プロローグ ~とある秋の日の朝~
おかしい。
「すー……すー……」
なんで一人で寝たはずなのに、隣りにもう一人増えているんだろう?
「すー……すー……」
窓から入る日差しで、隣りに寝ている人の銀の髪がまぶしく反射しているのは、まあいい。
それよりも、わたしの腰に回されている腕の意味がわからん。離さんか。
ちょっとだけ日差しが柔らかく、空気が冷たくなってきた秋の日の朝。
「まぶしいぃ」
ベッドの周りを囲うように天井から掛かっている布は、いつも脇にまとめているだけで引いていない。
なのでこうして朝になると、窓から太陽の光が入ってまぶしくて起きてしまう。
夏は暑さでも起きちゃうから仕方がないとはいえ、秋になったのにまぶしすぎると目をこすりながら横を向く。
そんなわたしの視界に、日の光に反射して輝いている銀の髪が飛び込んできた。相変わらず、今日もまぶしいな。
「なんだ、シュトレリウスの髪か」
わたしの結婚相手でもある旦那様、シュトレリウス・ヴァン・ファウムが、隣りですやすやと眠っているだけだった。
ああ、ビックリした。
「ん!?」
いや待て。今までは絶対に触れない位置のベッドの端っこで、ローブに包まって眠っていたよね?
それがなんで今は同じ布団の中に入っていて、さらにわたしの腰に腕が回されている!?
「け、結婚したしね、うん。べ、べべ別に不自然ではない、うん」
それでも春先に結婚してから約半年。
今の今までちっとも何もなかったのに、急に同じ布団に包まれている状況なんてちょっと朝から意味がわからん。
わたしはメイリア。メイリア・ヴァン・ファウム。
夏に誕生日を迎えたから、今は十七歳になった。それでもピチピチの若妻で、肌も水をしっかりと弾く。うん、ピチピチ。
対する旦那様は、シュトレリウス・ヴァン・ファウム。
冬が誕生日だから、秋の今はまだ二十六歳。ウチの立派な大黒柱。
わたしたちの身長差は頭一つと半分くらい。背伸びをしてもちっとも届かない。……くそう。
シュトレリウスの仕事は、国を守ること。
銀の他に金と白金の髪を持つことは、ここでは魔法が使えるという意味になる。
シュトレリウスはその希少な魔法使いの中でも、長ったらしくて小難しい詠唱を唱えないで魔法が使える、今のところ国で唯一の存在だとはいまだに信じられないしよくわからない。
「すー……すー……」
「……」
そんな国を守っているという貴重な魔法使いが、なんでわたしの隣りにフツーに眠っているんだろう。
金の髪は王家特有、銀と白金は突然変異。
どこの誰が産むのかもいつ産まれるのかもわからないなんて、それじゃあ国が保護する相手にもなるよね。
シュトレリウスの銀は、家系的にファウム家から産まれやすいとは聞いたことがあるけれど。
「すー……すー……」
「同じ石鹸を使っているはずなのに、わたしよりもサラサラとはどういうことだ」
思わず眠っているシュトレリウスの銀に輝く髪と、うっすい茶色の自分の髪をつまんで比べてしまう。
わたしは毛先がちょっとだけ、くるんとカールしているくらいで特徴はまったくない。
シュトレリウスは、とにかくまっすぐ。直毛。さらにサラサラで艶もある。……妻より髪が綺麗とは喧嘩売ってんのか。
あ、今まであんまり気付かなかったけれど、睫毛も銀色だ。なんだそれ。
目つきの悪さのせいで、もう一人の魔法使いみたいに美青年とは言われない容姿ということで勘弁してやろう。
「ん……」
「おっと」
思わずじいっと見つめながら、ついでとばかりにつついてしまった。
いかん、起きる。
パッとすぐに手を離したら寝直してくれたけど、……ちょっと待て。
「んー……」
「ひゃっ!?」
そ、そこはわたしの太ももだ、馬鹿野郎!
すりっと顔を寄せたら枕の代わりにするつもりなのか、腰に回していた腕を足に移して、太ももに顔を乗せたら寝息が小さく聴こえてきた。
「ちょっ」
「すー……すー……」
「……」
前にはからずも胸枕をしたことはあったけれど、今日はわたしの膝が気に入ったらしい。
うつ伏せで眠っているからって、右手がわたしの左足に添えてあるのはどういうことだ。あれか、バランスがいいのか。意味がわからん。
「……きょ、許可はいらないって言ったけど」
だからって眠っている時も遠慮なくガンガン近付いてくるのは、心臓がもたないから少しずつにしてもらいたい。
それにしても……
「すー……」
「気持ち良さそうに眠ってるなあ」
明るくなったからって、まだ起きるには早い時間だもんね。それにさっきから規則正しい寝息を聴きすぎて、こっちまで眠くなってくる。
それならわたしも寝直そうと、起きていた身体を横にして布団に潜りこむことにしようっと。
「む」
「あ、ちょっ」
シュトレリウスまで動かなくていいんだってば!
わたしが横になるために動いたら、寝心地が悪くなったのかシュトレリウスも動いていく。
太ももから顔が離れることは助かったけど、また腰に腕を回してぎゅっと引き寄せるんじゃない!
