番外編:メイドのささやかな楽しみ
わたしはユイシィ。とある新婚夫婦のメイドをしています。
新婚です。奥様は十六歳なのでピチピチの幼妻です。
「それでなんっで手を出さないかな!?」
夕飯に仕込み奥様の寝巻きを毎日変化させ、けっこうメイドとしてやれることはやってきたのに、それでも朝は普通に来るだけで進展がない。
こうなったら手を出してもらうまで頑張ります。メイドとして!
「奥様、今夜は眠ってはいけませんからね!」
「はい……」
今日の寝巻きは例のお店の新作です。
出しすぎても隠しすぎてもまったく変わらない手強い旦那様相手ですので、今日は若さを生かしたものにしました。
形はワンピースタイプで、色はオフホワイト。
首の後ろで結ぶだけなので肩は出ています。気にしている胸元は大量のフリルでボリュームを出し、そのままヒラヒラレースの流れるラインが膝下まで続くという可憐な裾。
前に似たようなデザインを着せた朝に何かあったみたいなので、同じような物を選んでみました。見た目も清楚な感じが年相応に見えますしね!
足ですか?足はもちろん出してありますよ。隠してどうするんですか。
若いうちはガンガン出していかないと!ね、旦那様!!
「頑張って、奥様!」
「うぅ……」
長めの裾で足を隠すように寝室に向かう奥様を見送ったら、今日のわたしの仕事は終わりです。
そもそも夕食に仕込んでも魔力を体内に常に溜め込んでいる旦那様には効かないのです。
毒味がいらないのは便利ですけど、こういう時に媚薬の一つや二つが仕込めないのは困りますね。チィッ。
「はあ……でも最後にイイ仕事した、わたし」
明日の朝にはいつもと違う反応が返ってきますようにと祈りながら、ふかふかのお布団に潜り込みます。
これで反応がなかったら、お風呂に入っている旦那様の背中を流せと奥様を押し込めましょうか。
「それもいいな。よし、明日なんにもなかったらこれでいこう」
うふふと楽しい計画を立てながら、メイドの一日が終わります。
「おかしい……」
出してもダメ、隠してもダメ。清楚系で攻めても若さをアピールしてもなんにもないとはどうなってるんだ、ウチの旦那様はっ!?
今朝はきっと起きてこないだろうからと遅めに厨房に入ったらすでに奥様は朝食の支度をしていたし。食堂ではいつも被っているローブを取って、銀の髪を眩しく輝かせている旦那様が座っていて。
そしていつも通り、少しの会話があるだけの食事風景。
「何が足りないんだと思います?」
「うーん……」
こんなに何もないとは、寝巻きを買い込みすぎてすでに顔を覚えられているあの店に良い報告ができないではないか。
お店の人が「これ!これはオススメよ!絶対に落ちるッ!」と一緒に選んでくれた物も全滅なんて……。
はーっとガックリするわたしに、庭師で執事のリュードが顎を撫でながら呟きました。
「あの二人は最初が最初ですからな。他の人よりもかなり時間がかかるのでしょう」
「でももう二ヶ月ですよ?なんっかあるでしょう!?」
とにかくじれったい二人は、今日ものんきに庭に咲いている薔薇を見たら奥様が丹精込めて育てている畑へと向かっていくだけです。
そもそも気合いを入れて初デートに送り込んだのに、まったく買い物をしないでまっすぐ速攻で帰ってきやがった二人ですよ。
何をやっとるんだ新婚が、もっと気合いを入れんか。朝帰りの一つや二つ、できないでどうする。人目をはばからずにイチャイチャせんかぁっ!
「奥様の口調がうつっとるよ、ユイシィ」
「はっ」
いけないいけないと我に返り、それでも何かないかと会話らしい会話をしているのかわからない二人を見やります。
「メイリア」
「はい、なんですか?」
旦那様が奥様の名前を呼ぶことも、結婚をして一ヶ月経ってからでした。
呼ばれた奥様は嬉しそうに振り返り、背の高い旦那様を見上げたら小さく微笑み合っています。
「……」
最初の頃の険悪な雰囲気からすれば、とても良くなったと言える光景ですね。
見ているこちらも微笑ましい気持ちになってきます。
「一応、少しずつ近付いてはいるみたいだけどねえ」
「それはわかります」
絶対に取らなかったローブを被っていない旦那様なんて、見ることはないと思っていました。
それに好きなところなんてないと言い張っていた奥様の嬉しそうな顔を見れば、お互いを想い合っている夫婦であることは間違いありません。
そんな二人をもうちょっとなんとかしたいと思うのは、メイドとしてやりすぎでしょうか。
……いいえ。お互いが歩み寄るのを悠長に待っていたら、きっと何十年経ってもあのままだと思うんですよ。
わたしは絶対に可愛いと思っている、二人の子どもを待っている一人でもあるのですから。
「勝手に待たれても……」
「王女様だってデーゲンシェルム様だって、お二人のお父様たちだって待っているのですよ!」
これだけ待ち望んでいるというのに、当の本人たちは手を繋ぐだけでモジモジしていやがるという奥手っぷり。
「あぁ、じれったい!魔法使いにも効く媚薬はないかしら!?」
「あったら国が滅んでいるよ」
呆れ顔のリュードの真面目な突っ込みは無視して、少しだけ屈んだ旦那様の耳元に話しかける奥様をじいっと見つめます。
何を話しているのでしょうか。
話すだけではなくて、そこでちゅーの一つもしやがってくれませんかね!?
