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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第二部:近付く夏
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十話:馬車に揺られて

 王女様と国王様に呼ばれてお茶会をすることになった日に、初対面のオッサンに求婚されてしまった。

 ……今日も意味がわからんな。




「ええと、奥様。もう一度、言ってくれませんか?」

「デュラー家という、シュトレリウスを狙っていた子がこの前家の近くで迷子になってたフェイナちゃんで。その父親から妻になれって言われた、以上」

「はぁっ!?」


 いつもの家の厨房で、メイドのユイシィと夕食を作りながらお城であったことを話しているけれど。

 何度聞いても意味がわからないと首を傾げるユイシィに、説明をするのはこれで五度目だ。


「それで旦那様はなんと?」

「無言で手を引っ張って馬車に乗り込んだ」

「国王様とのお茶会は?」

「延期ってわけにもいかないから、デーゲンシェルムに任せて帰ってきた」


 目の前で妻が求婚されたというのに、シュトレリウスは固まったままで。気が付いたと思ったら、何も言わずにその場から逃げるように出口へと向かっただけだった。


 今はもちろん、いつも通りに書斎に(こも)っている。


「そこで『妻は渡さない!』とか言わないのが旦那様ですよね」

「代わりに『クソロリコン!』って言っといたから向こうも諦めるんじゃない?」

「むしろ燃えるタイプじゃないですか?」

「変態か」


 なんでお城には、というかわたしの周りには変態しかいないんだろう。

 おかしいな、わたしはこんなに普通だというのに。


「奥様は奥様ですよ」

「どういうこと?」


 呆れ顔のユイシィに、たっぷりと溜息を吐かれながら失礼なことを言われた気がする。こんなに平凡なわたしが普通ではないとはどういう意味だ。


「とにかく家には近寄れないんですよね?」

「許可した人だけにしかわからない魔法が掛かってるみたいだからね」


 それでも許可をしていない人を一度でも招き入れてしまったら次から見つかりやすくなると聞いて、フェイナを門の前で止めておいて良かったと思った。ギリギリセーフ。


 これを聞いたシュトレリウスがさらに守りを強化したみたいだから、入っていたとしても近付けないみたいだけど。


「魔法は使うなって言ってるのに」

「奥様を守るためですから必要なことですよ」

「……そうだけど」


 それでも常に魔法で囲まれた家なんて、どれくらい大量の魔力を使っているんだろう。

 国を守る魔法よりは小さいかもしれないけど、けっこう身体に負担がかかっているんじゃないの?


「それにしても旦那様が許可した人だけしか来れないから、あちらのご両親は一度も来たことがないんでしょうか?」

「ウチの父親はしょっちゅう来ているけどね」


 フェイナに言われて改めて思ったことだけど、シュトレリウスの実家とは本当に交流がない。


 シュトレリウスの職場は城で、仕事の内容は魔法に関することだから特殊なのだろうと気にしなかったけれど。弟が家を継ぐということの意味も、もっと考えないといけなかったのかも。


「相変わらず、奥様は色々なことに疎いですね」

「うん、まあ……」


 自分の結婚相手のことでしょうと、前にも言われた言葉で(たしな)められてしまった。最初は興味なかったから訊かなかっただけだけど、家族なんだから知っておいたほうがいいことだよね。


 シュトレリウスが話してくれるかはわかんないけど、訊いてみるだけでもしようかな。




「必要ない」

「そうですか……」


 書斎に(こも)る前のシュトレリウスを捕まえて訊いてみたら、独立したのだから家のことは関係ないと言われてしまった。

 そりゃあそうだけど、その、子供ができたらお互いの両親くらいは家に呼びたいじゃん?……いつになるかはわからないけれども。


「この家を与えられた時から家族は誰も来たことがない。これからも呼ぶつもりはない」

「え?」


 その頃から一緒にいたリュードからは少しだけ聞いたことがある。五歳になったくらいの小さい頃から一人で暮らしていたことを。


「メイリアが気にすることではない」

「でも……その。結婚したのですから、わたしもファウム家の人間です」


 そんなに小さい頃から一人なんて寂しいなと思って俯くわたしの頭を撫でて、それが当たり前だからいまさらだと言っていく。


「そもそも父親は仕事が中心で昔から家にいたことがあまりない。母親は魔法が使えるものを産んでしまったと閉じこもっていた人だ。弟が産まれる前にここに来たから、誰ともまともに会話をしたことがない」

