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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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番外編:キュレイシー家の双子たち 前編

 ガタガタと聴こえるこの音で、馬車が近付いたのだと気が付いて振り返る。

 けれど遠くから見ても、いつも父親が使っている物とは違うことがわかった。


「なんだ、あの白い馬車」

「誰が乗ってるんだろうね?」


 そっくりと言われている双子の妹と顔を見合わせて、こちらに近付いてくる馬車を見つめていたら家の近くで止まった。


 白くて豪華な紋章のようなものが書いてあるところも、見た目の大きさもエライ人が乗ってんだなとは思うけど。それがどうしてウチの前で止まるのかがわからない。


「父ちゃん、またヤバイとこから借金したとか?」

「ありえない、とは言えないもんねえ」


 やれやれと商才のない父親に呆れながら首を振っていたら、御者が降りて扉を開けていく。

 そうしてとても見覚えのある人を見つけて、思わず妹と一緒に駆け寄った。


「ねーちゃん!」

「おねーちゃああんっ」

「うおっ!?」


 ドーンッと二人で体当たりをかましたら、それでも踏ん張って受け止めてくれた。

 ちょっとだけ前よりも目線が近いということは、オレも少しは伸びたのかな。


「危ないっていつも言ってるだろうが、二人とも!」

「いてぇ!」

「あはは、おかえりぃ」


 ぺちっと額を軽く叩いてたしなめるところも全然変わってない。


 七歳年上の実の姉、メイリアが家にやっと帰ってきたんだ。




 「ただいま」とは言わずにオレたちの頭を順番に撫でる姉は、前とは雰囲気が変わったのだろうか。


 髪は同じ薄い茶色だし、瞳の色だって蜂蜜だ。……母ちゃんはこげ茶なのに。

 姉弟って感じがして気に入っているし、何より「おそろいだ」と姉妹が喜ぶからいいってことにしてやるけれど。


「……メイリア?」

「この二人ですよ、シュトレリウス様」

「シュ、ト?」


 体当たりのまま久しぶりの姉に抱きついていたら、同じ馬車からぬうっと巨大な黒い塊が出て姉の名前を呼んでいた。


「うわっ!?」

「だぁれぇ?」


 姉よりも遥かにデカイそれ・・は、なぜか真っ黒の布を頭から被っているところも。

 口元しか見えないのに、その唇はまったく笑っていないところも全然覚えがない人物だった。


 本当に、借金取りか何かが来たのか?


