姉で妹
「おあよう」
「……」
まだ眠い目をこすりながら、隣りで眠っている片割れに挨拶をする。
「ふあぁぁ……」
「……」
息をしているのか心配になるくらい、すやすやと眠っているなあ。
起きる気配がまったくない隣りから視線を上げて、今日も暑くなりそうだと思いながら一つ伸びをした。
わたしはジュリエラ。
ジュリエラ・ヴァン・ファウムがわたしの名前。
今も隣りで寝息もたてずに眠り続けている人は、わたしの片割れ。
だってずうっと、お腹の中から一緒にいたんだもん。
だから五歳になった今でも、こうして同じ部屋の同じベッドで眠っている。
このベッドは出産祝いにと、国王様が贈ってくれた物らしい。
一体、何歳まで一緒に眠れば窮屈になるんだろうってくらい、横も縦もとっても大きい。
五歳のわたしたちが半分も使っていない大きいベッドの上で、もう一度、気合いを入れながら伸びをした。
「んーっと!」
「……」
「いい加減、起きないの?」
「……」
わたしが起きてからも、いつも通りに動く気配がない隣りを見やりながら。
「っていうか、なんで動いてないのにいっつも髪がはねてんの?」
もしかして、わたしが眠っているときに動いているのかな。
朝日に反射してもっと薄く見える茶色の髪が、今日もあちこちはねていた。
「……」
「……」
寝返りすらしない隣りの片割れは、やっぱり起きる気配がない。
お母様がいつも呆れながら、「起きろ」って言う気持ちがわかる。
いい加減、そろそろ起きろや。
自分の銀の髪をつまみながら、どうしてここまで違うんだろうと首を傾げる。
髪も瞳も両親の色と同じだから、いいんだけれど。
「……」
「……」
全然ちっとも動かない、相変わらずすやすや眠っているのは、わたしの片割れ。
今はつむっている瞳を開けると、お父様と同じ紫色がのぞくの。
でも、瞳の色と同じでわたしたちの目元は違う。
だってお父様は細くてツリ目だけど、レミリオは大きくてくりっとしたタレ目だもん。
わたしは……うーん、お父様とレミリオの間かな?
お母様と同じ蜂蜜色の大きなくりっとした瞳で、ちょっとだけツリ目だ。
瞳の色も目元も違うのに、いつも言われる言葉を思い出して首を傾げる。
「ここまで違うのに、どうしてみんなは”そっくりね”って言うんだろう?」
わたしは銀の髪に、蜂蜜色のツリ目で女の子。
レミリオは薄い茶色の髪に、紫色のタレ目の男の子。
ずうっとお腹の中にいた時から一緒だから、「そっくり」と言われることは別にいい。
それでもどこが似ているのかわかんないから、今日も隣りを観察しようっと。
まずは髪だよね。だって眠っているから、瞳はこじ開けないと比べられないし。
自分の髪と眠ってる薄い茶色の髪をつまんだら、先にサラッと柔らかく指先からこぼれていった。
「むっ!?」
……おかしい。お母様はいつも、お父様の髪のほうがサラサラだって言っていたのに。
お父様と同じ銀の髪はわたしなんだから、サラサラ具合もわたしが上のはずだ。
ゴロンとベッドに寝転んで、もっと近付けたら。
今度は一緒に編み込んでみることにした。
レミリオの髪は短いからか、すぐにほどけてわからなくなってしまった。
ちぇ……。
パッと髪から手を離しついでに、そのまま大の字になってやる。
髪を引っ張ったというのに眠り続けている隣りに顔を動かしたら、やっぱりすやすやと眠ったままで。
……なんだか、起きているこっちがおかしくなってくるなあ。
朝になったら目は覚めるものでも。
こんなに気持ち良さそうに、眠っている人が隣りにいるのだ。
それならと布団を掛け直して、わたしも寝直そうと瞳を閉じた。
ああ、そうそう。
寝顔が特にそっくりだと言われるんだった。
起きている時はツリ目なのに、眠るとタレ目になるらしい。意味がわからない。
けれどお母様は嬉しいらしく、一緒に眠っていたときは、じいっと見つめる視線を感じて起きれなかったことが何度もあった。
それなのに、「早よ起きんか」って怒られるのは理不尽って言わない?
