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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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番外編:魔法使いは変態だらけ 後編

「うわぁ……、本当にそっくりですね」


 キラキラと蒼い瞳を輝かせた白金プラチナの男が、オレとミレナを見ながら姉ちゃんに「そっくりでかわいい」と何やら感動を伝えているみたいだ。


 いきなり来た全身がまぶしい奇妙な男に、オレたちは姉ちゃんの後ろに隠れながら見上げていた。




「ギルタ君だっけ、ベルトを欲しがったのは」

「ええ、こっちです。……ギルタ、挨拶は?」

「……ちわ」


 昨日のオッサンよりも小さい声で挨拶をしていくオレに、それでも不快にはなっていないらしい。

 ただ「わかっている!さすが、メイリアさんの弟ですねっ」って、もっと輝いたのは意味がわからん。


「そちらのワンピースは着心地がいいでしょう?リュレイラ様が気に入っているお店の物なんですよ」

「……プレゼント、ありがとうございます」


 今度はミレナのワンピースを指差しながら、王女様らしき名前を言って楽しそうに微笑んでいく。


 人見知りのミレナが小さな声でお礼を言ったら、そっちには「うーん、惜しい!」とはどういう意味だ。やっぱ喧嘩売ってんのか、コイツ。


 ひとしきりオレたちを眺めて満足したのか、姉に視線を戻して謎の言葉を呟いていった。


「それにしても、この歳で革を欲しがるなんて素質がありますね」

「そういう意味じゃねえよ。変態おまえと一緒にすんな」

「メイリア、口!」


 馬車が見えたときから不機嫌な姉は、「何見てんだゴルァ」と言いながら俺たちを隠していく。

 すぐさま両親にたしめられたけれど、それでも下から「あぁ?」と見上げている姉はとっても頼もしい。


 ……どうして時々、顔つきと声がいつもよりも悪く低くなるのかは、いまだにさっぱりわからないけれど。


 あと、もっと輝きながら親指を立てて、「さすが、メイリアさんっ」とか褒めている表情が気持ち悪く見えるんだが気のせいだろうか。


 姉ちゃんの隣りで無言のオッサンよりも、見た目も声も良さそうなのに。

 馬車から降りてきたときよりも、警戒心を強めていくばかりだ。


 つーかこいつは結局、何しに来たんだ?




