四話:二人で過ごす昼
「じゃあねぇ。お姉ちゃん、お兄ちゃん」
「またな。姉ちゃん、オッサン」
双子の弟妹が馬車から手を振って、わたしと隣りの真っ黒いローブを被っている無口な男性に挨拶をして帰っていった。
来るときに、木の板みたいな座椅子に腰をやられた母親は、お城のふっかふかな豪華な馬車に乗り換えられてご機嫌だ。
「なつかれたみたいで良かったですね、お兄ちゃん?」
「……」
あ、拗ねた。
ミレナが呼んだときは、驚きつつも嬉しそうな感じだったのに。
わたしが呼んだら不機嫌になるとはどういうことだ。
「メイリアは妻だろう」
「……」
そうだけど。
そうなんだけど、そんなにサラッと言うんじゃない。
「?」
とりあえず、なんだかわからないけど恥ずかしくなったから。
きょとんとしているシュトレリウスに突っ込んでやる。ていっ。
「今日はどうしますか?」
まだ朝食が終わったばかりだから。
いつもよりは遅いけど、お城に行くならお弁当でも作ろうかと見上げてみる。
でも馬車はわたしの家族が乗って行っちゃったから、お城に行くにはもう一台、呼ばないといけないか。
「仕事はすべて、デーゲンシェルムに押し付けてあるから問題ない」
軽く頷いて今日も休みだとケロッと言って、今度はシュトレリウスがわたしを見下ろしてきた。
「メイリアは何をするんだ」
「んー……」
畑に新しい種を蒔こうかとも思ったけれど、せっかくシュトレリウスがいるんだしなあ。
そもそもあの畑、春に植えた野菜がピンピンしてるし。
「そういえば、畑に何かしました?」
「変なのか?」
家全体に魔法が掛かっているなら、その副作用というか影響なのかなとも思うけど。
庭を管理しているリュードが何も言わないなら、畑だけが変なのかな?
そのまま引っ張っていって、庭の端にある自家菜園に連れていって説明しよう。
「あのですね、これはわたしが来たときに植えた野菜なんですよ」
トマトとかキャベツとかを指して、結婚したときに実家から持ってきた苗を植えたと話したら頷いてくれた。
でもそれがどうしたのかと首を傾げているから、何度か収穫したら苗が枯れて、夏野菜とか秋野菜を植え替えるのだと説明をする。
季節が変わって気温も湿度も違うのに、畑の野菜だけが春なんておかし過ぎるでしょ。
「実があるな」
「ずっと採れているんです」
それなら問題ないのではと、調理したものしか見たことがないシュトレリウスは疑問ではないらしい。
でも季節の野菜を植え替えていたわたしからしてみたら、かなり異常事態だし、正直不気味だ。
ちょっと考えこんだシュトレリウスが、いつも食べている食事の味を思い出しているみたい。
「味は変わりなさそうだが?」
「そこも不思議なんですよ」
でもよくわからないからと、食べられるならいいかと言うことになってしまった。
味は変じゃないし、体調にも問題はないから深く考えすぎなのかもしれないけど。
「庭は何もないみたいなので、この辺りで何か違うのかと思ってるんです」
畑は庭の端っこを借りているから、家を囲む魔力の影響を強く受けているとかなのかな?
