姫、人使いが粗い。
おとうさんたちは食事を摂り終わり、猪が通った道を調べて、罠を仕掛けた。食事を摂って匂いがついているので、全員水浴して服装を変えてから、森へ再び罠を仕掛けに行った。結局、おとうさんは私を褒めてくれなかった。
「よしよし、よく出来まちたね」ユイのからかい交じりの褒め言葉でも少しだけ心を慰められた。
アスランがいたら褒めて……なんでアスランの顔が浮かぶんだ!
あの男は、顔がいいだけ、顔がいいだけ、顔がいいだけ……。
「さて、昼食も終わったし、仕事でもするかなぁ」
ユイが背伸びをして大きな欠伸をした。ユイは村長に蒸留酒を作ってあげたり、香料を調合して村の人たちに分け与えている。その分、生活費以上のものは貰っているので有意義な生活だ。本当は蒸留酒を作って売ればもっと金になるのだそうだが、流通に乗せてしまうと酒造組合が黙っていない。袋叩きにあい、あられもないことをされ、革袋に詰められて、海に沈められるといっていた。淡々と言っていた割に、真剣な表情だったので本当にそうなのだろう。
「密造酒の作成に取り掛かります」
ユイは瓶を各種用意して、蒸留器を磨き始めた。
「私もお酒作ってこようかなぁ」
「蜂蜜酒?」
「うん、カチュアはどうするの?」
「うーん、私ですか」カチュアは本当に腹が減っていただけのようで、腹いっぱいになると途端に元気になった。さっき言っていた連れにところに戻るのだろうか、いろいろと思案していた。「森には罠がありますから、今は出歩きたくないですねぇ。それに治療代を払いたいんですよね」
「いいよ、治療代は。わたしは村で色々する代わりに、金を貰っている。村で起きたことに金を求めることはしないよ」
「でも、それだと私の気がすみません」
「ならセシルの手伝いでもしてあげてよ」
と言うわけで、私はカチュアを連れて、村はずれの洞窟まで来ていました。アヴィスの鞍の両脇に籠を括り付けて、手綱を引きながら、松明で足元を照らしながら奥までたどり着いた。奥の壁は岩肌が乱雑な穴が開いており、人工的に削り出した跡だとすぐにわかった。
「これはなんですか?」
「岩塩です」
鑿と槌を手渡しました。
「削って」
「ああ、辛いです!」
カーン! と甲高い音が鳴り響く、カチュアは根を上げているが、手はひたすら動いている。
「頑張ってー」
私は削り出した岩塩を次々と籠に積んだ。
「くえっ」
「アヴィスも頑張れって言っているよ」
「ありがとうございます」
カーンと甲高い音がしばらく続いた。
「あとは、鍋で煮詰めて、不純物をとるよ」
「手が痺れてます」カチュアが額から汗を流しながら言った。「でも、こんなに大量の塩が必要なんですか? 保存用とか」
「うん、食料の保存用もあるけど、原皮を保存するのに塩が必要なんだよ。今日も猪の皮が手に入ったからね。原皮を売って生活費にしないと生きていけないよ」
原皮として売買されて、職人の手に渡り加工される。残念ながら行商人しか買い取ってくれない、帝都に行っても商業組合が邪魔をするので、自由に売買できない、結局安く買われるのだけど生きるのに遜色ないお金は手に入れることができる。
猪を焼いたところに大鍋を置いて、岩塩を沸騰させた。不純物の入ったものは捨て、ひたすら塩を精製しつづける。時間はかかるが、手遊びになるので昨日手に入れた蜂蜜を蜂蜜酒にすることにした。
「蜂蜜と湧き水を混ぜます」
私の手順をカチュアが凝視していた。瓶に二つの液体を入れて、偏りがない程度に振って混ぜた。
「これで完成です」
「えっ、これだけなの」
「はい、ですが。発酵しない可能性があるので、口に含みます」
私は蜂蜜と水の混ざったものを口に入れて、ころころと転がすようにした。そして、瓶の中にゆっくりと入れなおした。蜂蜜酒をつくるのは乙女の仕事とされている。
「き、汚い」
「失礼な。これは口噛み酒といって伝統的な作り方です」
「でも、口に含まなくても大丈夫なんでしょ?」
「発酵しなかったらただの塵です。塵はいりません」
カチュアは渋々口噛みを行ってくれた。
「カチュアはどこから来たの」
口噛みが終わり、塩の精製作業だけになって、暇になったので質問した。
「帝都よ」カチュアはぼーっとしながら言った。「あそこは息苦しいわ。何もかもあって、何もかもない、欲しいものは全部あるけど、全部に包まれても孤独なのね。全てがある時に、私は一番孤独を感じるの。子供っぽいよね。誰もが孤独なのに、自分だけが孤独だと思ってしまうの。みんなそうだとわかっているのに、そう思ってしまうの。それも……辛い」
「孤独……でも、連れがいるんでしょ」
「そうね、彼以外私を必要としてくれなかったから……だから一緒にいるんだけど……」
深刻な言葉だが、顔は緩んでいる。彼の事は信用しているのだろう
「駆け落ちだからなぁ」
「駆け落ち!」
すごい、言葉では知っているけど、当事者を初めて見たよ。
「一応、駆け落ち」
「孤独じゃないよ。愛されているよ」
「ふふっ……分別がないだけかもね」
カチュアは悲しそうな笑みを浮かべた。
「私、応援するよ。手伝えることない?」
「うーん、実は住むところを探していたんだ。でも、ここだと帝都に近すぎるからちょっと駄目ね」
「彼も連れてきてよ。何日かなら泊めても大丈夫だから」
「ダメダメ、そこまで世話になれないわ。でも、困った時があったら来ても良い?」
「いいよ、いつでも待っているから」
カチュアは少し顔を赤くした。穏やかな笑顔が印象的だった。
※蜂蜜酒は蜂蜜が水と合わさることで反応が起きるので凄いですね。




