武侠、命を燃やす。(バトル有り)
ウィルの娘とアスランとはぐれて、魔弾の射手と狼の群れに遭遇した。フェンリルはいなかったが、魔弾の射手は確かに若かった。若いゆえに、狙撃手の冒険者たちでも対抗することが出来た。先ほどの蜂の襲撃で運が悪いことに一名脱落したが、二人でも十分に足止めできた。
銃弾は直線だ。
射手のいる位置が分かれば、俺の足なら十二分に対応が出来た。
狼が一頭襲ってきた。噛み付いてくる。口が開いた。鼻先を踏みつけ、踏み台にして踏み殺して、銃弾が来る前に樹の陰に隠れた。死の恐怖に冷や汗が浮き上がりそうだが、深く呼吸をして汗を落ち着かせた。喋る時の唾すら相手にとっては道標だ。こんな恐怖感は人間相手には味わったことが無かった。
魔王の治世は残忍だが、秩序に満ちていた。だが七選帝候が蜂起してから革命の名の元に治安が悪化して、俺たち小悪党どもは大悪党へと進化した。争いのあるところには金が流通する。魔王の輜重隊を襲い、革命軍に売り、革命軍の輜重隊を襲い、魔王に売る。どちらもちょろい仕事だった。だが、悪は滅びないが、器を越えた悪は滅びる。
立ちはだかったのは、『世界最強の戦士』の四天王だった。剣聖を筆頭に、四人に俺たちは屈した。善戦したのは俺だけだった。その後、軍門に降った俺たちは帝国の暗部とも恥部とも言っていい活躍をした。
善が勝つのではなく、勝ったものが善なのだ。
他人から見れば俺たちの暴走に見えるかもしれないが、残忍な行いは上から発せられた命令も多かった。だから、戦いに勝利した後の処分には納得がいかなかった。
七選帝候たち――やつらはこの世界の人間ではない、どうしてそれが世界を牛耳っている?
なぜ、部外者が口出しをする。
なぜ、それをこの世界のものたちは黙っているのだ。
「この世界は、この世界に生まれたものたちのものだ」
狼を切り刻み、樹を蹴り、銃弾を避け、枝で狼を叩き、魔弾の射手との距離を詰めた。
若い女、胸はでかい、雀斑が野暮ったいが美しい、ああ……俺の中の悪が歓喜している。
「死ぬがいい」
魔弾の射手は、冒険者から奪った銃の引き金をひいた。
かちっ、弾切れだ。
慌てて、手を伸ばしている。新たな銃だろう。
だが、その間に彼我の距離は縮まっている。
眼の端で冒険者の一人が、首を噛まれて絶対死した。
だが、もう十分だ。
短刀は血を吸う未来を夢見ている。
魔弾の射手に見慣れた銃が握られている。
それは、魔弾の射手の象徴である『ザミエル』だった。天使の体が重なりあうようにされ、堕天使が地獄で欲望に苦しむ姿が銃身に彫られていた。
やはり、これが魔弾の射手だ。
これ、こそだ。
銃口が向けられる。
俺はすでに短刀を振っている。
終わりだ。
もう、遅い。
ターンっと、乾いた音が鳴った。
胸に痛みが走り、仰向けに倒れてしまった。
続けて銃声が鳴り響き、狼が次々と必殺の弾丸を撃ち込まれていた。
「撃たれた?」
魔弾の射手ではない、誤射でもない、体をあげて何とか確認すると、尾根から人影が現れた。
「うあっ……」
魔弾の射手がザミエルを抱きながら、森の奥へと逃げていく、尾根にいた人影は魔弾の射手の足を撃ち抜き、続けて銃弾を狼と冒険者に撃ち込んだ。草を踏みしめて、徐々に俺に近づいてくる。
短刀を探した手を、撃ちぬかれた。
「抵抗するんじゃあない」
「てめえ……」
なんでここに?
「怪我していたんじゃないのか?」
目の前には、メイがいた。それも尾根から上がってきた。つまり、あの崖を登って来たのだ。
「あんなのかすり傷だ」
メイは仮面を外した。漆黒の短い髪の毛と吊り眼の美しい美女だった。
「悪いが、娘を殺させるわけにはいかないよ」
「娘? お前、何者だ?」
メイは陰惨な表情を浮かべた。
「帝都で魔弾の射手を殺す依頼をしたのは、私だ。そして、私は身分を隠してここに来た。相手にはフェンリルがいる。盾は多ければ多いほどいい、おかげで一網打尽に出来たよ」
「質問に答えろ。名を名乗れ」
「私は、美玲、中国人日本産まれ、高校の頃にパンゲアに漂流して、銃を片手に多くの人間の命を奪った人殺し……私が本物の魔弾の射手だよ」
メイリンは拳を握り、頭に叩き降ろした。
「痛いだろ? 地球人は体の作りが違うから、お前らなんぞガキ以下なんだぞ」
もう一度、もう一度、拳が俺の脳味噌を揺らした。
そして、銃弾が太股の大動脈を貫いた。
「あがあっ……」
「悪いな。だが、お前はこの世に要らない人間だ。世界最強の戦士の意向も私は気にしないからね」
俺の命は風前の灯だ。一息で殺さないのは、一緒に戦ったことがあるからだろうか。
「慈悲を……」
「なんて言った?」
「慈悲をくれ……」
メイリンは可笑しくて仕方ないようで腹を抱えて、破願して笑った。
「大動脈の怪我だ。放っておいても死ぬが……とどめは止めておこう。お前は最後に名を落としたな」
メイリンは銃を肩に担いで、ゆっくりと魔弾の射手――カチュアを追いかけた。
紐で足の付け根を縛り、服を脱いで、やたら撃たれた傷口の血を拭った。血は止まらないが、僅かだが動く時間はあった。
「何も出来ないのか?」
体を引き摺り、上へと目指す、まだ体は動くかもしれない、殺される名誉は俺にはあわない。
ゆっくりと体を動かしていると、生暖かい息が耳元に触れた。
仰向けになり、それを見た。
大きな熊が、口の端から涎をたらしながら俺を見ていた。
「これが、俺の最後か?」
熊が手を振り上げた。岩をも砕く手の平だ。
「魔弾の射手に殺されたほうがマシだったか?」
俺は短刀を握って、熊の懐へ飛び込んだ。




