はお城に行くんだよね?」
カーテンと窓を順番に開けている母上に尋ねたら、少し上を見てから頷いてくれた。
「そうだよ。今日はジュリエラと一緒の部屋で、魔法に対する耐性があるかどうかのテストをするって言ってたはず」
「ふーん、わかった」
「今日は一緒なんだ。やったぁ」
両手を挙げながらぴょんっと飛んだジュリエラが、いつもは別な部屋なのにと喜んでいく。
ぼくは服のボタンを留めながら、魔法の耐性っていうのは何をするんだろうと考える。
「痛くないなら、いいよ」
いまのところ、お城でしていることは質問に答えたり、紙に書いたりっていうものだから、痛いことはないんだけど。
文字ばっかりたくさん並んでいる紙を見ると、ちょっと眠くなるから困るんだよなあ。
着替えながら呟いたら、おんなじ顔に微笑んだ二人が拳を握りしめた。
「わたしの子供を痛くすることがあったら全員ぶん殴る」
「レミリオを痛めつけるヤツは、わたしがぶっ飛ばす」
「……そういうの、今のところはないから」
一応、国の上層部の人と一緒だと知っているはずなのに。
そんなの関係ねえ二人は、相手が誰でも容赦はしないと言い放つ。
最後のボタンを留めながら、微笑んでいる表情なのに目元は笑っていない器用な二人に向き直った。
「今日は新しいことをするなら、母上も一緒でしょ?」
「わたしもよく見ておくけど、変なことがあったらすぐに言うのよ」
「うん、わかった」
最初にお城に行った時から、初めてのことをする日は、必ず両親に説明をしながら受けることになっている。
だからぼくもジュリエラも、妙な人体実験とか血を抜かれるとか、そういう変なことはないって知っている。
「最初だけで、いつも一緒なわけじゃないからね」
母上は自分が魔法使いじゃないから、具体的に何をして、それが身体にどういう影響を受けているかは知らないからと。
ちょっと残念そうな溜息を吐きながら、魔法を使うと寿命が縮まることと同じくらいに心配している。
「国王様から頼まれている人しかいないんだよ?ぼくたちに変なことしたらどうなるか、わかっている人ばかりだよ」
キュレイシーのおじい様は、国王様と取っ組み合いの喧嘩をしたことがあるらしい。
おばあ様は、父上と同じ魔法使いの人を何度も殴っている。
母上はもっとひどくて、父上は蹴り飛ばされて殴り倒され、かなり偉いはずのファウム家のおじい様と叔父さんにも容赦なく拳を向けている。
もう一人の魔法使いに至っては、会うたびに殴るから挨拶になっているくらいだ。
そんな母上を知っていて、ぼくやジュリエラに何かしようと思う人なんて。
この国にはきっと、誰一人としていないだろう。
今日もはねている髪を整えながら、安心するようにと母上に言っておく。
「今は母上がいるから何もされないけど、ぼくしかいなくても頑張ってジュリエラを守れるようになるよ」
どうしたらおばあ様や母上みたいに、えぐり込むような拳を繰り出せるのかはわかんない。
いつまで一緒にお城に行けるかも、わかんないけれど。
魔法が使えなくても役に立つってわかったら、きっとぼくもお城で働けるんじゃないかな。
「父上やリュードに体術も教わっているんだ。魔力がなくても、護衛とかできないかな?」
ぼくの言葉に、ジュリエラと母上がおんなじ蜂蜜色の瞳をパチパチッと瞬かせた。
「レミリオもお城で働くの?」
「だって、ジュリエラは絶対にお城でしょ?別の部屋になっても同じお城の中にいれば、何かあったらすぐに駆けつけられるじゃないか」
だから走りも頑張っていると話したら、それはいい考えだとジュリエラが喜んでくれた。
ジュリエラはすぐに賛成してくれたけど、母上は何かを考えているような、ビッミョウな顔をしているなあ。
そりゃあ、まだまだ全然、強くもないし役にも立ってないけれど。
「そうじゃなくて。……たぶん、レミリオはジュリエラの助手になりそうだとは思う。でもこればかりはわからないから」
「助手?」
「シュトレリウス様は無詠唱だからいないけど。魔法使いには必ず一人、書記というか、どんな魔法を使ったか書き留める人が就くんだって」
支度が終わったぼくたちは、手を繋いで食堂へと歩いていった。
その途中で母上が話してくれた内容が本当なら、ジュリエラの助手になれる人は、ぼく以外にいないってことがわかる。
小さく微笑んだ母上が、頭を撫でながら今度こそ頷いてくれた。
「まずは今日するっていう、魔法の耐性テストに合格しないといけないね」
「わかった。頑張るよ」
「レミリオなら、大丈夫だよ」
だってお腹にいるときから、ずうっと一緒なんだもん。
「でしょ?」
「うん」
テストに合格したら、今以上に綺麗に素早く文字を書く練習と、詠唱の言葉を覚える勉強が増えるのかな?