 初めて見る見知らぬ男ということしかわからなくて、オレと妹は姉の服にしがみついて一言も話せなかった。


「こっちは兄のほうです。ギルタ、ほら挨拶は?」

「は、……じめまして?」

「こっちは妹のミレナ。二人ともそっくりで可愛いでしょう?」

「こ、……こんにちは?」


 なんで姉はこの黒い塊にオレたちを紹介するのかも、こいつが誰なのかもわからないオレたちは首を傾げながら初対面の挨拶をしていくしかない。


 紹介が終わったら少し頭が動いた気がして、それが小さく頷いている動作なのだと気が付いた。

 すっげえわかりにくい……。


「そうか。メイリアにそっくりだな」

「似てないって言ってるでしょ」


 「可愛いのはこの二人だもん」と、ちょっとねたような表情をする姉なんて初めて見たぞ。




「ね、ねえ、ギルタ。この人、だぁれ?」

「わかんねえ」


 人見知りなミレナは、姉にしがみつつもオレの後ろに隠れて尋ねてくるけれど。

 そんなんオレが訊きたいし、何より姉が親しそうなことがわからなくて混乱する。


「姉ちゃん、こいつ誰?」

「え?聞いてないの?」

「誰に訊くんだよ」


 こいつはオレらのことを知らないみたいだったのに、どうしてオレらが知っていると思っているんだ。

 こういう呑気なところは、父ちゃんそっくりだと言ったらドツかれるだろうから黙っておく。


「シュトレリウス様だよ」

「名前はさっき聞いたよ」

「おねえちゃん、もしかして、借金したの?」

「するかっ」


 借金の担保になったとか、父親の代わりに若い姉が売られたのかと思ったがそうではないらしい。

 でも怪訝な顔を向けても、しどろもどろと視線をさ迷わせて名前以外のことを話してくれない。


「え、ええと、この人はシュトレリウスという人で」

「さっき聞いた」

「ええと、わたしよりも年が十歳上で」

「オッサンか」

「アラサーはまだ若いだろうがっ」

「よくわかんないけど、それで?」


 歳のことを言ったら怒られたけど、それがどうしたと訊き直したら段々顔が赤くなっていく。


 なんだこれ、こんな姉は初めてすぎてミレナと一緒に困惑してくる。

 思わず久しぶりに手を握り合ったくらいだ。


「ええと、だ、旦、違うな。いや違わないけど。ええと、主……だと変な誤解がありそう。ええと、そうじゃなくて」

「何言ってんだ、姉ちゃん」

「一緒に誕生日をお祝いしに来てくれた人、以外の関係なの?」

「関係!?」


 ミレナが首を傾げて突っ込んだら、もっと真っ赤になってその場で飛び跳ねるくらいに動揺している。


 さっきから姉が、おかしすぎて意味がわからない。




「そんで、誰なんだよ」

「あ、え、ええと」

「それはもう聞き飽きた」

「シ、シュトレリウス・ヴァン・ファウム様、です」

「それが?」

「え!?」


 名前がフルネームに変わっただけで、それがどうしたんだと突っ込んだら。

 これでなんで気付かないのかと変な顔をされてしまった。


 さっきから変なのは姉ちゃんだろーが。


「あのね、わたし、キュレイシーじゃなくなったでしょ?」

「そうなの?」

「え、姉ちゃんは姉ちゃんじゃないのか?」

「そこから!?」


 どうしても名前で気が付けと言ってくるけど、そもそも姉がキュレイシーではないなんて初耳だ。

 ミレナと驚いたら、そこから話さなくちゃいけないのかと姉も固まった。


「……メイリア・ヴァン・ファウム。それが今の名前だ」


 今まで静かに姉の隣りにいた黒い塊、シュトレリウスとかいうオッサンが、固まっている姉の頭を撫でながら呟いた。


 いま、メイリア”・ヴァン・ファウム”って、言ったのか、こいつ?


「姉ちゃん、とうとう売られたのか!?」

「違うわ!」

「じゃあ結婚相手、ということなのね?」

「そそ、そ……。ええと、あの。……うん」


 とてもうろたえて真っ赤になって、この黒い塊と結婚をしたのだと姉が言っていく。

 なんだそれ!?




「ねえぇ、ギルタァ。そろそろ着替えないと、お夕食に間に合わなくなるわよぅ」

「……」


 ベッドに腕を組んでムスッと無言で座っているオレに、ツンツンと頬を遠慮なく突いてくる双子の片割れ。

 こういう時、一緒の部屋だと落ち着かなくて、一人きりで閉じこもれなくて困る。


「でもそっかあ……。お姉ちゃんはしばらく帰ってこないと言ったのは、そういう意味だったのね」


 ふぅんとなぜか納得しているミレナは、お気に入りのワンピースの裾をつまみながら言っていく。


 でもちょっと唇を尖らせてもいるし、大きい椅子に座って足をプラプラとさせている仕草からも、ミレナも納得していなかったことがわかった。


「だって、結婚したのなら結婚したって、言ってくれてもいいじゃない?」

「ぜってえ父ちゃんに売られたんだぜ」

「でも、優しそうな人みたいだけどぉ」

「家に入るときも黒い布を被ったままだぞ?怪しさしかねえじゃねーか!それに借金のカタに売って気まずいから、両親はオレらには教えてくれなかったんだよ」

「そうかなあ」


 プラプラと足を揺らしながらも、ミレナは首を傾げていく。

 いくらで売られたのか知らないが、十歳も年上のオッサンの嫁にならなくてもいいだろ!?


 憤慨しながら立ち上がるオレに、ミレナは単純に着替えるだけだとしか思っていないかもしれないけど。

 あんな豪華な馬車を使えるくらいには、それなりの家みたいだけど。


 オレは絶対に認めないということを、きっちり伝えてやる!




「ギルタ、ミレナ。十歳の誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」


 普段よりもいい服を着た両親と姉と黒い塊が、妹のミレナとの誕生日を祝ってくれた。

 いや、あいつ一言も喋ってないな。なんだ、なんか喋れや。


 それでも姉と布越しだけど視線を合わせているらしく、お互いの方向に顔を向けている。

 とてもかなりわかりにくいけど、口元も小さく微笑みの形をしているみたいだ。……たぶん。


「お父様から聞いて、わたしとシュトレリウス様からはこれを二人に贈ります」

「え!?」

「わぁ!」


 それは絶対に無理だろうなと思っていた、艶のある上等な革のベルトで。

 小物が入るような小さいバッグもついているし、何かを引っ掛けられるような金具までついていた。


 こ、これ、一体いくらするんだ?