「うーん、ダメだこりゃ。……新作のチェックと昨夜の報告に行ってきまーす」
「はいよ」
大人しく見守るだけの一ヶ月は過ぎたのです。
ここからはガンガン攻めたいと思います。そう、今まで以上に!
フンッと気合いを入れたわたしは、大通りにありながらもなかなか大胆な寝巻きを取り扱っている例の店へ向かうことにします。
「アレもダメとは手強いのねえ……」
「そうなんですよ」
「「はー……」」
昨夜の新作はかなりの自信作だったらしく、作った本人が肩を落としてしまいました。
こんな報告しかできない残念な夫婦ですみませんと思わず謝りたくなってきます。申し訳ない。
「ちょっと年相応にしすぎたかしらね?ほら、十歳離れているんでしょう?」
「ええ、そうです。あ、じゃあちょっと大人っぽくすれば?」
「そうそう。ちょーっとだけ出すデザインならいいんじゃないかしら」
「なるほどぉ」
さすがプロですね。昨日のものとはまた違う、清楚ながらセクシーなブツを出して見せてきました。
上下が離れているものは脱がせる時にどうかと思うのですけれど、これなら良さそうです。
「これで今夜は決まりですね!」
「頑張って!」
これはイイ物を紹介してもらえたぞとホクホクしながら帰ったわたしは、ご機嫌なまま早く夜が来ないかなあとウキウキしておりました。
ええ、今夜こそ頑張ってもらいますよ!ね、旦那様っ!
いつものように奥様の飾りっ気のない無難な寝巻きをすべて隠し、手に入ったばかりの新作を置いておきます。
……そういえば旦那様もお風呂ですね。新婚なんだから一緒に入ればいいのに。
明日こそ何もなかったらお風呂場に押し込めようと決めて、寝室に向かう奥様を見送ろうとこっそり廊下から様子を見守ることにしました。
目の前ではちょっと首を傾げた奥様が廊下を歩いています。見た目は普通なので特に怪しまずに着てくれたようです。第一段階はクリアですね。
よしっと拳を握ったら、反対側からタオルを被った旦那様が歩いてくるのが見えました。
……何か被らないといけないんでしょうかね、ウチの旦那様は。
「廊下が濡れていますよ」
見つけた奥様が怒りながら近付いて、わしゃわしゃと慣れた手つきで旦那様の頭を拭いていきます。
ほうほう、なるほど。なかなか良い接触具合になっているようです。
大人しく拭かれている旦那様が無言なことは気になりますけれど、それはいまさらなので特に突っ込まずに見守ります。
「ん!?」
ちょっと背伸びをしたまま頭を拭いていた奥様に、旦那様の顔がふいに近付きました。
……ええと。今のは?
廊下の端の遠目から見ても、急に近付いた旦那様に奥様の全身が真っ赤になったことがわかります。そのまま同じ形で止まっているので、もしかしなくとも奥様は固まっているのでしょうか。
しばらくしたら奥様が気が付いたようでしたけれど、膝を急にカクッとしてその場にへたりこみます。
床に着く前に旦那様が支えるように抱えましたが、もしかしなくとも奥様は腰が抜けたのでしょうか。
「いや、そんな、まさか……」
思わず頭を抱えたくなる事態を見てしまった気がしたのですけど、旦那様は奥様を抱えたまま寝室に入ってしまったのでその後はわかりません。
バタン
「……」
ええと……あの、ほらあれだ、うん。
仲の良い現場を見れたのは、今までの努力が少しだけ実ったようで嬉しいですね。うん。旦那様もまったく手を出していなかったわけじゃないみたいですし、……ねえ!?
「原因は奥様だったか……」
それじゃあ寝巻きをどうかしても意味がなかったことに思い当たり、さっきは抱えなかった頭を思いっきり抱えて深い溜息を吐き出しました。
リュードの言う通り、もうちょっとだけ大人しく見守る方向で、でも何かありそうなら全力で画策しようと新しい目標を立てて眠ることにいたします。
「うん、あれだ。手を繋ぐ以上のことはしてたしね、うん」
それが確認できたからいいやってことにして、これからもじれったくてちっとも進まない奥手な新婚夫婦を見守ることにいたしましょう。
今度は初心過ぎる奥様をどうにかする方法を考えなくてはいけませんね。
そう、メイドとして!明日からも頑張りましょう。