「それよりも、デーゲンシェルム様はウチになんの用ですか?これから出掛けるんでとっとと帰って欲しいんですけど」

「メイリア!」

「いいんですよ、キュレイシーさん。シュトレリウス様がお休みと聞きまして、とりあえず挨拶だけしようと一緒に来ただけですから」


 にこにこと話しながら、慌てる父親に全然まったく問題ないと、むしろこれが平常運転なのだと満足そうに頷いている。


 姉ちゃんににらまれているのに、視線を逸らさないとはなかなかやるな。

 髪と一緒に輝いた笑顔が気持ち悪ィけど。


 なんで気持ち悪く感じるんだろうか。

 こんなに終始笑顔で好青年ぽくて、オッサンよりも歳が近いし見た目もいいから、姉ちゃんはこっちと結婚したほうがいい気がするのに。


「ああ、それは絶対にあり得ませんし、むしろメイリアさんは不幸になると思いますよ」

「え?」


 姉にはオッサンが合っていると、自分と結婚したらこうならないと今度はつまらなさそうに呟いた。


 まあこれを言われた姉が「こっちから願い下げだ」と心底嫌そうな顔をして言い放ったので、よくわからないけど、ちっとも喋らないオッサンとのほうが幸せらしい。


 ……こういうときこそ、オッサンはなんか喋ればもっといいのに。




 首を傾げたままのオレとミレナをちらっと見たら、やっぱりまぶしい笑顔を向けてくるこいつは意味がわからんな。

 喧嘩は売られていないようだけど、何かを期待されているみたいで薄気味悪い。 


「誕生日のプレゼントも大切にしてくれているようですから、リュレイラ様にも伝えておきますね。では、私はこれで」


 勝手に来た白金プラチナの髪の魔法使いは、よくわからないことを言ったらさっさと馬車に乗って、勝手にそのまま帰ってしまった。


 そんな時でも黒いかたまりは無言で、とっても嫌そうだってことはなんとなくわかるけど無言だ。いい加減になんか喋れや。


「はー……疲れる」


 山菜を取りに山へ行ったときみたいに、獣が出ないかと気を張っていた空気と似ている。

 そんなに変なヤツには見えなかったけど、警戒は最大限に必要な相手らしい。


 オレも警戒してしまったから、胡散臭うさんくさいやつなんだろうな。きっと。


「変た……。デーゲンシェルムは帰ったから、出掛けようか」


 ちょっと遅くなったけどと仕切り直して、やっと街というところへ出発することにする。


 うわっ、なんだこの馬車、広すぎる。

 椅子、ふっかふかすぎじゃね!?




 チョコレート屋さんで、ホットチョコレートとかいう甘くて最高に美味しいものを飲んだら、冬の季節限定のチョコを、本当に少しだけお土産にって買ってもらえてみんなでご機嫌だ。


「二人のコートが小さくないですか、お父様」

「でもさあ。毎年、成長していくでしょ?」


 父親と姉がオレたちの上着が小さいと言って、それでもホイホイと買える物ではないからと頭を抱えている。


お兄ちゃん・・・・・、あのコート買って!」

「ミレナ!?」


 黒いローブを引っ張りながら、反対側にある店の暖かそうな白いコートが欲しいと、ミレナが指を差してオッサンにねだり始めた。

 力が弱いからか、今朝のようにはローブは取れなくてオッサンが引っ張られているだけだ。


 いや、待て。おい、ミレナ。あの白いコートの値段はさっき見ただろうが。

 それを知っててねだるとは、将来が心配になるじゃないか。


 慌ててローブから姉が手を離させて、父親がミレナの口をふさいでいく。


「滅多に出掛けないんだから、すぐに着れなくなる物は買いません!」

「ちぇぇ……」


 母親が宣言をしたら、唇を尖らせながらも納得してくれたみたいだ。

 ただ単に”お兄ちゃん”と言って、からかいたかっただけなんだろう。ああ、ビックリした。


「いりませんからね、本当に」

「……」


 姉もオッサンに改めて言って、ビッミョウながらも頷いたらオッサンも冗談だとわかってくれたらしい。

 らしい、なのは、本当に少ししか頭が動いていないからだ。


 オッサンが喋ればいいだけの話なんだけど、本当にいつまでも喋んねえな。

 まさかいい大人が、ミレナみたいに人見知りをしているんだろうか。


 こういうところがいいのか、姉がちょっとおかしそうに微笑んでいる。

 オッサンはかわいくねえからな。




「おかえりなさい。待ちくたびれましたよ」

「おい、遠慮しろや」

「……」


 歩き疲れたし買うものは買えたからと、昼食を摂ろうと姉ちゃんたちの家に戻ったら。

 オレたちよりも早く、食堂にさっきの男が優雅に紅茶を飲んで座っていた。


 すぐさま姉ちゃんはにらんだけれど、オッサンは全身で鬱陶うっとうしいとでも言っているだけで無言だ。

 お前の家だろうが、追い出せや。あと、いい加減にそろそろ喋れ。


「昨日はデザートだけでしたから、今日はシュトレリウス様のお弁当を楽しみにしていたんですよ。ソレがなくなったので、こうして直接参りました」

「帰れ、変態」


 しっしと本当に嫌そうな顔で手を振って、そういえばプレゼントを渡すときにもさっきも、姉がコイツに対して変な言葉を言っていたなと思い出した。


 父親は最初から態度と口の悪い姉に平謝りしているけれど、にこにことしているデーゲンなんとかは気にしていないらしい。


「いいんですよ、キュレイシーさん。むしろご褒美です!」

「うっせぇ喋んな耳が腐る、チィッ」


 ……ん?