「そうなんですか……」


 ファウム家といえば国でも有数のお金持ちで、侯爵家だから交流する人たちも華やかで。

 自分で掃除をして畑を耕して料理を作ってと、その日暮らしをしているような我が家とは比べ物にならないくらいに裕福なはずなのに。


「そんな顔をするな」

「……」


 小さい家だったけれど、ギリギリの生活だけれど。

 同じテーブルで食事をして、今日は何があったのかと会話があった実家との違いになんて言えばいいかわからない。


 わたしの頭を静かに撫でている手のひらを握って、せめてこれからは一人にしないと伝えたい。


「わたしはずっといますからね」

「メイリア?」


 顔が近付くだけで固まるし、今だって恥ずかしくてローブを被りたくなってくるけれど。

 いつも被っているシュトレリウスが取っているんだからと、しっかり見上げて目を合わせる。


「ええと、その……いつになるかはわかりませんけど。か、家族が増えたら一緒に出掛けたり、食事をしたり、たくさん会話をしましょうねっ」


 勢いに任せて「シュトレリウスの子供を産むのはわたしだ」って宣言をしてしまったけれど、他の誰でもダメなんだから、その……そのうち頑張るよ、うん。




「……」

「……」


 なんか言ってくれないかなと見上げたら、なんとも言えない顔で固まったままのシュトレリウスがポカンとしていた。


「シュトレリウス様?」


 目の前を手のひらでヒラヒラとさせたら気付いてくれたけど、すぐに目の前が真っ暗になって、どんな顔をしているのか見ることができなかった。


 なんにも言わないまま抱き締められて、わたしじゃない心臓の音が耳に響いていく。

 あったかくて、それだけで安心する腕の中に閉じ込められたわたしも、シュトレリウスの背中をぎゅっときつく抱き締めた。











「……だからって、なんにもないけど」


 シュトレリウスから抱き締めてくれたのに、途中で気が付いたらいつものように固まって。勢いよく離れたと思ったら、ローブを被ってそのまま無言で書斎に閉じ(こも)ってしまった。


 今はいつものようにベッドの端っこで、ローブに(くる)まりながらすやすやと眠っている。


「……ヘタレ」


 なんかこう、ちょっといい雰囲気になったはずなのに、なんにもないいつも通りの朝が来た。


 仕方がないと着替えて、最近サボりがちな畑の雑草でも取るかとホウキとスコップを持って扉を開けたら外からうるさい声が響いた。


「るっせーな、誰だ?」

「ああ、良かった。おはようございます、メイリアさん」

「クソロリコン!」


 ……じゃなくて。

 焦げ茶の髪を一つに束ねたデュラー家のご当主が、わたしを見つけて微笑んだ。


「いきなり求婚をしてしまいましたから、誠意を見せようかと参りました」

「何時だと思ってんだ」


 この辺かなとあたりをつけた家に向かって呼び掛けるとか、朝イチではた迷惑なと突っ込んだら嬉しそうに瞳を輝かせた。

 ……デーゲンシェルムと同類の変態か、こいつ?