「ありがとう、お姉ちゃん!シ、シュトレリウス様も!」


 わぁいと喜ぶミレナは、レースがたっぷりついているワンピースだ。

 待て、ミレナ。それこそ一体いくらするんだと、父ちゃんと一緒になって頭を抱えた品物じゃねーか!


「ギルタが欲しがってたのってそれだろう?」

「そ、そうだけど」


 きょとんとした顔の両親は、どうして喜ばないのかと不思議な顔をしている。

 だってウチでは買えないと諦めた物が、よりによって姉が売られたかもしれない先の相手から渡されるなんて思ってもいないことだろうが。


「あ、いやあの。その品物はリュレイラ様とデーゲンシェルム様からなの」

「え?」


 また聞いたことがない名前が出たけれど、こんな品物をポンと出すなんてどんな人なんだろうか。

 やっぱり姉が売られたお金で、オレたちに誕生日プレゼントを買ってくれたんだろうか。




 それだったら全然嬉しくないとベルトを握りしめたら、いつもの呑気な顔で笑いながら姉が話していく。


 ……なんでそんな顔ができるんだろう。オレらが喜んでいるからなのか?


「ギルタのベルトは変た……デーゲンシェルム様からで、大きくなっても使えるように調節できるものなんだよ」

「じゃあ成人したら良い味の革になっているだろうね」


 にこにこと呑気に微笑む姉の言葉に、これまた呑気な父親が同じ顔でオレが成人することを思い浮かべたのか泣いている。


 気ィ早ぇっていつも言ってんだろーが、父ちゃん。


 それにしても、この知らない名前の人たちは誰なんだろう。

 名前を言う前に別な言葉が出た気がするけど、とりあえずソイツのおかげで今日に間に合ったのだと言われては、感謝をしたほうがいい人みたいだ。


 だからって、そのお金の出所次第ではやっぱり嬉しくないんだけれど。


「ミレナのレースはリュレイラ様が紹介してくれたんだよ」

「リュ、レイラ様?」

「本当にありがたいねえ」


 またしても涙ぐんでいる父親に、珍しく母親まで微笑んでいる。

 姉が売られたっていうのに、両親は嬉しいのか?


 そりゃあこんなに立派な物、簡単にくれるところならお金持ちなんだろうけど。




「その話を聞いた国王様まで出張ってくるところだったから、そっちは丁重にお断りしておいたよ」

「うん、助かった」

「国王様!?」


 なんでそこで王様がと、ミレナと驚いたら同じ呑気な顔の二人がこちらに向かってもっと変なことを言っていった。


「リュレイラ様は王女様だよ?国王様がお父さんなんだから当たり前じゃないか」

「シュトレリウス様はお城に勤めているから二人とも知り合いなの」

「は!?」


 もう、何に驚けばいいのかわからない。


「それで、わたしたちからはこっちね」

「え?」

「あ、チョコレート!」


 品物もあるのに、さらになんか豪華な立派な箱に入っている高級そうなチョコレートまで?


「二人とも、誕生日おめでとう」

「わぁい、ありがとう。お姉ちゃん、シュトレリウス様!」


 これは一緒に食べようねと言っていく姉が、ちょっと恥ずかしそうに胸元の琥珀色のネックレスに触れながらも微笑んでいく。


「どうしたの、ギルタ?」

「姉ちゃんを売ったお金で買ったんじゃないのか?」

「違うわっ」


 お城での出来事を父親も一緒になって話してくれるけど、どうしてそうなったのかがさっぱりわからない。


「じゃあその黒い塊は借金取りじゃないのか?」

「違うってば。……そ、その。……わたしの旦那様」

「そ、そっか……」


 よくわからないままだけど。

 ぎゅっと黒い布をつかみながら、小さく答える姉は嬉しそうだから本当なのかもしれない。

 そんな隣りにいる黒い塊は、静かに姉の頭を撫でるだけだ。


 ……いや。お前、そろそろなんか喋れや。


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