「今日は最高の日です。今まで以上に私をさげすんで、さらに舌打ちまでしてくれるなんて……」


 ほうっと艶のある溜息まで吐いて、今コイツなんて言った?とミレナと二人で固まった。




 そのままさらに何かを言おうとしたデーゲンなんとかの口を姉がふさいで、「いい加減にしないと二度とこの家に来させなくしてやる」と脅したら、やっと黙ってくれたけど。


 それよりもつらつらと呟いた言葉が気になって、隣りのミレナに振り返ったらものすごく顔が歪んでいた。

 きっとオレもおんなじ顔をしているんだと思う。やっぱオレたちって双子なんだな。


「ねえ、ギルタァ」

「……うん、ミレナ」


 一言だけしぼり出して、目を合わせて顔を引きつらせているオレたちの目の前が、急にまぶしくなっていった。

 慌てて振り向いたら、ものすごいまぶしい顔が近付いてきていた。


「うっわぁ!おんなじなんですね、感動です!」

「うえ!?」

「まぶしいぃぃっ」


 すぐにミレナが姉の後ろにサッと隠れて、手を繋いでいたオレも引っ張られるように姉の後ろに隠れていく。


「ああっ、いい逃げっぷりですね。ついでにちょっとののしって……」

「それ以上ウチの子に近付くんじゃない、この変態っ」

「ふごっ」


 「いい加減にしろ」と姉に言われたばかりなのに、もっと変な言葉をオレたちに向けたデーゲンなんとか改め変態は、母親の拳に見事吹っ飛ばされた。


 あーあ。この姉の母親だってこと、コイツは知らないんだな。


 これで一安心とばかりに父親はホッとして椅子に座るのを合図に、パンッと手を叩いて払った母親も何事もなかったかのように座っていく。


 オレたちも床に転がった変態を乗り越えて、用意された椅子に大人しく座ることにする。


 母親に逆らってはいけないんだ。これで身体でわかったことだろう。




 その後は笑顔はそのままに、それでも大人しく昼食を一緒に摂ったら。

 まだ仕事が残っているからと、朝に来たときと同じように、勝手に来た変態は勝手にサッサと帰っていった。


「マジで飯食いに来ただけなんだ……」

「そうみたいだねえ」


 意味がわからんままだけど、もう二度と会うことはないだろう。


「じゃあ、私たちもそろそろ帰ろうか」

「え!?」


 行きに半日掛かったんだからと、父親が立ち上がってもう帰ると呟いた。


「街にも出掛けられたし、お土産も買っただろう?」

「まだ訊いてないじゃん」


 危うく最初の目的を忘れるところだと、父ちゃんに言ったら思い出してくれたらしい。


「メイリア、新年は帰ってこないんだよね?」

「ええ。シュトレリウス様も帰らないですし。執事とメイドは帰りますから、わたしたちはここにいます」

「そうか、わかった」

「ええっ!?」


 なんでそんなにアッサリなんだよ、父ちゃん。

 母親も軽く頷くだけで、風邪は引かないようにと言うだけなんて。


「オッサンくらい一人にしても大丈夫だろ」

「じゃあギルタも一人で留守番できる?」

「……」


 ムスーッとしたオレの呟きに答えた姉の言葉で、完全に一人では無理なことを思い出した。

 まず厨房には近付いたことがないオレは、どうやってお湯が沸くのかもわからない。無理だ。




「また行くからね」


 秋に来たときと同じ、”帰る”ではなくて”行く”という言葉で、本当に実家は帰る場所じゃなくなったことを知る。


 それにオッサンを一人にしないということは、姉は守られてもいるけれど、オッサンを守ってもいるのかもしれない。


「お姉ちゃん、またね。シ……お兄ちゃんも」


 行きとは違う、真っ白な豪華な馬車に乗って、オレはオレの帰る場所に戻ることにした。


 仕方がない。姉はこのオッサンがいいみたいだし。

 あの変態が言うように、オッサンもきっと姉じゃなきゃダメなんだろう。


「最初はあの、まぶしい人のほうがいいと思ったけどぉ」

「変態の兄はごめんだ」


 年中ローブを被っているのは、奇妙で変ではあるけれど。


 ちっともわからないままだけど、あのオッサンにもかわいくてカッコいいところがあるらしいからな。

 たぶん。


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