やっぱり自分が使えないと、魔法ってよくわかんないな。使えても、よくわかんない気もするけれど。
魔法に関することなら、ずっと魔法使いを排出している家とか、魔法使いを囲っているお城の人にしかわからないかなあ。
「国王様とかなら何かわかったりしますか?」
「国王より、王宮図書館になら資料があるかもしれない」
おお。それは不思議魔法のことが書いてある本が、所狭しとたくさんありそうな響きがする。
次にお城に行く機会があったら漁ってみたい。絶対に楽しそう。
そのまま一緒に野菜を摂って、昼食と夕食に使おうかと話している途中で思い出した。
そうそう、これも気になってたことなんだよね。
不思議そうな顔で野菜を見ているシュトレリウスに振り返って、一番気になっていたことを確認してみようっと。
「あのですね」
「なんだ?」
「この不思議野菜を食べたら、わたしにも魔法が使えたりします?」
「使えないな」
なんだ……。
そのうち使えるようになったら、ちょっと楽しそうとか思ったのに。
髪の色と遺伝だからと言われたら、魔力が籠っていそうな野菜を食べても使えないってことか。
「じゃあ、わたしが魔法使いを産んでも無理なんですね」
「そうだな」
ちぇ、そうしたら馬車酔いも自分でどうにかできるかもと思ったのに。
せっかく魔法が使える世界に生まれ変わっても、凡人は凡人のままとは……。
つまらん。
そんなに深刻な言い方じゃなかったからか、シュトレリウスもアッサリと言うだけだけど。
なんだか複雑な顔をして、野菜を抱えたわたしを見上げている。
「……魔法が使いたいのか?」
「だって、いつまでも馬車で酔うから」
さっきだって、もしわたしに魔法が使えたら、母親の腰痛くらい自分で治せたし。
魔力が常に体内にある状態っていうのは想像ができないけど、毒も何も効かないなら便利だと思ったんだもん。
寿命が短いのは難点だけど、今の国王様みたいにこの先は長生きするかもしれないし。
「誰かさんがホイホイ使いすぎなので、自分のことは自分でなんとかしたいだけです」
「……そうか」
シュトレリウスも一緒に立ち上がったら、身長差と逆光でよく顔が見えなくなってしまった。
でもいつも酔うわたしを知っているからか、複雑な声色なのはそのままだけど納得してくれたみたい。
「あんまり使わないでください」
いっつも使わせているわたしが言うのもなんだけど。
ローブをつまんで、この先は長生きをしろと言っておく。
「勝手に死んだらぶち殺しますからね」
「気を付ける」
わたしの頭を撫でながら、なんだか不思議な顔で微笑みながら。
先に死んだら生き返らせてでもぶっ飛ばすって言っているのに、嬉しそうな顔なのは意味がわからん。
変態か。
「そういえば、一緒に外に出ても大丈夫だったんですか?」
わたしも久しぶりの家族と会えて良かったし、買い物も色々と出来たから助かったけれど。
お城に行ったときも最初はローブに隠されたんだし。
次に行ったときは並んで歩けたけれど、それでも何か見えにくい魔法を使ったとかなんとか言っていたはず。
野菜も採ったし家に戻ろうかという途中で尋ねたら、軽く頷いてサラッと言ってくる。
「身内以外は見えない魔法を掛けた」
「また勝手に……」
いま、使うなって言ったばかりだろうが。
それよりも先に使っちゃったものは、仕方がないけれども。
「その身内って、リュードとユイシィは入ってます?」
「入っているが?」
キュレイシー家が入っているなら、ずっと一緒にいるリュードとユイシィはどうなんだと訊いたら当たり前だと返ってきた。
ユイシィもリュードだって、買い物に出掛けるもんね。家に辿り着けなかったら困るか。
厨房に野菜を置いたら、昼食までのんびり過ごそうかと廊下を歩き出す。
隙間風はなくても、やっぱりそろそろ雪が降るのかも。
冷えてきたなあと、ちょっと手のひらをこすり合わせる。
「寒くなりましたね」
「暖炉があるはずだ」
いつもいる部屋とは違う場所に向かったら、映像でしか見たことがないような談話室なる部屋に案内をされた。
こんな部屋、あったんだ。
人も来ないし冬を過ごすのは初めてだから、入ったことがなかったな。
少しだけ残っていた薪に火を入れてもらったら、ふかふかの椅子に座ってのんびりしようっと。
「この部屋はいつも使っていませんでしたからな。薪を積んでおきますから、今年は使ってやってください」