「今日は挨拶をしに来ただけですよ。求婚と言えば花ですからね」


 そう言って赤い薔薇の花束をわたしに手渡していくベリウス・ショウ・デュラー。


「花に罪はありませんけど、薔薇なら我が家に咲いていますから喧嘩を売られたとしか思いません。持って帰ってください」

「それは失礼しました。どのような薔薇が咲いているのですか?」

「家に入れる気はないので義父にでも訊いてください」


 早よ帰れとしっしと手を振ったら、昨日とは違う視線を向けてくる。


 昨日は急に現れたわたしに好奇の色を向けていただけだったけど今は違う。興味深そうに見つめてくるけど、シュトレリウスに向けたような怪しい光はない。


「人の妻に求婚するより、もっと手頃な相手がいるでしょう。ましてや今人気のデュラー家の後妻なら、なり手はたくさんいると思いますよ」


 時間の無駄だからとっとと帰れと言ったはずなのに、もっと笑顔を深めて一歩近付いてきた。




「それ以上、メイリアに近付くな」

「おや、これはファウム君」


 昨日まで絡み付くような視線を向けていたはずのシュトレリウスが現れたのに、つまらなさそうに呟くだけのベリウス。

 わたしの腰に腕を回して、ローブ越しだけど睨んでいるシュトレリウスは昨日と同じく最大限に警戒している。


 ……こういう時ばっかり、いつも以上に近付くとか反則だ。抗議しようと見上げても、わたしじゃなくて目の前のベリウスを睨んでいる。


「ファウム君もいるならちょうどいい。こちらの家には招かれませんから、私の家に招待をしようと思いまして」

「断る」

「おや。私は娘の友人となったメイリアさんに渡すようにと預かってきたのです」

「フェイナちゃんから?」


 「どうぞ」と手渡された招待状は、本人が書いたみたいで丸っこい字で書かれていた。

 王女様が書いた幼い字よりは整っているけれど、それでも年相応の可愛らしい文字だ。


「娘も年の近い友人が今までいませんでしたからね。いかがでしょう?お昼までには帰しますよ」


 わたしは田舎の外れにいたから、そもそも若い人が全然いなかったけど。最近業績を上げたデュラー家に近付く人は、あまりよくない種類の人間が多いのかもしれない。


 門の前のお茶会を楽しそうにしてくれたフェイナと実家の弟妹を思い浮かべてしまって、できればお茶くらいはしたいなと見上げたら、なんとも言えない顔のシュトレリウスと目が合った。


「……これを身に付けて行くように」

「わかりました」


 絵のような複雑な紋章が描かれたネックレスを渡したら、着替えたわたしをシュトレリウスが渋々見送ってくれた。


「昼食までには帰しますよ」

「行ってきます」

「……行ってらっしゃい」


 いつもとは逆の出掛ける時の挨拶をしたら、馬車に乗り込んでデュラー家へ向かうことになった。

 お城に向かう時に使う馬車みたいに広いけど、そういえば自分に求婚してきたオッサンと二人きりなのはマズイんじゃないかと気が付いてももう遅い。


 けれど端っこ同士の膝すら触れない位置に座って、さらに自分の娘のことを話していくベリウスは完全に親バカの父親そのものだった。




「なんで妻が必要なんですか?」


 二人でも仲良く暮らしているみたいだから、波風立てそうな後妻なんて必要ないのではと尋ねたら、とても不思議そうな顔をされてしまった。


「メイリアさんは一目惚れというものを信じませんか?」

「信じません」

「亡くなった妻も私から一目惚れをして、何度も通って口説き落としたのですよ」

「……そっすか」


 ベリウスが何歳かは知らないけど、娘を知っているからお父さんとしか思えない。

 二つしか離れていない女の子を娘だとか思えないし、ましてやシュトレリウスと離婚する気はないから通われても口説かれてもお断り一択だ。


 そんなわたしに微笑みを深めたベリウスが、昨日のことをうっとりとした表情を浮かべながら話していく。


「私を睨んだばかりか啖呵を切った貴女にとても衝撃を受けました」

「はあ……」


 低くて渋い声で静かに紡ぐ言葉は、気持ち悪いの一言しか感じない。

 思わずいつもデーゲンシェルムに向けるようなドブを見るような視線を向けたらもっと微笑まれてしまった。


 マジか。このオッサンもそっち系とか、ドMしかおらんのか?


 うわぁとさらに端に寄るわたしに、もっと輝いた瞳を向けたオッサンが呟く。


「私に立ち向かい視線を逸らさず、さらに喧嘩を売る強気な女性を屈伏させるのが私の喜びです。まあ妻には一度も勝てませんでしたけど」

「……そっすか」


 デーゲンシェルムと同類ではあったけど、ちょっと違う変態だった。


 キラキラと曇りのない茶色の瞳を向けられながら、喧嘩を売ったわたしをどうへこませようかとワクワクしているオッサンと二人で馬車に揺られなければいけないとか。

 やっぱり意味がわかんない。


 ついでに今日も変態に酔いそうだ。



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