まあいっかと、ふかふかの布団に潜りこんで。
暑くても寒くても、いつも通りに隣りとピッタリくっついたら。
朝でも関係ないもんと眠ることにする。
「……関係ない訳があるかっ!」
「ぎゃっ!?」
「起きなさい。何時だと思ってんの、二人とも」
せっかく、ウトウトとしてきたところだったのに。
あったかい布団がはがされて、眉を吊り上げたお母様が起こしに来た。
「毎朝、毎朝……いい加減、起きなさいっ」
「はーい……」
ちぇ、せっかく気持ちよかったのに。
ふかふかの布団を取られたことで、不貞腐れながらも起き上がる。
っていうか、ちょっと前に起きたしね。
知らないお母様は、「寝起きの悪さはシュトレリウスそっくり」だと、ぶちぶち文句を言っている。
はがしたお布団を足元に丸めたら、今度は部屋の窓を開けていった。
「寒っ……あれ、寒くない?」
「もう夏が近いからね。ちょうど良いでしょ?」
開け放たれた窓から風が入って、いくら天気が良くても寒いだろうと縮こまったのに。
控えめに髪を揺らした風は、ふんわりと暖かかった。
「ジュリエラは先に着替えて」
「はーい」
「室内にしかいないだろうけど、薄めの服がいいかな」
「はーい」
そのまま窓を順番に開けながら話す、お母様の言葉を聞きながら。
ようやくベッドから降りて、服が並んでいる扉を開いていった。
うーん……暑くなるなら、見た目も涼しい服がいいかな?
青と黄色の服をつかんで、どっちがいいかなと鏡の前であてていく。
青なら一つで、黄色なら二つに髪をまとめたほうが絶対にかわいいんだよね。
「お母様。髪はー?」
窓を開けて風が入っても、身動ぎ一つしないベッドの上を睨んでいたお母様に、髪はどうまとめてくれるのかと尋ねてみる。
……っていうか、まだ寝てたんかい。
それこそ毎朝毎朝、どうしてここまで眠り続けられるんだろうか。
もしかしてお腹の中にいた時から、あんまり起きていなかったのかな。
呆れた顔をしているお母様も、きっとそう思っているのかも。
でもわたしは最初、自力で起きていたんだからね。
一緒にするなと主張したら、二度寝すんなと怒られた。
それもそうか。
「それで、髪は?どういう髪型にするかによって、どっちの服にするか決めたいんだけど」
色も柄も形も違う、二種類のワンピースを持ち上げて。
青なら一つで、黄色なら二つがいいと言っていく。
「ジュリエラの着たい服に合わせて髪はまとめるから、まずは服を着なさい」
「……決められないから、聞いてるのにぃ」
どっちでもいいよと言うお母様に、ちょっとだけ唇を尖らせた。
こうしてわたしに選ばせてくれるのはいいけれど、また考えなくちゃいけなくてとっても困る。
二種類の全然違うワンピースを交互に見て、なんだかわたしとレミリオみたいだなあと小さく微笑んだらお母様が怒鳴っていった。
「いい加減、起きなさい!」
「ぎゃっ!?」
最終的に耳を引っ張られたレミリオは、慌てて飛び起きて。
それでもどうして自分がここにいて、どうしてお母様もいるんだろうかっていう不思議な顔でキョロキョロし出した。
「おあよう、ジュリエラ」
「……おはよう、レミリオ」
しばらくぼおっと、キョロキョロしていたレミリオは。
わたしを見つけたら、へらっと笑った。
あ、代わりにお母様の眉が吊り上がる。
「寝ぼけているんじゃない。起きたなら、支度をしなさい」
「はーい」
今日も豪快に、はねさせている頭をそのままに。
ようやく眠り続けていた片割れも起き上がっていった。
「まったく……毎朝毎朝。着替えたら、顔を洗ってから朝食だよ」
「「はーい」」
同じように手を挙げながら、お腹も一緒に鳴らしていく。
そうだ。起きたら美味しい食事が待っているんだった。
それなら早く着替えなくちゃと、急に動きの良くなったレミリオに向き直る。
「ねえ、レミリオ」
「今日は黄色がいいんじゃない?」
「わかった」
黄色いワンピースは、裾のところに白い花とレースが並んでいるところがお気に入りなのだ。
青いワンピースは、胸元と肩にリボンがついているところが気に入っている。
どっちも同じくらいのお気に入りだと知っているレミリオが、ワンピースをつかんだまま着替えようとしないわたしに、アッサリと黄色がいいと言ってくれた。
それなら、今日は黄色にしようっと。
青を片付けて黄色を着ていくわたしに、着替え終わったレミリオが振り返る。
「ジュリエラが黄色なら、ぼくの緑とおそろいでしょ?」
ほらっと手を広げたレミリオが選んだ緑の服の裾には、ちょっとだけ白いフリルが並んでいる。
……レースとフリルは違うって、前に教えたはずなのに。
それでもニコニコと嬉しそうに微笑むから、同じってことにしてあげよう。
「そうだね、おそろいだ」
「髪型は、おそろいにできないけど」
微笑んでいた顔をちょっと歪ませて、薄い茶色い髪をつまみながら「結べない」と言ってくる。
長さが足りたら、二つに結ぶ気だったの?