リュードは庭に薪を取りに行くと言って、冬支度を始めてしまった。
わたしはユイシィから持ってきてもらった、布と糸で刺繍をする。
なんだか普通の、お貴族様の奥様みたいだな、わたし。
魔法が使えるってだけで、普通の旦那様の普通の妻だけれども。
パチパチと、火の爆ぜる音が心地いい。
こういう冬の過ごし方はいいかもしれないな。
軽く買い物に行ってくると言ったユイシィが出掛けて、さっきのシュトレリウスの言葉を思い出す。
あれから全然来ない義父とかそれ以外のファウム家は、今もシュトレリウスの身内に入っているんだろうか。
……入っていたとしても、この家にも普通に来れたとしても。
今まで一人にしていたんだから、そう簡単に家に入れてあげる気はまったくない。
どうしても入りたいんなら、今まで放っておいた分として、一発殴らせてもらうことにしよう。
「なんだ?」
「なんでもありません」
「??」
怪訝な顔で覗きこむシュトレリウスには内緒だ。
そっちは勝手にわたしを守るんだから、わたしも黙ってシュトレリウスを守ってやるんだ。
魔法は使えないから、拳になるけど。
「……ん」
パチパチと、火が燃えている音がして目が覚める。
なんだかあったかいから、ここはお布団の中なんだろうか。
いや、違うな。ええと、そうそう。
久しぶりだからとのんびりと談話室なる場所に行って、揺れるふかふかの椅子に座りながら、ゆったりと刺繍をしていたんだよね。
シュトレリウスはちくちくと縫っていく様子が珍しいのか、じいっとわたしの手元を見ていただけだったはず。
縫っているものはわたし用のローブの魔法陣だから、たまに教えたりもしてくれたけど。
その、無言でじいっと見つめるの、けっこう恥ずかしいんだけど。
やっぱりやめるように言わないと、いつまででも見ていそうだから困る。もっと別なものを見ないか。
「ええと、それで……」
談話室だからなのか暖炉があって、少し寒いからと火を入れてもらって。
そうしてほどよい暖かさと、今までの疲れでうとうとして。
そう、うとうとして……。
「すー……、すー……」
おかしい。一人ずつで座っていたはずなのに、なんで見上げたらシュトレリウスの顔があるんだろうか。
っていうか、腰に普通に腕が回されているし。なんなら針と糸と布はテーブルの上に乗っている。意味がわからん。
「あ、またわたしがつかんでいるからか」
いつからあったのかわかんないクセだけど、今もしっかりとシュトレリウスの服をつかんでいた。
それならこの、シュトレリウスの膝の上にわたしが座っているという謎の姿勢なのもわかるか。
「いや、わからんわ」
あれか、うとうとし出したわたしを抱えてそのまま、とかなのかな。
だって、なんかちょうどよく椅子にすっぽりと収まってるし。
「すー……すー……」
この、眠るときに垂れ目になる目元はなんでだろう。
起きているときは、あんなに目つきが悪いのに。かわいすぎか。
伸びたまんまの前髪をすくって、今日も相変わらずのサラサラ具合に引っ張りたくなってくる。
なんで同じ石鹸を使っているはずなのに、こんなに違うんだろう。
あれか、やはり素材の差か?くそう。
「ん……」
「起きましたか?」
まだちょっと寝ぼけてはいるけど、朝よりは目覚めが早いみたい。
でも最近は、わたしのほうが後に起きるんだよね。
ええと、あの、アレだ。それもシュトレリウスのせいだから、やっぱりちょっとつねってやろう。
「?」
起きて早々、わたしに頬をつねられて意味がわからないらしい。
そりゃそうか。
だからって、顔を近付けなくていいって、何度言ったらわかるんだ。
「そうそう、今日は一緒にお風呂に入りましょう」
「風呂?」
サラサラの秘訣は、洗い方か何かが違うのかもしれない。
それなら、一緒に入って見ればいいんだもんね。
さっきまではずっと弟妹がシュトレリウスにくっついていたから、わたしももっとくっつきたいとか思ってないけど。
「そうです、お風呂。部屋にもあるのに、一緒に入ったことがなかったでしょう?」
「風呂……」
これで一石二鳥だとわたしは納得したのに、シュトレリウスは固まってしまった。
なんでだろう?
目の前でひらひらと手を振っても、瞬きすらしないで呆然としているとはどういうことだ。
「シュトレリウス様?」
「風呂に入る……」
おーい?