「……もしかして、起きてる?」
それなら叩き起こしてやろうと構えたけれど、寝起きが悪かったことを思い出して手を引っこめた。
膝枕をしてた上に腰に腕を回していたなんて、起きて知ったらまた真っ赤な顔になって書斎に逃げこむんだろうか。
「いや、ないな」
最近のシュトレリウスの行動から、逃げないということも思い出した。
これは言わないことにしよう。だって膝枕をされたなんて、わたしのほうが恥ずかしい。絶対に言わない。
「すー……」
「おやすみなさい」
サラサラな髪を撫でたらそのままぎゅっとして、もうちょっとだけ眠ろうっと。
「はっ!?」
いかん。今は秋なんだから、夏と違ってすでに日が昇ってから時間が経っているってことになるじゃないか。
慌てて飛び起きて支度をしたら、畑に水をやって雑草を抜いて。そうしていつものように朝食を作ってと、布団をめくりながら考えていたら。
腰にはまだ腕が回されたままで、さっきと同じ状況になっていることも思い出す。
「っ……くぅ!」
「すー……すー……」
「抜けないぃ」
まだ眠り続けていたシュトレリウスが、しっかりとわたしの腰にしがみついて離れてくれない。
「朝!ですよ、シュトレリウス様っ」
「んんっ」
ぺちぺちと頬を叩きながら、「いい加減、起きんか」と言い続けたら、やっと腕を緩めてのっそりと起き上がってくれた。
はあ、これでやっと動けるな。
やれやれと起き上がろうとしたら、シュトレリウスはまだベッドの上で頭をフラフラさせている。
寝ぼけてるな、これ。
もう一度起こそうと腕を伸ばしながら近付いたら、腕はつかまれて腰に回されたらグイッと引き寄せられてしまった。
「っ!?」
寝ぼけているはずなのに、つかんだ手は強くて振りほどけない。
急に近付いた顔に驚く暇もなく、今日も唇を塞がれて息ができない。
結婚をした春には、それこそなんにもなかったのに。
一応、手を繋いだりとかはあったけど。
夏にちょっとだけ近付いて、……ええと、その。それでも、ちょっとだけ触れるくらいだけだったのに。
毎日近付いてくるのは、触れるだけでも心臓がもたなかったから程々にしてもらいたい。
だって前世ではそれこそ友人も恋人もいなくて、なんにもないまま死んじゃったんだもん。慣れていることでは全然ないし、何より息ができなくてすぐにパニックになってしまう。
そもそも、毎日するものなの!?違うでしょ、絶対に。
「んー!」
塞がれ過ぎてて息ができないと、ジタバタと暴れながら逃げようとするわたしをガッチリとつかまえて。寝ていても起きていても、今日もシュトレリウスはちっとも離してくれない。困った。
「はぁ……」
胸をドンドンと叩いたら、やっとちょっとだけ離れてくれたけど。
起きたはずなのに頭はクラクラして息苦しくて、そのままシュトレリウスの腕の中に倒れこんでいく。
「メイリア?」
「はあ……はあ……、はい?」
なんとか息を整えるわたしの顎に手のひらを添えて上を向かせたら、今日も鋭く細められている紫色の瞳と目が合った。
「おはよう」
「はあ……。お、はようございます……」
この野郎、起きて第一声がそれか。もっと他にあるだろうが。
朝の挨拶としては間違っていないけれど、今さっきまでしていたことに対して何か言うことはないのか。
「?」
「……」
なんでそこで首を傾げる。わたしの息が荒いのはお前のせいじゃないか。
朝から妻を窒息させるんじゃない、阿呆。
「……ゴホッゴホッ」
朝から窒息しそうになって、むせるわたしにもきょとんとする顔を向けるとはどういうことだ。
やっと落ち着いたけれど、腰が抜けている気がする。つまり立てない。
「はあ……」
立てないからシュトレリウスの腕の中にいるしかないだけで、別にもう一回しろとか他にはないんかとか思っているわけではないからね。
……ないって言ってるだろ!
なのにもう一回って近付けて、もっと深く絡められて今度こそ息がまったくできない。
「……っ」
「メイリア?」
「うーん……」
朝からこんなに濃厚なの、色々と無理って意識が徐々に遠ざかっていく。
わたしはそのまま気を失って、今度こそ腕の中に倒れこんだ。
「メイリア?」
「うーん……」
さっきとは逆に、シュトレリウスがわたしの頬をぺちぺちと叩いて起こそうとするけれど。
恥ずかしさとよくわからない気持ちと、他にも一気に押し寄せてきて気絶したんだから起きるわけがない。
今度はわたしがシュトレリウスの服をつかんだまま離さないからと、結局また布団を被り直してベッドに横になっていく。
「いつになったら慣れるんだ?」
「……」
そんなことを言われても、全部初めてなんだから仕方がないじゃない?
毎日、ええとその、キ、顔が近付くことにも全然慣れないっていうのに。そもそも前は避けていたの、そっちのクセに。
今はサラリと顔にかかった髪をさり気なく避けて、そのまま瞼に唇を触れてわたしを抱え直す仕草はとっても自然だ。
なんだ、もっと戸惑えや。
抱え直したわたしの腰に、また腕を回していくところも。
わたしの頭を優しく撫でる、大きい手のひらも。
とっても自然で当たり前のようにしていって、わたしだけがちっとも慣れていないってことがわかる。
起きたら「おはよう」って言うことも、目覚めたら隣りに普通にいることも、思い描いていた結婚生活そのものだけれど。
最初が最初だったから、わたしはいまだにちっとも慣れない。
……春に結婚をしてから、すでに半年以上が過ぎた秋なのに。
最初の頃とは逆に逃げ回った挙句に気絶するわたしのせいで、ちょっとだけ近付いたはずの夏からずっと、まったくこれっぽちも進んでいない。困った。