それはちょっと眠くなりそうな内容だけど、ジュリエラを守るためには、これくらい頑張らないとね。
せっかく髪を整えたはずなのに、やっぱり後ろがはねてるなあ。
「ジュリエラみたいに結べれば、誤魔化せるんだろうけど」
それは無理だから、次は少し濡らしてみればいいかな?
ガタガタと揺れる馬車の中で、髪をつまみながら考えるぼくに。
きょとんとしたジュリエラが、自分の髪をつまんで首を傾げた。
「でもレミリオのほうが、サラサラの髪なんだよ。それなのにはねるって、よっぽど頑固なのかな?」
「うーん、そうかも」
そもそもジュリエラみたいに、あちこち転がった寝方はしていないはずなのに。
毎朝毎朝どうしてこんなに、はねるんだろうか。
「帽子でもかぶる?」
「そうすると、ぺしゃんこになるからみっともないよ」
はねは直っても、空気が抜けたようなぺしゃんこの頭になってしまう。
ジュリエラみたいに量が多ければ、そんな心配もいらないんだろうな。
「うーん……困った」
「うん、困った」
今日は終わったら、国王様とお茶をする予定なんだよなあと呟きながらも、まあいいかと気にしないことにする。
だって毎日はねてるもんね。いまさらだよ。
馬車が止まって、大きな真っ白い建物の前にぼくたちは降りた。
いつ見ても、大きな建物だなあ。
「大きいよねえ。何人くらいがいるんだろう?」
ぼーっと見上げているぼくの隣りで、ジュリエラもおんなじことを呟いていく。
「たくさんってことしか、わかんないね」
「わかんないね」
今日のテストの結果によっては、いつも途中で左と右に別れていたぼくたちが、手を離すことはなくなるんだ。
「あれ?」
もしかしなくても、これからするのって必要のないテストじゃないかと気が付いた。
「だって魔法の耐性って、ぼくたちは毎日、魔法に囲まれてるよね?」
心配性の父上は、ぼくたちが産まれたときに、さらに強固な守りの魔法を家に掛けたらしい。
その前から母上のネックレスを通じて、周りの人に見つかりにくい魔法を掛けていたんだから、ぼくたちはお腹にいる時から魔法に囲まれていたってことになる。
廊下で呟いたぼくの言葉に、母上は「ああ」と納得して、父上も小さく頭を揺らしていった。
「そもそも、わたしと一緒にお腹にいた時点で、耐性があるってことになるよね?」
「うん」
魔力を持ったジュリエラと同じお腹の中にいたぼくに耐性がなかったら、きっと産まれてもいなかっただろう。
それでもテストはするらしく、椅子に座らされてしばらく待つことになった。
何をするんだろうと話しながら待っていたら、国王様とお茶をする時間だと言われてしまった。
……テストはいいのかな?