黄色いワンピースの時は、いつも二つに結んでもらっている。
想像したらおかしすぎて、ボタンを留めている途中で吹き出してしまった。
「あははっ!それなら本当におそろいだ」
「でしょ?」
ちょっと楽しそうだよねと言う言葉の、どこまでが本気かわからないけど。
わたしが笑ったことで、レミリオももっと微笑んだ。
「やっと笑った」
「え?」
「早く着替えて、朝食を食べよう」
「うん」
ちょっとまだ、拗ねていることに気が付いたみたい。
言わなくても気が付くのはレミリオだけって、こういうところも双子だからなのかな?
「今日は一緒にお城だね」
「でも、途中でお部屋が分かれるんでしょ?」
「それまでは一緒でしょ?」
「うーん、仕方がない」
手を繋ぎながら廊下を歩いて。
双子なのに、お腹の中からずうっと一緒なのに。
どうしてわたしには魔力があって、レミリオにはないんだろうと不思議に思う。
おんなじ角度に首を傾げたレミリオは、もう一度、自分の薄い茶色の髪をつまみながら。
「今はその研究をしているところだから、もしかして、ぼくも魔法が使えるかもよ?」
ニコリと微笑んだレミリオが、双子なら髪の色が違っても魔力があるのでは?という大人の疑問に付き合うために、こうして一緒にお城に通っている。
一緒に行けることは、とっても嬉しいことだけど。
おそろいだったら、やっぱり嬉しいけれど。
「ありそう?」
「うーん、たぶん」
「……」
呑気にへらっと笑ったレミリオのビッミョウな返事に、ガクッと肩を落としていった。
「魔力があったらわたしとお父様とおそろいだけど、それでもお母様は使えないんだもんね」
使えるなら使いたいと、お城の図書館にも行って、色んな本を読んでいるお母様だけど。
魔力は生まれつきと髪の色で決まるらしく、少しつまらなそうにしていることを知っている。
自分の銀の髪をつまんで、「魔法使いが産まれたからいいけど」と言っていたことも知っているわたしは、いつもちょっとだけ複雑だ。
見た目が両親と半分こなら、魔力も半分こしてくれればいいのに。
でもそれは半分ことは言わないかと、変な顔をしてしまったわたしの手が、ぎゅっと握り直された。
「そういうことを、いま調べているんだよ」
「うん……」
お父様とおんなじ紫色の瞳が、じっとわたしを見つめている。
お腹の中から魔法使いと一緒だからって、研究されているのは嫌だけど。
「ぼくが魔法を使えても使えなくても、どっちでもぼくだし」
「うん」
二人が魔法を使えても使えなくても、どっちでもいいと言っていたお母様の言葉も思い出しながら頷いたわたしに。
いつもの、ニコニコした顔をレミリオが向けてきた。
「お腹ペコペコ。早く食べよう」
「うん!」
よくわからないことは、置いておいて。
手を繋ぎながら、両親とリュードとユイシィが待つ食堂へと走っていこう。