剣聖、剣は持たない。(バトル有)
ウィルの視点です。たまにバトル描写を挟みます。
山林の夕暮れは早い、地平線を押し上げている山のせいだ。山頂からの颪が吹き、俺の匂いを風下へと散らしている。
村から連れてきた連中はすでに帰していて、俺はフェンリルを引き付けていた。
フェンリルは俺たちが仕掛けた罠を利用して、一人の足を鉄紐で吊し上げて怪我をさせた。頭が良いのは知っていたが、罠を解除して、さらに罠を仕掛けるまでとは思わなかった。
「村人には用はないか」
帰る途中の村人を襲ったら、即銃殺するつもりだったが、フェンリルは俺の腕を警戒しているようだ。剣聖として名を馳せていたころには銃なんて使っていなかったので、油断すると思っていたのだが、今朝の狼を射殺したところを見ていたのかもしれない、どちらにしろ射程範囲には姿を見せなかった。
巨木の頂に昇り、周囲を確認すると、午前中にかけていた罠が発動していた。フェンリルが片っ端から解除していき、俺の浅慮をあざ笑っているのだ。俺は笑え、笑えと余裕をかましていた。村人の下手な罠はフェンリルを油断させるためのものだ。完璧に隠した罠にかかれと、高をくくっていた。だが、甘くはなかった。俺の罠も解除していた。
引退したおっさんには勝てない相手か?
それは無い。なぜなら、狼であるフェンリルは人間の年齢で言ったら老衰してもおかしくない年齢だ。この勝負はフェンリルの方が不利だ。言い訳をしていい相手ではなかった。
匂いを消して森に入ったが、完全には消えていなかったのだ。
俺の匂いだ。
何年も一緒に闘ってきた戦友が、俺の匂いを間違えるはずがなかった。
枝を足場に跳びながら川を探した。藁を掴む思いだが、もっと過剰に匂いを消す必要がある。しばらくすると、見慣れた川が流れていた。川辺に降りて、口の中に指を突っ込み、吐き気を催させる。声が出そうになるが、我慢して昼間の食事を出した。
山の川は危険だ。逃げるところが限定され、相手から姿が確認されやすい、また川の流れによって風が必ずと言っていいほど吹いているので、匂いも拡散しやすい。なので、素早くするしかない。口の中を雪ぎ、胃の中を洗浄した。
後ろから、草が揺れる音。
銃を持ち上げて、川に飛び込んだ。後ろを確認すると、狼が目前まで迫っていた。この森にいる狼だ。いつの間にか、フェンリルが王となり支配下になっていた。狼の眉間を撃ち抜き、体を掴み、川に引きずり込んだ。水に血が混じり、川から森全体に狼の血が拡散していく、俺は血に触れないように川を横切り、対岸に身を隠した。
死体は川に流れてどんどん流されていく、俺は警戒しながらそれを追いかけていき、臭いに集まってくる狼たちを待ち伏せた。死体が石に引っかかり流れるのを止め、二頭の狼が集まってきた。フェンリルの姿はない、おそらく俺が攻撃するのを見計らって、位置を確認したいのだろう。俺にとっては相手の戦力を二つ減らせる機会でもある。
だが、銃は火薬の臭いを放つ、それは撃った本人にもつくので、再び体を洗浄する必要が出てくる。ならば、銃を持ってくる必要はなかったのではないか? 今更の疑問に苦笑が出る。過去には戻れない。不可能事で遊んでいても仕方ないのだ。
帰るか……。罠を張って村の防備を高めようとしたが、逆に利用された。初手は相手の勝ちだ。これ以上相手の流れに乗る必要はない、村へ帰って久しぶりに剣を持つのが最善手だろう。やろうと思えば短刀で立ち回ることもできるが、フェンリルだけならともかく魔弾の射手もいたら簡単に殺されてしまう。
汗をぬぐうために首元に手を持っていくとヌルッとした感触があった。蛭だ。無理にはがして血に匂いを拡散させるわけにはいかない、狼が死体を回収するのを見ながら、蛭対策用に持ってきた塩水入り小瓶を振って、蛭をはがした。
使えるかも……。
俺は帰る前に、蛭を死体を回収している狼へ向けて放り投げた。
蛭は放物線を描き、落下して血をぶちまけた。
狼が音に驚き、蛭を見ている。
しばらく待ったが、フェンリルは出てこなかった。
まあ、当然か……。
俺は重い腰を上げて、村へ足を進めた。
おかしい……。
フェンリルと魔弾の射手は一緒にいないのか……。
魔弾の射手ならフェンリルたちで攪乱して悠々と一撃必中の弾丸を撃ってくるはずだ。
だがフェンリルは加勢を考えない動きをしている。
自らの力で相手を倒そうとしている。
いないのか……。
そう考える方が筋が通っている。
必ず一対の存在だから、考えもしなかったが魔弾の射手はいないのだ。
だが魔王との戦争の時に、戦場に全く姿を見せないで、相手が魔弾の射手がいないと勘違いして攻め入ってきたときに、敵を皆殺しにしたことがあった。
そういう手もあるか……。
そもそも、なぜフェンリルはここにいるのだ。
考えられるのは、俺かセシルを殺すことだろう。
いつばれた?
最近の異変と言えばアスランだが、狼はアスランが来る前から暴れていた、怪しいが完璧なクロでは無い、それにもしもセシルを狙っているなら、初めて会った時に殺しているはずだ。それは、無い。俺が狙いか? アスランは剣を習いに来たといった。それなら、俺の事だろう。たしかに、ここに来たばかりのころは、たまに剣を使っていた。最近は剣を使っていないが、その時の噂が広がったのかもしれない、警戒はしていたが銃の腕がなかったころは剣に頼るしかなかったのだから、今更後悔しても遅い。
昼間の猪騒動……たしか、人が猪にしがみついていたって言っていたな……。
俺は思索にふけりながら、身を隠して移動していた。
若い女だと聞いていたから詳しくは聞かなかったが、今のところ怪しいのはその女だけだ。
村は篝火がつき、すでに夜中になっていた。
閃光が目の端に飛び込んできて、夜闇を鋼鉄の弾丸が月明かりに照らされながら直進して、蛍のように美しく輝いていた。
胸と頭を腕で守り、見事腕に被弾した。
「いてーなっ!」
ああ、痛い。久しぶりに、くそ痛い。
弾丸は対人用で良かった。対機械用なら頭と心臓が貫かれていた。
目がチカチカする。
弾丸は村から飛んできた。
つまり村にいる人間に魔弾の射手がいる。
俺は血を流しながら走り抜けて、次弾が発射される前に飛び込んだ。
「はにゃああ!」
住人は寝ていたようだ。俺の血で布団が鮮血に染まっている。
「止めてください! 私には好きな人がいて! 初めてはその人に!」
「ユイ。怪我した。助けてくれ」
ユイは俺の下敷きになって、全身を鮮血で濡らしており、高そうな下着まで赤に染まっていた。
「ウィル。血が……」
「やられたよ。ああ、寒いなあぁ」
俺は安心してしまい、寝てしまったようだ。