忙しい国王様を優先させたのかなと首を傾げながらも、手を繋いでテストの中身を話し合う。
「んー……攻撃系の魔法を向けられるとか?」
「そんなことをするヤツはぶっ飛ばすって言ったでしょ」
「じゃあ、それはないね」
魔法に拳で立ち向かうとは、母上には怖いものとかないのかな。
父上もお城以外で使わないようにしているからか、家族に二人も魔法使いがいても、魔法はそんなに身近じゃない。
長い詠唱を間違えずに言わないといけないから、体力も必要なんだと白金の髪の胡散臭いほうの魔法使いに聞いたことがある。
無詠唱の父上には関係なさそうだけど、母上を軽々と運べるから、男としても腕力は必要だよね。
まだ薄い胸板と細い腕を見ながら、国王様がいるという部屋に入っていった。
「こんにちは!」
「やあ、いらっしゃい」
いっつも微笑んでいる表情と同じく、金の髪がとってもまぶしい。
キュレイシーのおじい様は断固拒否しているけれど、国王様もぼくたちのおじい様になるらしい。
父上を小さい頃から面倒見ていたからって言ってたけど、それなら執事で庭師のリュードもおじい様にならないかな?
メイドのユイシィはまだ若いから、おばあ様っていうよりお姉ちゃんにしておこう。
女性に歳を言うと怒られるんだ。
怒鳴るんじゃなくて、ただまっすぐ、とても綺麗に微笑まれる。
思わずおばあ様のとても怒った顔を思い出して身震いしながら、ゆっくりと部屋を横切っていった。
国王様の前に四つ並べられた椅子に、ぼくたちは順番に座ることにする。
紅茶とお菓子が並べられたお茶会は、いつもとっても楽しくて美味しいんだ。
今日は王女様はいないみたいだけど、結婚式の準備で忙しいのかな?
ぼくたちも参加できるって聞いて、ジュリエラと喜んだのに。
父上は他の人にぼくたちを知られたくないみたいで、ホールに降りることは却下されてしまった。
「シュトレリウスはずっと過保護だねえ」
カップを置いた国王様が、そんなに心配しなくてもいいのにと笑い飛ばす。
今も真っ黒いローブを被っている父上は、ちょっとだけ頭を揺らして戸惑っているみたいだ。
「勝手に魔法を掛けないでください」
「……」
どうやら、もっと強固な魔法でぼくたちを守れば大丈夫だと思ったらしい。
呆れながら母上が窘めて、変なことに魔法を使うなと怒っていく。
「今からそれじゃあ、レミリオもお城に通うようになったら泊まり込みそうだな」
「え?」
呆れた溜息を吐いた国王様は、サラッとぼくも通うことを話していった。
「さっき待っていた部屋は特殊な場所でね。普通の人は入れもしないのに、あれだけ寛げたなら合格だよ」
ぼくは無事に耐性テストに合格したと、一つ頷いた国王様が教えてくれた。
「お腹の中から一緒だし、あの家の中にいられるなら当たり前だろうけど。……ええと、それでジュリエラの書記兼管理兼補佐兼……つまり、相棒っていう仕事内容かな」
なんだかとっても長い役職を言われてしまって混乱してくる。
けれど蜂蜜色の瞳を瞬かせたジュリエラが、小首を傾げてきょとんとした。
「それって、今までとおんなじってこと?」
「うん、そうだね」
ここにジュリエラを守る“剣“っていうのも付け加えられるように、頑張らないといけないな。
よしっと拳を握ったぼくに、いつかみたいに国王様が手を伸ばしてきた。
「魔法の詠唱を間違わないように、ジュリエラと一緒に勉強をしよう」
「「はい!」」
片手は挙げて、もう片方の手は伸ばされた手にジュリエラと重ねて。
いつでも挨拶が大事だと言われている通りに、元気よくぼくは了承の挨拶をしていった。
ぼくが男の子に産まれたのは、ジュリエラを守れるようになんだから。
魔力がなくても、詠唱を全部覚えて頑張るんだ。




