五話:湯船の中で
実家に行ったときは、久しぶりなわたしにべったりだった弟妹だったけど。
まだ二回しか会っていないのに、もう慣れたのか買い物をしている最中はシュトレリウスにべったりだったんだよね。
……それはわたしのだって、下の弟妹に言うのはなんか恥ずかしいから、そのまま両親と一緒に見守っているだけだったけど。
やっぱりもっとくっつきたくなったから、お風呂に入ろうって言っただけなのに。
ついでに、家族が帰ったら大丈夫だと言ってしまったことも。
帰った途端に、「じゃあ、しようか」って言うのはとんでもなく恥ずかしい。
と、いうことでのお風呂なんだよと説明するのも恥ずかしいから、いつも通りに「いいから入るぞ」と引っ張っていくことにする。
「こっちのほうが……、いや。やっぱりこのほうがレースとリボンのバランスがいい気がする」
「何してんの、ユイシィ」
今日はいつもの浴槽の準備はいらないと言ったら、なぜか今まで買いこんできた寝間着を並べてぶつぶつ呟き始めた。
なんだ、そのバランスって。
シュトレリウスといいユイシィといい、意味がわからん。
「だってお部屋についている、このお風呂に二人で入るのでしょう?つまり目の前で着替えて見せた物を、いかに脱がせたいと思わせるかがポイントではないですか」
「ぬっ!?」
きょとんとした顔で、な、なんということをサラッと言い放つんだ。
この、ハレンチメイドめっ。
「あ、これは男性の意見も訊いたほうがいいですよね。リュードに……」
「そんなことは訊かなくていい、訊かなくて!!」
そもそも、執事とメイドが選んだ寝間着を着てさらに脱がせるとか。
意味がわからなすぎる上に、恥ずかしいっていうレベルじゃない。
そ、それに、やっぱり家族が帰ったんだから、”じゃあ”っていうのも、かなり恥ずかしいから考えないようにしていたのに。
真っ赤になったまま追い出して、お風呂の支度もその後も気にするなと言い切って背中を押してやる。
「何を言っているんですか、奥様。ここで旦那様を押し倒さないと!」
「ユイシィこそ、大声で何を言っとるんだっ!!」
まったく、メイドのヤル気があり過ぎる。
そ、そりゃあ、かなり随分、お待たせしてしまった夫婦だけれど。
そういう気の使い方は、かえって緊張するからいらないと言って無視をして。
静かになった寝室の隣りの書斎にいるシュトレリウスに、お風呂の支度ができたと伝えよう。
平常心だ、平常心。
「シュトレリウス様、お風呂の準備ができましたよ」
「わかった」
今まで使ったことがなかったから、ユイシィと一緒に念入りに洗ったりして時間が掛かってしまったけれど。
いつもの石鹸も用意したし、寝間着もその、一応決めたから、これでいいよねと扉が開いて思い出す。
待てよ。
書斎の扉は音と衝撃を吸収する魔法が掛かっていると言っていたけど、部屋の中の音はなんて言っていたっけ?
控えめに書斎から出てきたシュトレリウスは、真っ黒いローブを被っている。
さらに若干、視線がさ迷っている気もするし、なんならとっても気まずい雰囲気だ。
……つまり。
「今の会話、聞こえていました?」
「……」
小さく、本当に小さくだけど。
横ではなくて縦に首を動かしたことからも、バッチリ聴こえていたらしい。
「……」
「……」
真っ赤になって固まるわたしに、ローブ越しでも気まずくなっていることがわかる。
だだだって、脱、脱がすとか押し倒すとか、なんかちょっと気まずいってレベルじゃないくらいに恥ずかしいことをいっぱい話していたし。一方的にだけれど。
「……お、お湯が冷めるので、はい、入りましょうか」
「そうだな」
真っ赤になったままだけど、さらに俯いたままだから、声も小さくて聴き取りにくいかもしれないけれど。
それでもローブをつかんで入ろうと言うわたしの頭を撫でて、視線を合わせないまま浴室に向かうことになった。
ああ。朝も抜けたけど、今も恥ずかしさで腰が抜けそうだ。
あれだ。こういうときは気合いで乗り切ろう、うん。
「……」
「……」
朝の着替えのときも、後ろを向くようにと言ったからか。
今も背中を向けながら、自分の服は自分で脱いだらことさら丁寧に畳んでいく。
うぅ、やっぱりかなり恥ずかしい。
「……」
「……」
タオルは巻いて入るけど、視線は相変わらず合わないし背中は向けたまんまだし。
何より、なんと言っていいのかもわからないからお互いが無言だ。
泡風呂とか、庭の薔薇を浮かべて入浴剤代わりにするとか色々考えてはいたんだけど。
いざ一緒に入るとなると、別な気恥ずかしさが襲ってきてうまく洗えない。困った。
「……」
「……」
ええと、全身無事に洗い終わったね。
……ええと、これから一緒に浴槽に入るんだよね?
このまま洗い場で固まったままでは、さすがにわたしが風邪を引く。
でもたぶん、また腰が抜けていないか、わたし?
つまり動けないってことで、でも冷えてきたからお風呂に入りたい。
なのになんて言っていいのかわからないから、とりあえず、後ろを振り返って朝みたいに手を伸ばそうか。
「ひゃっ!?」
湯気で熱い浴室で、グルグルと考え過ぎたからか。
馬車に酔ったときみたいに、ぼうっとしてきて倒れそうになる直前に、ふわっと身体が浮くような感覚になった。
「あ……ありがとう、ございます」
無言のままだけど、シュトレリウスが抱えてそのまま浴槽に運んでくれたみたい。
洗うためにタオルを取ったから、巻いていなくて素肌が触れているところは考えないようにしよう。
ぎゅっとしたまま温かいお湯の中で、お布団に包まれているみたいにふわふわしてきた。
やっぱり、ここは気持ちがいいな。
「……」
「……」
浴槽に入っても無言のままだけど、さっきとは違って、ちょっとホッとしたような空気になっている。
今は濡れている銀の髪は、前髪が長くなっているからか、後ろに全部かき上げたみたいで紫色の瞳が見えていた。
あ、洗ってるところを見なかったな。でもたぶん、そんなに特殊な洗い方ではないはず。
じゃあやっぱり素材の差なのかとがっくりするわたしに、具合でも悪いのかとシュトレリウスが覗きこんできた。
「のぼせたのか?」
「さっきは酔ったみたいな感覚でしたけど、今は大丈夫です」
「それならいい」
軽く頭を撫でて、そのまままた、ぎゅっとしていく。
当たり前だけど服もタオルも何も着ていないから、こんなに近付くと恥ずかしい。
それでもさっきまでの、弟妹に対するヤキモチみたいな気持ちはなくなったから、もっと近付こうとわたしもぎゅっとしようっと。
おんなじ香りがするお風呂の中も、一緒に眠るベッドの中とは違った安心感があっていいな。
わたしの髪を指ですいたら、そのまま頬をなぞって顔が近付く。
……こら、何笑ってんだ。
急に近付いたら恥ずかしいだろうが。
細いのに量はある髪だからか、前髪を全部かき上げると、なんだか見慣れた懐かしい髪型っぽくなったな。
「なんだ?」
「その髪型、リーゼントっぽくて懐かしいなあと思いまして」
「??」
あ、リーゼントなんて言われても、こっちじゃ誰もわかんないか。
そもそもそういう髪型は特にそっちの人っぽいからと、前世の実家でもしている人はあんまりいなかったもんなあ。
映画とかドラマとかなら、パンチパーマと半々くらいだったのに。
「それより、前髪が長すぎませんか?」
っていうか、髪に魔力をためるから、魔法使いは長髪なんだって言ってなかったっけ?
だからシュトレリウスが肩くらいの長さだって言ったら、王女様もフェイナも驚いていたんだよね。
ちょっとだけ自分の前髪をつまんだシュトレリウスが、そろそろ切るかとか言っているってことは、そんなに深刻に考えなくてもいいことなのかな?
かなり珍しいと言われている無詠唱の魔法使いは、こういうところも規格外なのかもしれない。
「後ろはこれ以上伸びないが、前は切らないと伸び続ける」
「ふぅん?」
後ろの長さは変わらないのは、伸びないからだったのか。なるほど。
前は代わりにどんどん伸びるって、でも自分で切っているってことは、やっぱり長さと魔力は関係ないのかな?
「後ろは小さい頃に切られて以来、伸びなくなっただけだ。魔力を込めるなら伸ばしたほうがいいのだろうが、特に問題はない」
「え?」
なんかサラッと言ったけど、切られたって、誰に?
あと、それならやっぱり伸ばしたほうが身体にも影響が少なくなるんじゃないの?
「この髪が原因で魔法使いになっているならと母親に切られた。それから後ろはこの長さまでしか伸びない」
「……そんなことを軽く言わないでください」
ローブを被せて見ないようにしていたけれど、とうとう我慢ができなくなったんだろうと、なんでもないことのように昔話を言っていく。
本当になんにも感じていないのか、「それくらいで魔力がなくなるわけではないのに」と、不思議な顔をして首まで傾げているけれど。
「メイリア?」
それがこの家に移った原因なのだと、元々思っていなかったけれど、あれは家族とは思えないと言い切るシュトレリウスに、思わずしがみつくように抱きついてしまった。
わたしの実家に行ったときも、一緒に買い物をしたり食事をしたときも。
何を思ってわたしたちを見ていたんだろうと、ちっともわからなくて悲しくなってくる。
「どうした?」
ファウム家がシュトレリウスの家族ではないことも、一人でこの家に住んでいたことも。
もう終わったことだからと言うシュトレリウスに、もっとちゃんと言わなくちゃ。
「わたしは家族ですからね」
「メイリア?」
それに、これはいつになるのか、まだわからないことだけど。
「産まれてくる子供だって、シュトレリウス様の家族ですからね」
いっぱい産んで、困るくらいに賑やかにしてやるくらいしか、わたしにはできないけれど。
でもシュトレリウスの家族はわたしだし、いつ産まれるかもわからないけれど、二人の子供なんだから、家族がもっと増えるってことになるんだよ。
だってシュトレリウスに家族をあげられるのは、わたししかいないんだから。
「……そうだったな」
「だから、長生きしてくださいね」
「わかった」
何かを噛みしめるように小さく微笑んだシュトレリウスに、ちょっとだけわたしから近付いて。
もう一人じゃないんだから生き急ぐなと、もう一回ちゃんと言っておく。
最初の新年だしファウム家に嫁いだんだからと、ちょっとくらいは挨拶に行こうかとも思ったけれど。
別な挨拶をしに行ってやらなくちゃ、こっちの気が収まらない。
次に会ったとき、義両親は絶対にぶん殴ってやる。
覚悟をしていろ。




